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35話「表と裏の愛情」
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△△△
「宮、遅いな……」
暗くなった図書館の入口で、虹雫は何度目になる独り言とため息を吐いた。
朝、宮に迎えに来て欲しいと頼み、彼は快く承諾してくれた。
自分の本当の恋人になった宮。それが信じられなくも、気恥ずかしい気持ちにさせて、仕事中もソワソワした。それに、昨晩の澁澤の脅しも気が気ではなかった。今日、図書館を訪れる事はないと宮は言っていたが、それでもどこかで自分の動きを監視しているのではないか、と思ってしまうのだ。
だからこそ、夜道に1人でいるのは怖かった。
そして、宮が約束通りに姿を現さないのも心配だった。
宮と剣杜が2人で何かしているのは、虹雫も気づいていた。
きっとサプライズでどこかに連れて行ってくれたり、プレゼントをくれたりの準備だろう。そんな風に思っていた。けれど、どうやらそれとは違うようだった。
その事も気になってしまう。
お試しの恋人というのも、今にしてみれば宮がしようとしない事だな、と思ってしまう。宮の近くに居れるなら、と舞い上がっていたが、よくよく考えてみたら、宮らしくないのだ。
そうなると、どうして?彼も一緒に居たかった?
それに盗作問題を諦めたくなかった、と宮は話してくれた。ずっと虹雫の約束に付き合って忘れたふりをしてくれていただけだったのだろう。
諦めたくないということは、宮は澁澤から作品を取り戻そうとしている?
澁澤から作品を取り戻すには、どんな事をしなけらばいけない。澁澤と虹雫が会った事があり、そして脅されていた事を証明し、出版社に掛け合う事だ。そして、澁澤本人にもそれを聞き出す必要があるのではないか。
出版社の人間で宮は、副社長である一条と会っているのを虹雫も見かけていた。
それに、俳優としてドラマや映画に出演することを拒んでいた剣杜が、澁澤が盗った作品にだけ出演を断らずに出る事にしたのは、澁澤に近づくためではないか。
2人は本当に澁澤から『夏は冬に会いたくなる』を取り戻すつもりなのではないか。
そんな結論に至った瞬間、ドクンッと大きく鼓動が跳ねた。
「………今、宮が迎えに来てくれないのにも、理由がある。もしかして、何かあった………?」
虹雫は咄嗟にその場から走り出そうとした。
どこに行けばいいか、宮がどこに居るのか、全く見当もつかない。
けれど、探さなければいけない。そんな気がして仕方がないのだ。
「虹雫ッ!!」
「………ッ!!」
自分の名前を呼ぶ声が耳に届き、虹雫は咄嗟に体の動きを止めて、声の方へと振り返る。
そこには、ボサボサの髪のままこちらに向かってくる剣杜の姿があった。
「剣杜ッ!」
「よかった、まだここに居てくれたんだな。悪い、遅くなった」
「ねぇ、宮は?宮はどうして来てくれないの?何かあったの?宮と剣杜、2人で何をしてたの?!どうして、宮は何も言ってくれないの?」
剣杜の言葉に被せて、そうまくし立てて質問してしまう虹雫を剣杜は困り顔で見返す。
そして、落ち着かせるように、ゆっくりと「虹雫」と名前を呼ぶ。
その優しさと、まっすぐ見つめる視線、そして重く低い声にハッとして虹雫は言葉を止めて、怯える視線で彼を見つめた。
きっとこれはよくない話だ。
聞かなければいけないし、知りたい。それなのに後に続く言葉を告げられるのが怖かった。
虹雫はギュッと自分の胸に手を当てて、服を握りしめながら剣杜の言葉を待った。
「………宮がおまえの小説を取り戻してくれたよ」
「えっ……」
「澁澤が虹雫から作品を盗った事を認めたんだ。それで、警察に捕まった」
「……そ、それを宮がやってくれたの?剣杜も?」
「あぁ。そして、あいつも警察に連行された」
「宮が警察に?……な、なんで、どうして?」
2人が澁澤から作品を取り戻してくれた事は確かに嬉しい。
本気で自分のためを考えて必死に守ってくれたのだろう。
嬉しすぎて、涙が出そうなのに、その次の言葉の大きな衝撃のせいで、うまく感情が整理できない。
今は、どうな気持ちなのか?
嬉しい、驚き、感謝、戸惑い、不安、恐怖。
どれも本当で、どれも違う。
強張った表情のまま剣杜に詰め寄り、虹雫は彼から言葉を待つしかなかった。
「違法な手順で澁澤を調べていたんだ。だから、事情を聞くらしい。だから、宮から連絡が来てたんだ。俺は虹雫を迎えにいけないから、代わりに迎えに行ってやって欲しいって」
「そんな………」
「虹雫、大丈夫。あいつは戻ってくるさ。おまえを置いて長い間いなくなる事なんてなかっただろう?」
「そう、だけど」
「その間、宮と俺が何をしてきたか。今日、何が起こったのか話すよ。聞いてくれるか?」
虹雫がお願いしたいぐらいだったが、何故か剣杜が懇願するようにそう言う。
大切な幼馴染で、自分の作品を救ってくれた恩人の切ない表情に、虹雫も同じような悲痛な顔を見せてゆっくりと頷いたのだった。
剣杜の家に移動をし、長い話になるからと軽く夕食を食べて話に臨むことになった。
いざ、剣杜が話を始めると、本当に長い時間がかかった。
それほどに宮と剣杜は、澁澤から小説を奪い返すために長い時間と労力をかけてくれれたのがわかった。
その間、自分は何をやっていただろうか?自分の恋愛や夢の事ばかり考えていたのだなと思い返し恥ずかしなってしまう。
剣杜が話してくれたのは、宮が昔からずっと盗作事件を解決するために動いていたという事だった。
まずは投稿サイトの掲示板を利用して、虹雫の小説について調べた。突然、虹雫が小説を削除したことで一時は騒ぎにもなっていたようだ。そして、数か月後にその本が出版される事になる。当時は名前や性別が違うこともあり、盗まれたのではないか、どうして名前が違うのかと疑問の声も上がっていた。だが、澁澤とあの小説をアップしていたのは同一人物だという書き込みがあった。それで落ち着いたものの、以前に発表されていた澁澤の作品と『夏は冬に会いたくなる』の作風が全く違うと指摘する人も多かったが、日にちが経つにつれてその噂話も少なくなっていった。
大学生に入った宮は本格的に澁澤の周辺を探るべく、まずはお金の調達から入った。
真っ当な方法では調べるのが限界だと感じたので、違法ではあるがハッキングなどが得意な人物と接触することにした。それが蜥蜴だった。蜥蜴に澁澤の話をして依頼をすると莫大なお金がかかると知った。そのために、学生の頃から稼げる方法を学び、まずは金を取得した。蜥蜴は宮を良いカモだと思っていたのかもしれない。けれど、宮も澁澤から小説を取り戻せるなら金などいくらでも払うつもりだったので都合がよかった。金で解決できるならば安いものだ。
そして、蜥蜴に過去や澁澤の周辺の動きを探ってもらい、水面下で作戦を練り続けていた。
準備が整った後は、剣杜に澁澤との接触の機会を持ってもらう事になったというのだ。けれど、ここにきて虹雫が動いた事で自体が変わったのだという。澁澤が焦り、虹雫に近づき脅したのだ。その事については、すぐに宮は剣杜に連絡をしたそうだ。
「あの時は、冷静に話しているようでかなり怒っていたのがわかった。そして、急だがすぐに作戦を決行したいって言われたんだ。もう一刻の猶予もない。虹雫をこれ以上苦しめられないって言っていた」
「宮……」
澁澤が虹雫に近づかないように、監視をしていたのだろう。そんな中でも接触。だから、宮はすぐに虹雫の家に駆け付けたのだ。悔しさをにじませた表情の本当の理由を、虹雫はこの時に初めてわかる事が出来た。
それからホテルで剣杜と澁澤が会う事になり、隙を見てPCをすり替えて中身を蜥蜴が解析。その間、恋愛対象が男だという澁澤に誘惑をしていた剣杜だが、それを助けるために酒を飲ませる予定だったが、実はそれには即効性の睡眠薬が入っており、2人共眠ってしまったという。剣杜は別室に移動させられ、眠っている間に宮と澁澤は対峙したのだろう。
そして、澁澤を警察に引き渡す時に宮自身も取り調べを受ける事になったのだろう。と、剣杜はゆっくりと丁寧に説明をしてくれた。
「そんな………自分の時間も仕事も全部かけて宮は澁澤の事を追ってくれていたの?ど、どうしてここまでして」
「そんな理由なんて1つしかないだろ。宮はおまえの事が好きだったんだよ。何を犠牲にしてでも守りたかっただ。だからこそ、澁澤のした事が許せなかったんだろ。宮は虹雫を本気で愛してたんだ。虹雫だって、わかるだろう?」
「…………普通にしている時だってずっとずっと優しかった。大切にしてくれるってわかってたよ」
「うん……」
「それなのに、裏ではそれ以上に私を大切にしてくれて、私だけじゃなくて私が作ったモノも夢も愛して守ってくれてたんだよね………」
「あぁ、そうだな」
「私、愛されてたんだね。それなのに気づきもしないで、片思いだと思って、バカみたい。お試しなんかじゃなかった。もうずっとずっと両想いで、恋人になれたんだ……」
宮の深い愛情。
虹雫には話さないで、コツコツと澁澤から小説を奪い返す手段を探し、そして虹雫に夢を叶えさせてやりたいと願っていたのだろう。
その気持ちに、虹雫は途中から涙がボロボロと零れ止まらなくなっていた。
どうして宮の気持ちに気付けなかったのだろう。
宮のやっている事を気づけなかったのか。
幼馴染だから、すぐに違いに気付ける。そんな事を言ってしまったが、そんなのは嘘だ。
宮の事をなのもわかっていなかった。
それなのに、宮の事が好きだと言っていた。
「わたし、何もわかってなかった。宮の本当の優しさにも、大切に守られていた事にも。愛されていた事にも。ねぇ、剣杜。私、宮に会いたい。今、宮に会って言いたい事沢山あるよ」
「あぁ、俺だって沢山言いってやりたいことがある。自分だけ全て背負うなんてかっこつけやがって。むかつくからな」
「すぐ、帰ってくるよね?」
「あぁ、虹雫を置いてあいつが戻ってこないはずないだろ。帰ってきたら、沢山泣きついてあいつを困らせてやれ」
「うん。いっぱい泣いて、宮にありがとうとバカッ!と、大好きだって伝える」
目や頬にたまった涙を拭きとりながら、虹雫は小さく笑う。
まだ上手く笑えないのは、宮に会えていないからだろう。
彼が帰ってきたら、泣きながら笑おう。それが、今の虹雫の本当の気持ちを表しているのだから。
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