大公閣下!こちらの双子様、耳と尾がはえておりますが!?

まめまめ

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「ど、どういうことなんでしょうか…!?」
「わあ~…ウィリアムズご令嬢…その前に湯でも浴びてきたらいかがでしょうか…?」

 双子たちがようやく寝静まった21時。
 大公の執務室をノックしたのはパンくずやら麺やら紙屑やらを頭や肩に被ったままのオリヴィアだった。昼までの姿とは変わり果てた彼女を見て、執務室で打ち合わせをしていた副指揮官のアーサーは思わず顔を引きつらせた。

「あまり遅くに訪ねてきても、閣下にご迷惑がかかるかもしれないと思いこのような姿で申し訳ありません」
「構いませんよ。 初日お疲れ様でした」

 大公は相変わらず無表情のまま、書類に目を通しながら労いの言葉を発する。しかしそこに大公の感情が乗っているとは思えない。
 初めて出会った時から感じていた。無機物のような人だ。必要なことだけを話し、無駄がないように動き、何よりも目が合わない。しかしそんなことに怯むオリヴィアではなかった。

「それで…! 閣下にお伺いしたいことが山ほど、」
「気味が悪いですか?」
「…はい?」

 はあ、と吐き出されたため息は、この場の空気を凍らせてしまうかの如く冷たかった。一瞬、何のことか理解できずに、オパールの瞳をぱちぱちと白黒させる。

「獣人、とでも言いましょうか。 彼らは人の顔貌と四肢をもっていますが、狼の体と性質も一部持っています。 出自について今は詳しく話せませんが、大公家の血をひく子たちです」
「ええと…」

 "気味が悪いか"と問うたのは双子の耳と尾についてだったと理解したとき、オリヴィアの胸には薄く淀が滲んだ。
 きっと、今まで何度もそう言われたことがあるのだろう。そんな暗さを孕む言葉だった。

 家庭教師は自分で4人目だと言った。皇国から来た人物であれば、そのような侮蔑的な言葉を投げる者もいるかもしれない。

 皇国、特に皇都の貴族は選民思想が強い。貴族は魔法が使えるのが当たり前だし、使用人も魔力のある者を選び、魔力無しの人間は"下等"と罵った。
 
 
 オリヴィアは気取られないように大公の頭部をちらりと見る。耳らしきものは生えていないし腰に尾もない。
 
『新しい大公は平民の女性とーーー…』

 いつしか耳にした噂話を思い出した。が、母親らしき人物は屋敷にいないし、北の大公が結婚したという話も聞いていない。恐らく新参の家庭教師には話せぬ事情が数多あるのだろうと察し、その辺りについてはあまり触れないようにしようと心に決めた。

「…閣下はお二人をどのように育てていかれたいのですか? 今後の教育方針に関わりますので」
「普通の人として育てていくつもりです。 二人の身体のことについては今もなお研究中です。 どのように育っていくのか、耳と尾の隠し方はないのか。 どちらにせよ二人のうちどちらかが大公位を継ぐことを前提に育てています」
「研究、ですか…」
「そうそう! 閣下は治癒魔法に長けているだけでなく、人体構造の研究にも精通してらっしゃるんですよ~。 科学を元に魔法を行使しているというか」

 アーサーは得意げに話した。彼にも尾がはえていたとしたらブンブン振って主人の功績を自慢げに話すような様だったかもしれない。
 
「ここ10年あたりで皇国の医療技術が飛躍したのは閣下の研究の成果です。 閣下は様々な医療技術を開発して、」
「アーサー、辞めろ」

 嬉々と話すアーサーの話を遮ったのはルーカスだった。瞳を伏せ、ため息を吐き、興味が無さそうに自分の話を終わらせる。

「そんなあ。 俺が今、五体満足なのは閣下のおかげなんですよ。 閣下の治癒魔法が無かったら俺今頃両腕ないですもん」
「えっ」
「オリヴィアさんも気を付けてくださいね。 この屋敷、山と街の中間にあって要塞も兼ねてるんですよ。 モンスターウェイブは恐ろしいです」
「め、珍しいですね…? ウィリアムズの領主邸は安全なところに位置していましたから」
「大公家は鎮守の領主ですからね。 ま、閣下がいれば安心ですよ。 でも、いざというときは、オリヴィアさんはエルフリル様を連れて逃げてくださいね」
「…?」

 その言い方に若干の引っかかりを覚えた。双子ではなく、エルフリルと言った。

「…フェリクス様は?」
「フェリクスは大丈夫です。 彼は一人で戦える子ですので」
「まだ4歳ですよ…!? いくら閣下のお子様といえど…」
「じきに分かりますよ」

 それ以上オリヴィアは何も聞くことができなかった。今日初めて大公と会ってみて分かったことだったが、この人物は最低限のことしか話したがらないらしい。あとは自分で見て経験して理解しろということなのだろう。雇い主の意向だ、オリヴィアはそれ以上何も言わずに従うことにした。

(ともかく双子様と過ごしながら距離を縮めていくしかなさそうですね…)

 大公に聞いたところで最低限の情報しか得られないと分かったオリヴィアは退室しようかと思ったが、渡そうと思っていたものがあることを思い出した。


「あ、閣下、これを」
「…これは?」
「本日の業務報告書です。 さっと描いたものですが。」

 オリヴィアがルーカスに渡した1枚の紙。そこには今日の夕飯以降の双子の生活を時系列でまとめ、二人の様子――フェリクスは初めて会う人物をよく観察し距離感をはかっていた、だとか、エルフリルは人との関わり合いが好きで感情を素直に出していただとか――と、オリヴィアが簡単にスケッチした絵が隅に描いてあった。

 4歳とは思えない怜悧な眼差しとピンと張った耳を携えたフェリクスと、ふさふさの尾を立てて嬉しそうに笑うエルフリルの絵。

 そこに耳と尾に対する忌避感は感じられない。オリヴィアがの二人の姿が描かれていた。

「…気味が悪いだなんて思いませんよ。 素直で元気な、可愛いお二人です」

 大公は受け取った紙に目を落とし、僅かに目を細めた。それがどういう感情なのか、オリヴィアにはまだ察することができない。

「明日からもよろしくお願い致します」

 ニコリと微笑み、スカートを持ち上げ、20度のお辞儀。公爵家の家庭教師から叩き込まれた完璧なティーカシーをできたオリヴィアは心の内で拳を握った。麺を被ったまましたところで全く様にはなっていないとアーサーが笑いをこらえているのには気が付かなかったが。

「…アーサー、女史に浴室と私室を案内して差し上げろ」
「了解しました~」

 軽い調子のアーサーの後に続いて、暗くなった大公邸の廊下を歩いていく。使用人たちは皆、この時間まで働いている。ある者は水魔法で廊下の床を汚しているインクを掃除し、ある者は風魔法で割れたものの片付け。全て双子の悪戯の後片付けだ。

「これでは皆さん疲弊してしまいますね…」
「そうですね~、なのでウィリアムズ令嬢になんとかしてもらいたいんですよねえ」
「あ、もしよければ大公邸ここで働く者同士ということで、気軽にオリヴィアと呼んでいただけませんか? ウィリアムズと呼ばれるの、あまり好きではなくて」
「ああ、そうだったんですか。 では俺のこともアーサーと」

 アーサーはその恵まれた体躯とは裏腹に、人懐こい笑顔で話す男だった。それに歩きながら、ひょいひょいと倒れた家財道具を風魔法で正していく。

「…双子様は、生まれた時からずっとこんなに元気なんですか?」
「あー…そう、だったんじゃないですかねえ?」
「? アーサーさんは大公軍に勤められてまだ浅いのですか?」
「い、いや~うちは代々大公家に仕える家系ではあるんですが」

 はっきりとしない物言いに、オリヴィアの頭の中は疑問符で溢れた。アーサーもアーサーで困ったように頬をかく。
 聞いてはいけないことだったのかと若干後悔を滲ませていると、前を歩くアーサーがピタッと止まって勢いよく振り向いた。

「オリヴィアさん!」
「は、はい!」

 がしっと両手を握られたものだから、オリヴィアの肩は大きく揺れた。

「俺、オリヴィアさんを応援しています!」
「あ、ありがとうございます…?」
「なので、まず2週間耐えてみてください! 俺の口からは話せないこともたくさんありますが、愚痴とかはいつでも聞くんで!」
「は、はあ…」
「本ッ当~にオリヴィアさんが頼りなんですよ! このままでは大公家存続の危機なんです…!」

 切実に訴えかけてくる赤茶の瞳。そこにははっきりと忠義と憂慮の色。
 大公家に来て1日目のオリヴィアにも、その憂苦は容易に共感できた。

 そんなアーサーの真っすぐな想いに胸を打たれ、オリヴィアはうんうんと強く頷いた。

「任せてください! このオリヴィア、8年間ウィリアムズで耐え忍んできました! 少しのことでめげる私ではありません!」
「オリヴィアさん…!」
「必ずや双子様と打ち解けてみせます…!」

 固く握り合った手に決意をこめる。22時、照明が落とされた暗い廊下。しかしオパールは爛々としている。


 孤児院でもウィリアムズ公爵邸でも、オリヴィアの目標は『生き延びる』ことであった。顔も知らない母が守ってくれた命だから。
 しかし第三の人生、大公邸で生まれて初めて、生き延びる以外のができたのだった。
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