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旅立ち 1/2
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翌朝。
門の前には、一目で最高級品とわかる立派な馬車が堂々たる姿を現していた。
金属で補強された有蓋の大きな車両は、車内は三人が座っても余りあるほど広々としていた。四本の大きな車輪はいかにも頑強な金属製である。
だが、セスが驚いたのはその見事な車両ではなく、それを引く二頭の馬に対してだ。正確には馬ではなく、馬の形をした銀の塊である。朝日を受けて輝く光沢は芸術品じみていて、生物的な流線には生命の息吹を感じる。分厚く重ねられた金属装甲の隙間から青白い魔力の光を漏らしていた。
「これは、魔導馬ですか」
一頭の価値は同じ重さの純金に等しいとされる。それが二頭。セスも目の前にするのは初めてであった。
「先の戦争の折、皇帝陛下よりお借りしたものだ」
トゥジクスはいかにも得意げである。
「終戦後も返還はしていないがね。戦果に適う褒章を頂けなかったのだ。これくらい罰は当たらないだろう」
傾きかけのラ・シエラになぜこんな高価なものがあるのかと不思議だったが、そういうことなら合点がいく。魔導馬があるならば旅路は想定よりも楽になるだろう。生身の馬とは違って疲れず、食べず飲まず、怪我や病気もしない。
「よいのですか? このような貴重なものを」
「どれほど価値のある物だろうと、本来の用途から外れてしまっては意味がない。屋敷に飾っておくなど、まさに宝の持ち腐れだ」
「仰る通りです」
「うむ。ああ、ちなみにだ。これはあまり知られていないことだが、魔導馬には男心をくすぐるロマンに満ちた機能が隠されているのだよ」
「ロマン、ですか」
トゥジクスは開きかけた口を閉じて、首を振った。
「いや……もったいぶるようですまないが、これ以上は口にできぬ。皇帝陛下の所有物について、べらべらと喋るのはよろしくないだろう」
「そういう風に言われると、余計に気になってしまいますね」
セスは歳相応の、トゥジクスは年甲斐もなく少年じみた笑みを浮かべた。
使用人達が旅の荷を馬車に積み込むと、いよいよ出立の時が近づいてくる。
トゥジクスの他、屋敷の使用人達が見送りのため門前に勢揃いしていた。その数は十人にも満たず、ラ・シエラの苦境を物語っていた。
「シルキィ。これを」
トゥジクスが手渡したのは、一振りの長剣。鍔に拳大の宝玉が埋め込まれ、独特の装飾が施されている。抜け落ちてしまわぬよう鍔と鞘を厳重に縛りあげたその剣は、どう見てもシルキィの身の丈には合わぬ代物である。
「では、行って参ります。お父様」
「うむ。旅の無事を祈っている。帝都についたら、手紙を書いてくれ」
シルキィは藍色のワンピースの上に薄手のフードケープを羽織り、別れの言葉も短く馬車に乗り込んだ。
彼女の剣を見るセスの目が普通ではないことに気付いたのか、トゥジクスがわざとらしく咳払いをした。
「あの剣が気になるか?」
「へ? あ、いえ」
「やはり、誰が見てもあやつには不釣り合いだな。本人曰く、お守りだそうだが」
「お守りというのは?」
「それが教えてくれんのだ。昔どこで拾ったか、突然持って帰ってきよってな」
地域によってはナイフなど、小型の刃物をお守りとして扱う風習がある。往々にして魔よけの意味が込められているものだが、それにしてはあの剣は大振りすぎる。小柄なシルキィでは持ち運ぶのも一苦労だ。
「あのような剣。あやつが持つべきではないというに」
トゥジクスはそんな呟きを漏らす。
耳の良いセスには聞き取れたが、聞こえない振りをするのが礼儀だと思った。
門の前には、一目で最高級品とわかる立派な馬車が堂々たる姿を現していた。
金属で補強された有蓋の大きな車両は、車内は三人が座っても余りあるほど広々としていた。四本の大きな車輪はいかにも頑強な金属製である。
だが、セスが驚いたのはその見事な車両ではなく、それを引く二頭の馬に対してだ。正確には馬ではなく、馬の形をした銀の塊である。朝日を受けて輝く光沢は芸術品じみていて、生物的な流線には生命の息吹を感じる。分厚く重ねられた金属装甲の隙間から青白い魔力の光を漏らしていた。
「これは、魔導馬ですか」
一頭の価値は同じ重さの純金に等しいとされる。それが二頭。セスも目の前にするのは初めてであった。
「先の戦争の折、皇帝陛下よりお借りしたものだ」
トゥジクスはいかにも得意げである。
「終戦後も返還はしていないがね。戦果に適う褒章を頂けなかったのだ。これくらい罰は当たらないだろう」
傾きかけのラ・シエラになぜこんな高価なものがあるのかと不思議だったが、そういうことなら合点がいく。魔導馬があるならば旅路は想定よりも楽になるだろう。生身の馬とは違って疲れず、食べず飲まず、怪我や病気もしない。
「よいのですか? このような貴重なものを」
「どれほど価値のある物だろうと、本来の用途から外れてしまっては意味がない。屋敷に飾っておくなど、まさに宝の持ち腐れだ」
「仰る通りです」
「うむ。ああ、ちなみにだ。これはあまり知られていないことだが、魔導馬には男心をくすぐるロマンに満ちた機能が隠されているのだよ」
「ロマン、ですか」
トゥジクスは開きかけた口を閉じて、首を振った。
「いや……もったいぶるようですまないが、これ以上は口にできぬ。皇帝陛下の所有物について、べらべらと喋るのはよろしくないだろう」
「そういう風に言われると、余計に気になってしまいますね」
セスは歳相応の、トゥジクスは年甲斐もなく少年じみた笑みを浮かべた。
使用人達が旅の荷を馬車に積み込むと、いよいよ出立の時が近づいてくる。
トゥジクスの他、屋敷の使用人達が見送りのため門前に勢揃いしていた。その数は十人にも満たず、ラ・シエラの苦境を物語っていた。
「シルキィ。これを」
トゥジクスが手渡したのは、一振りの長剣。鍔に拳大の宝玉が埋め込まれ、独特の装飾が施されている。抜け落ちてしまわぬよう鍔と鞘を厳重に縛りあげたその剣は、どう見てもシルキィの身の丈には合わぬ代物である。
「では、行って参ります。お父様」
「うむ。旅の無事を祈っている。帝都についたら、手紙を書いてくれ」
シルキィは藍色のワンピースの上に薄手のフードケープを羽織り、別れの言葉も短く馬車に乗り込んだ。
彼女の剣を見るセスの目が普通ではないことに気付いたのか、トゥジクスがわざとらしく咳払いをした。
「あの剣が気になるか?」
「へ? あ、いえ」
「やはり、誰が見てもあやつには不釣り合いだな。本人曰く、お守りだそうだが」
「お守りというのは?」
「それが教えてくれんのだ。昔どこで拾ったか、突然持って帰ってきよってな」
地域によってはナイフなど、小型の刃物をお守りとして扱う風習がある。往々にして魔よけの意味が込められているものだが、それにしてはあの剣は大振りすぎる。小柄なシルキィでは持ち運ぶのも一苦労だ。
「あのような剣。あやつが持つべきではないというに」
トゥジクスはそんな呟きを漏らす。
耳の良いセスには聞き取れたが、聞こえない振りをするのが礼儀だと思った。
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