アルゴノートのおんがえし

朝食ダンゴ

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魔法とはかくも難解な学問である

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 帝都のある皇帝直轄領までは、三つの領地を経由する必要がある。オーブル領、エルリス領、デットラン公爵領の順に北上していく道程である。

 一行はまずラ・シエラ領を出てオーブル領の主都を目指した。道中の町村で小休止を入れながらの、ひとまず数日間の旅路だ。

 馬車は人が小走りするほどの速さで進んでいる。この速度でも、固い地面から伝わる車両の揺れはそれなりに感じられた。

 馬車の中では、眼鏡をかけたシルキィが本の虫になっていた。よく酔わないものだとセスは感心する。
 ティアは車内に貼られた地図に指を這わせている。道の確認をしているようだ。
 車内からは時折、シルキィとティアの仲睦ましげな会話が聞こえてくる。

「来週には新刊が出るわね。オーブルについたら、買いに行きましょう」

「はい。お嬢様は何巻まで読み返されましたか?」

「今四巻まで読んだわ。ティアも読む?」

「私は次の休憩の際に」

 シルキィの無邪気な声色はセスと話す時とは大違いである。身を寄せ合う二人はまるで仲の良い姉妹のようだった。
 車内の会話に耳を澄ませて話しかけるチャンスを窺っていたセスは、機を見て馬車の窓から顔を覗かせた。

「そういえば、お嬢は学院に通っているって話だけど」

「そうね。それが何?」

 魔導馬には、道や障害物を感知する機能が備わっているため必ずしも御者を必要としない。あらかじめ命令しておけば放っておいても正しく進路を取ってくれるので、セスは運転に集中する必要がなかった。

「どんなことを学んでるんだ?」

 本に落ちていた鳶色の目が、ぎろりとセスに向く。

「どうしてあなたにそんなことを教えなければならないのかしら」

「そう言わずにさ。帝都の上級学院って言えば、魔法における最高学府だろう? そんなところで何を教えてもらえるのか、気になるじゃないか」

 魔法とは限られた者のみが扱うことを許される希少な技術だ。個体差はあれど魔力は生物が例外なく保有するものだが、それを現象として変換し、有効活用する技術体系は容易に習得できるものではない。

 本格的に魔法を学ぶには専門の教育を受ける必要があるが、とにかく学費が高い。貴族ならいざ知らず、少し裕福なくらいの平民では到底手が出ないほどだ。そして、高い学費を積んで学ぶことが出来ても、才能の有無でその成果には大きな隔たりが生まれる。才能に乏しい者であれば、わざわざ魔法を用いるより道具を使った方が効率が良い、ということがしばしば起こり得るのだ。それはすなわち魔法を学ぶ意義への疑問に直結する。だが才能を持つ者の扱う魔法は、常人の想像を超える超常の現象をもたらす。故に皆こぞって魔法を学ぶのだ。生まれと才能を兼ね備えた者だけが、たゆまぬ努力の末にその力を手に入れると知りながら。

「……今はまだ基礎の段階よ。いずれは、治癒魔法を専攻するつもり」

「魔法にはあまり詳しくないんだけど、それって難しいのかい?」

 セスの質問には、ティアが答えた。

「怪我や病気を治療する治癒魔法は即効性と確実性に富みますが、極めて難解な、魔法の深奥とも言われる分野です。満足な使い手は数少ない魔法士の中でも、更にごく一部に限られる。長い研鑚の果てにようやく初歩へと至るのが、治癒魔法なのです」

「そんな難しいものを? お嬢は優秀なんだな」

「治癒魔法を修めることが出来れば、領民の健康に貢献できる。また、ラ・シエラの発展にも繋がる。というのが、お嬢様のお考えでございますから」

「ちょっとティア」

 学びへの動機を暴露され、シルキィは頬を染めた。

「立派な志じゃないか」

「解ったようなことを言わないでちょうだい。野蛮人」

 シルキィは唇を尖らせて、再び本の虫となる。相も変わらない悪態だが、照れ隠しである分かわいげがあった。

「そういえば、こんな話は知ってるかな? ラ・シエラの森のどこかに、それはそれは偉大な大魔導士が住んでいるっていう話」

「なにそれ」

「なんでもその大魔導士は、古今東西のあらゆる魔法を知っていて、その全てを自在に扱うことができるらしい」

「聞いたこともないわね」

 分厚い眼鏡をくいと上げて、

「そんな与太話に乗ると思った? 街の子供の方がよっぽど小ましな作り話をするわよ」

 なかなか面白い話題だと思ったが、彼女のお気には召さなかったらしい。セスは眉尻を下げ、苦笑いを漏らすしかなかった。
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