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夕食にて 1/2

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 そんなセスの希望的観測は、ものの見事に打ち砕かれた。

「やだ」

 一蹴であった。シルキィの食の進みは遅い。いつも以上に不機嫌だ。

「レイヴンズストーリーの新刊が明後日発売なのよ。明日出発したら、次の街に着くまで買えないじゃない」

 なんと暢気な言い分だろう。セスは天を仰ぐ。箱入り娘とはこうまで危機感を覚えないものなのか。

「数日の辛抱じゃないか。本より命の方が大切だろう」

 もちろんティアも、セスの方に賛同する。

「どうかご寛恕下さい。お嬢様に何かあってからでは遅いのです」

「お嬢の身の安全を確保するには、早く出発する以外にないんだ」

「それを何とかするのがあんたの仕事でしょ。これがレイヴンだったら、私のことをちゃんと慮ってくれるでしょうね」

「十分慮った結果なんだけどな」

「どこか? 嫌がる私をむりやり連れて行こうとしてるじゃない!」

 シルキィがフォークでセスを指した。

「お嬢様。食器で人を指すのは、テーブルマナーに反していますゆえ」

「こんな安宿でマナーも何もないわよ」

 シルキィは頬杖をついてフォークを置く。

「とにかく、この街を出るのは新刊を買ってから。いいわね?」

 主人にそう言い切られてしまえば、ティアはもう何も言えない。それは雇われの護衛であるセスも同様だ。
 重々しく額を押さえたセスは、深い息を吐いた。

「セス。あなたってヘレネア領の出身なの?」

「ん? まぁ、そういうことになるかな」

 セスが生まれた時はまだ帝国領ではなく、かの土地にはアシュテネという国名がついていた。

「クローデンの別荘がヘレネア領にあるっていう話じゃない。あなた、戻ったら火でも点けてきなさいよ」

「滅多なことを言うもんじゃない。どこに耳があるかもわからないのに」

 とにかくシルキィは甚だご立腹のようだ。無論、本気ではないのだろうが、そう言いたくなる気持ちも理解できる。

「まったく、クローデンがなによ。知ってる? 三女のサラサは学院での成績がひどいことで有名なのよ。それなのに家格が高いってだけで威張り散らしたりして、みっともないったらないわ」

 そう思うなら、少しはアルゴノートに対する接し方を自省してほしいものだ。

「ラ・シエラから近いんだ。お嬢も旅行がてらヘレネアに来ればいい」

「旅行? そんな価値ないでしょう。あんなところ」

「そうか? 確かに都会ではないけど、虹の国と呼ばれていただけあって、神秘的な景色や自然現象が――」

「アシュテネが無駄な抵抗をしたせいで!」

 セスの言葉をかき消さんと、シルキィはあえて勢いよく立ち上がって声を荒げた。

「ラ・シエラがどんな苦労をしたかわかる? 財政が困窮しているのだって、アシュテネとの戦争が原因なのよ!」

 五年前の侵略戦争の際、アシュテネ軍は戦力の差を覆して帝国本隊を退けた。その結果、帝国軍部は周辺領主に無茶な出征命令を出し、アシュテネに隣接するラ・シエラ領は最も多くの戦力を消費することとなった。すなわち勢力の低下を招き、それが今日の財政難をもたらしたのだ。

「お嬢様。お座りください」

 ティアが諫めると、シルキィは乱れた息で座り直す。
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