邪教団の教祖になろう!

うどんり

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四章

62 聖刻騎士団は戦いへ向かう

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 夕方、自分で身体を拭いているアマジスに、

「異端狩りに行ってくる」

 スレムは告げた。

 アマジスの筋肉質の肉体がぴくりと動いた。
 上半身をはだけているが、その背中には無数の傷跡がついている。

「……そうかよ」

 アマジスは返事をしてから、なにかスレムの様子がおかしいことに気づいた。

「おい、どうかしたか?」

「少々気乗りがしない」

 正直に告げると、アマジスは不可解そうに眉を曲げた。

「あんだよ、お前もそんな風になることがあるんだな」

「私だって馬鹿ではない。引っかかるところくらいある」

「馬鹿だと思ってたぜ」

 いつもの軽口を聞き流す。

 スレムには、ナタロン神父の言葉がどうにも気になっていた。

 事実との整合性が合わない部分もあり、なにか、彼の都合で動かされているような気がしてならない。

 まさか神父が嘘をつくはずがない。

 そう無理やり自分に言い聞かせている。そうしている自分を自覚してしまって、煮え切らない。

「……だんだん人が信じられなくなってきているか?」

 いきなり核心を突くアマジスに、スレムは目を丸くした。

「わかるのか?」

「ま、そういうのはわかる」

 アマジスがやや寂しそうに返した。

「…………」

 説明に困って、スレムは黙り込む。

「人間ってのはお前が思っているよりもっと複雑に、清濁入り乱れているもんだ。お前みたいに単純に生きられたのなら、宗教も争いも必要ないことだろうぜ」

「また私を馬鹿にしてないか」

「いや、褒めているんだぜ」

「褒めているのか」

「お前のそういう真っ直ぐな生き方は嫌いじゃない。俺にはできない生き方だし、正直うらやましい。俺がこうして本音で話せるのも、お前なら大丈夫だと思ったからだ。だからこそ――」

 アマジスは、少し遠い目をして言う。

「――だからこそ、一星宗に振り回されて心がぶれていってほしくないってのはあるな。まあ、俺が言うべきことでもない気がするが」

「ナタロン神父は嘘つきだと思うか?」

 スレムは気になっていることをアマジスに尋ねる。
 こういうとき、スレムは遠回しに告げるような気遣いはできない性格だった。

 だからこそ、その様子に安堵したような表情を作ったアマジスは答える。

「どうかね。ただ、お前よりは善人じゃねえと思うぜ」

「なんだその私よりは、とは。お前の言うことはいちいちわからん」

「俺の勘だが、ありゃあ隠れてなんかやってんじゃねえか? お前も漠然ではあるが引っ掛かりがあったから、こうして俺に質問してるわけだろ?」

「お前の勘というのは、どの程度信じられるんだ?」

「知るか」

 ニクネーヴィンとその仲間を抹殺しろとナタロン神父は言っていた。

 自分は、抹殺するときになったらどうすべきだろう。

 命令どおりに行っていいものなのか。だんだん迷ってきた。

 スレムは首を振る。いけない。迷いは命取りになる。しかし、どうすれば?

「俺が両足の腱を切られたのは、ここに来る以前、本国で、異端の部族を狩りに行ったときだった」

 アマジスは少しゆっくりと口を開く。

「当時の俺は甘い考えだった。敵対部族に対して、話せばわかるんじゃねえかって考えて交渉役を買って出たんだ。おとなしく捕まってくれれば犠牲は出さずに済むと。そんなの、相手からしたらたまったもんじゃねえってわかりそうなもんだが、当時の俺はわかってくれると根拠もなく信じてた」

「それはそうだろう。おとなしく捕まってくれるのが一番だ」

 すぐに答えて、アマジスに呆れられた。

「自分たちの生殺与奪の権利を敵に握られるんだぞ。無条件でだ。嫌だろうが」

「第六位階ならそれ以上の位階に管理されるのは当然のことじゃないか?」

「当時の俺もそう思ってたよ。当然捕まった。捕まって、拷問を受けたんだ。その時に逃げられないよう足の腱を切られた。それから止血をされて、あえて生かされながら、地面に打ち付けられた杭に貼り付けにされた。争いは数日続いていたが、その間中俺はずっと貼り付けのまま風雨にさらされ続けていた。助けられたのは、奇跡だったよ」

「なんと……」

「そのときに思ったんだよ。自分の判断で行動しないとだめだってな。神とか、上の人間に命じられたとかじゃなくて、自分が納得するかどうかなんだ」

 自分が納得するかどうか。

 そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 ただ指示にしたがって生きてきたスレムにとっては、寝耳に水だった。

「体中の傷は、そのときのか」

「……ああ。そうだ」

 スレムは背中にいくつも刻まれた傷跡を見やる。

 殆どが刃物で無造作につけられたような傷だ。

 しかしその中に、何か文様のような印象のものを見出した。

「――何か、神聖文字のようなものも刻まれてないか?」

 スレムがその傷をなぞろうとしたとき、

「触るな!」

 アマジスが怒鳴って、スレムは手を止めた。

「……すまん」

「いや、わかってくれりゃいい」

「その傷は、本当に異端者の拷問だったのか?」

「ああ、そうだよ。……全部じゃねえがな。これ以上は聞くな」

 スレムは息を呑んだ。
 一星宗はなにか、おぞましい面をどこかに隠し持っているのではないかという不安にかられる。
 それでも、スレムはアマジスに告げた。

「いつか、聞かせてくれ」

「ふん。絶対に嫌だ」

 いつもどおりの不満そうなアマジスに、スレムは思わず噴き出す。

 なぜか和んでいるスレムを見て、

「なんでそこで笑ってんだよ。意味がわからん」

 アマジスはバツが悪そうに舌打ちした。

「……クソチビ、あいつ意識が戻りゃあいいがな」

「イレイルだ。クソチビではない。……心配などアマジスらしくないな」

「言ってろクソが。マジで心から思ってそうでムカつくわ。イレイルの意識が戻りゃあどこの誰がやったかわかるってだけだ。心配とかそんなんじゃねえっつうの。クソが」

 話して、少し気が楽になった。
 こういうのを友と呼ぶのだろうか。
 今まで友人があまりいなかったスレムは、なんとなく、そういったことを考える。

「ありがとう。気が紛れた。そろそろ私は行かねばならない」

「待て」

 背を向けて異端狩りに赴こうとしたスレムをアマジスは止めた。

「黙って見送るつもりだったが、気が変わった」

「?」

「今のお前じゃ異端者に対してためらいが生まれそうだ。ナタロン神父はうさんくさいが、それはイレイルが目覚めればわかることだ。それとは別に、命令は命令どおりにやらなきゃならねえ。でないと俺たちに異端の疑いがかかる。そうだろ?」

 アマジスは言いたいことがいまいちわからない様子のスレムの胸ぐらを力強く掴んで、

「拷問を受けて開放されたあん時から、俺の中には悪魔が棲みついてる。異端者を弾圧するためならどんなことでもする悪魔がな。いや、天使かもしれねえが」

「……どういう意味だ?」

「俺ならためらいなく殺せる。移動なら人形の法具にしがみつきゃどうにかなる。連れて行け。異端者は、俺に殺させろ」

 戦意のたぎる瞳で迫った。
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