元魔王おじさん

うどんり

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二章

第57話 おいしく食べよう!ベニテングダケ

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「よし、これで家庭菜園の完成だ!」

稽古の合間。シオンに教えてもらいながら、俺たちはせっせと庭を改造していた。

シオンに稽古をつけるようになってから七日ほど経つ。
何日に一回とか言っていたが、シオンはほぼ毎日こちらに来るようになった。
サリヴィアと名無しの戦士の戦いに触発されたらしい。

いい機会だったので、農家のシオンにいろいろ教えてもらいながら、庭を耕していたのだ。

「いや、シオンがいてくれてよかった」

まだこれから農地を増やす予定ではあるが、とりあえず庭くらいの広さで小麦の栽培を始めることにした。

端っこの日当たりのいいスペースにはバジルの種も撒いた。

小麦はこの時期からだと少々収穫が遅くなってしまうようだが、まあ今回はお試しだから構わないだろう。

種もシオンの家からもらってしまった。
シオンの母上には会ったことがないが、そのうち土産か何か持ってお礼のあいさつに伺わなくては。

「畑づくりくらいは、いつも家で手伝ってることなので……たいしたことないです」

シオンは控えめに笑いながら答えた。

「いや、見事な手腕である。助かったぞ」

「……まだ生えない?」

一緒に手伝っていたラミナは、種をまいたばかりの畑の前しゃがみこみながらつぶやいた。

「そんなすぐに芽は出ないよ……」

とシオンはラミナに言った。

「じゃあいつ生える?」

「だいたい十四、五日くらいかな」

畑づくりは順調なのだが、シオンの父上や野盗の情報はまだ入っていない。

シオンの修業をつけながらおいおいと思っているが……表・裏含めてサリヴィアにあらゆる流通ルートを探ってもらっているが、引っ掛からないようだ。

シオンの父上は、もしかしたらまだ国内にいるのかもしれない。

国中をしらみつぶしに探すなら、ノームどものコミュニティをもとに探っていくのがよさそうだ。
話を聞けば、ノームどもはここバクルモアティ伯領を中心に、結構広範囲に散らばっているらしい。

うまくいけばすぐにでも不審人物か父上どちらかの手がかりをつかめるやもしれん。

父上の生死がわからない以上――この手はまだ、シオンには言えんがな。

「とにかく、もういい時間だ。昼メシにでもしようではないか」

うまい昼メシを食えるのもシオンが来てくれたおかげである。

「そのことだが」

横で鍬を担いでいたウォフナーが口を開いた。

「コーラル、もしかしてこれを昼に食うとか言わないだろうな?」

言いながら、仮住まいの近くに山と置いてあるものを指さす。
そこには、俺とラミナが朝とってきたキノコ類が横たわっていた。

「食うに決まっているだろう。そのために採って来たんだぞ」

ちょうど食えそうなのがいくつか生えていたのを見つけたのだ。
なかなか運がよかった。

「いや、どう見ても食えないだろうこれは」

ウォフナーは顔をしかめて言い捨てた。

いや、そんなことないだろ。

たくさんあるが、ほぼ同じ種類のものだ。
傘の色が赤く、白いブツブツがついているキノコだった。
大きさは大人の男の手のひらくらいだろうか。

うむ。
どう見ても食えそうなキノコだ。

「この毒々しい赤い色でわかる。これは食えん」

「食えるっつうの。色で判断するんじゃない。お前、もともとお坊ちゃんだからわからないだけだろう」

「こういう、きつい色をしたものはたいてい毒があり食用に適さないものだ。そんなのはお坊ちゃんだろうが百姓だろうが判別できる」

「いや食える。シオンもそう思うだろう?」

なんだか横で青い顔をしてキノコを見ていたシオンは、

「えっ?」

慌てたように答えた。

「シオンはこういうの詳しそうだが、どう思う?食えそうじゃないか?」

「あ、ええと、先生、これ、ベニテングダケです……毒のあるキノコなので食べられません」

言いにくそうなシオンの言葉にウォフナーが、

「そうだろう」

頷いた。

「毒があるくらいか?」

「はい。食べたことはないですが、毒があると聞いています」

「じゃあ食えるじゃないか」

俺はひと安心して言った。

すかさずウォフナーが反論する。

「いや、毒があるから食えないという話だっただろう」

「毒があるだけなら食えるわ!」

「それは貴様だけだ!」

「ラミナよ、お前はどうだ?」

俺が訊くと、ラミナはキノコを一瞥して、

「食べられる」

即答した。

「ほれみろ」

「こいつはじゃりじゃりしてないものなら大抵食うだろう。参考にならん」

ウォフナーが言うと、ラミナは静かな怒りをたたえながらゆらりと立ち上がった。

「おいモフ夫、いつからそんな偉そうな口を利くようになった……?」

ラミナの脳内カーストでは、ウォフナーが一番下らしい。

「モフ夫言うな」

「モフナー」

「ウォフナーだ!」

「毒耐性強化の魔法石があれば食べられる」

ラミナの言葉に、俺は首肯した。

「うむ、そういうことだ。体をむしばむ毒は魔法石で打ち消せる。いや、体を強化して毒だろうが耐えられるようになるのだ」

「またそういう力業か」

「毒があるせいで食ったことないんだろう?ならば食ってみようではないか。めちゃうまいかもしれんぞ」

「まずこの見た目のキノコを食おうという発想にはならんのだが」

鼻白むウォフナーが嘆息するのと同時、一体のノームが俺の足元に近づいてきた。

「なに騒いでおるんじゃ」

「フフルータンか。聞いてくれ」

「ツエニリニじゃ」

「これ食えるよな?」

俺はキノコを指さしてツエニリニにも訊いてみる。

ツエニリニは自分の長い髭をなでながら思案顔を作る。

「ベニテングダケじゃな……毒があるから普通は食えん」

「『普通は』?」

「塩漬けにして毒を抜いて食べる地域もあったはずじゃ。なにせ、うまいらしい」

「うまいだと!?」

「まあ塩漬けにも時間がかかるようじゃし、よほど空腹でなければ食わんわな。少なくともわしらは食わん」

「よし、魔法石作ろう。魔法石があれば、すぐにでも食えるぞ」


俺は仮住まいに入ると、棚から魔法石のもとになるエーテル結晶を探す。

しかしいつも保管してある場所に、エーテル結晶はなかった。

「あれ、もうなかったか……?」

そのへんに置いてあるかもしれないので家じゅう探したが、どうしても見つからなかった。

「くそっ、もうエーテル結晶がないではないか。しまったな」

落胆しながら漏らした。

魔界から持ってきた分は全部使ってしまったようだ。

エーテル結晶は自然の魔力が長い年月をかけて結晶化したものだ。
質はピンからキリまであるが、魔界のそこかしこで取れる。
滞りなく肉体に魔法を効かせるにはなくてはならないもので、これがなければ毒耐性強化の魔法石も作れん。

「仕方ない、ダストに連絡してわけてもらうか……?」

せっかくこちら側で過ごしているのだから、あまりダストの手は借りたくはないのだが……。
あと毒キノコ食いたいから魔法石くれよとかさすがに言いにくい。

俺が腕を組んで考えていると、ノームが俺の足をトントン叩いた。

「エーテル結晶ならこちらの世界でも取れるぞい」

「本当か!?」

一瞬耳を疑うが……
そういや、名無しの戦士も体に魔法石を埋め込んでいたな。
知られていないだけで、こちら側でエーテル結晶が取れても不思議ではない。

「数は魔界に比べたら著しく少ないがの。そのへんの鉱山のズリに落ちておる」

「まじか!ズリで!なら話は早いな!」

それが本当なら、もう問題はクリアしたも同然だ。

「……ズリ?」

ウォフナーとシオンは、どちらともなくつぶやいて顔を見合わせた。

「早速案内してくれんか、ツエニリニよ」

「お安い御用じゃ。魔法での移動は任せたぞい」

俺は頷いた。

それからノームに顔を近づけ、

「で、昨日話したシオンの父上と野盗の情報だが……」

声を潜めて言った。

「おお。ほかのふたりにも話したが了承し、もう動き出してくれておる」

ツエニリニは得意げに笑った。

「まあわしらの情報網を使うからには数日中に結果が報告できるじゃろうて」

「そうかそうか」

ノームどもは工兵としても優秀だ。
体の小ささを生かして潜入させればあらゆる情報を盗み出し、独自のコミュニティと情報網を生かした情報操作もやってのける。建築技術の知識を生かした破壊工作もこなし、戦場では一晩で城塞を築く。

とりあえず情報探しについてはこいつらに任せてよさそうだな。

「では我々はエーテル結晶を探しに行こうではないか!ベニテングダケを食うために!」

「おぬし本当食い物のことになると元気じゃな」

ツエニリニのぼやきを聞きながら、さっそく俺は魔法で空間転移の門を開いた。
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