1 / 18
裁かれた令嬢
しおりを挟む
レイノルズ伯爵家は、代々薬草学と調薬術を家業としてきた。
王都の薬師たちの間でも、その名は一目置かれる存在であり、かつては王宮御用達の薬を納めていたこともある。
父は、厳格な人だった。 言葉少なで、表情を崩すことは滅多になかったが、薬草に関しては誰よりも深い知識と技術を持っていた。
私は幼い頃から、そんな父の傍らで、薬草の乾燥方法、煎じ方、毒と薬の境界線について、ひとつひとつ教わってきた。
「エリス、薬は刃物と同じだ。使い方を誤れば、人を救うどころか、命を奪う」
「……はい、お父様。必ず、正しく使います」
姉のリリアナは、家業にはまるで興味を示さなかった。
彼女の関心は、ドレスや宝石、舞踏会といった華やかな世界にあり、社交界での立ち居振る舞いと美貌が評判を呼び、やがて第一王子妃候補として名が挙がるようになった。
私は家業を継ぐ覚悟を決め、本格的に薬学の修練に打ち込んだ。
古文書を読み漁り、薬草園に足しげく通い、時には山に分け入って自ら薬草を採取した。
調合室では、代々受け継がれてきたレシピ帳を片手に、何度も失敗を繰り返しながら薬を作った。
そんなある日、両親が王都郊外の薬草視察から戻る途中、馬車の事故で命を落とした。
あまりに突然の出来事だった。 屋敷は静まり返り、リリアナは泣き崩れ、私はただ呆然と立ち尽くしていた。
「……私が、継がなければ」
誰にともなく、そう呟いた。 あの瞬間から、何かが変わった。
感情を押し殺し、ただ前を向くことを覚えたのは、あの時だった。
* **
そして今、私はこの場に立っている。
罪人として、断罪されるために。
「エリス・レイノルズ。違法薬物および人身売買の罪により、貴族籍剥奪、全財産没収、生涯労働収容刑を命ずる」
王城の大広間が、時を止めたかのように静まり返った。
玉座の前で、リリアナが涙を浮かべて叫ぶ。
「違うのよ!エリスはそんなことする子じゃない!お願い、再審を――!」
その声には、どこか芝居がかった響きがあった。
元婚約者のラウルは肩をすくめ、冷ややかにため息をついた。
「君がそんな危険な女だったとはね。心底、残念だよ……いや、哀れだ」
私は、黙って二人を見つめた。
(リリアナ、あなたが仕込んだ偽の文書。私が違法薬の密売に関与しているという捏造。 マリア、震えながら私を裏切った証言。――忘れない)
証拠も、証言も、すべてが仕組まれていた。
誰も、私を信じなかった。
それでも私は、声を荒げることなく、静かに言った。
「……かしこまりました」
背筋を伸ばし、一礼する。
その瞳に宿るのは、凍てつくような光。
怒りでも、悲しみでもない。
それは、静かに燃える決意だった。
王都の薬師たちの間でも、その名は一目置かれる存在であり、かつては王宮御用達の薬を納めていたこともある。
父は、厳格な人だった。 言葉少なで、表情を崩すことは滅多になかったが、薬草に関しては誰よりも深い知識と技術を持っていた。
私は幼い頃から、そんな父の傍らで、薬草の乾燥方法、煎じ方、毒と薬の境界線について、ひとつひとつ教わってきた。
「エリス、薬は刃物と同じだ。使い方を誤れば、人を救うどころか、命を奪う」
「……はい、お父様。必ず、正しく使います」
姉のリリアナは、家業にはまるで興味を示さなかった。
彼女の関心は、ドレスや宝石、舞踏会といった華やかな世界にあり、社交界での立ち居振る舞いと美貌が評判を呼び、やがて第一王子妃候補として名が挙がるようになった。
私は家業を継ぐ覚悟を決め、本格的に薬学の修練に打ち込んだ。
古文書を読み漁り、薬草園に足しげく通い、時には山に分け入って自ら薬草を採取した。
調合室では、代々受け継がれてきたレシピ帳を片手に、何度も失敗を繰り返しながら薬を作った。
そんなある日、両親が王都郊外の薬草視察から戻る途中、馬車の事故で命を落とした。
あまりに突然の出来事だった。 屋敷は静まり返り、リリアナは泣き崩れ、私はただ呆然と立ち尽くしていた。
「……私が、継がなければ」
誰にともなく、そう呟いた。 あの瞬間から、何かが変わった。
感情を押し殺し、ただ前を向くことを覚えたのは、あの時だった。
* **
そして今、私はこの場に立っている。
罪人として、断罪されるために。
「エリス・レイノルズ。違法薬物および人身売買の罪により、貴族籍剥奪、全財産没収、生涯労働収容刑を命ずる」
王城の大広間が、時を止めたかのように静まり返った。
玉座の前で、リリアナが涙を浮かべて叫ぶ。
「違うのよ!エリスはそんなことする子じゃない!お願い、再審を――!」
その声には、どこか芝居がかった響きがあった。
元婚約者のラウルは肩をすくめ、冷ややかにため息をついた。
「君がそんな危険な女だったとはね。心底、残念だよ……いや、哀れだ」
私は、黙って二人を見つめた。
(リリアナ、あなたが仕込んだ偽の文書。私が違法薬の密売に関与しているという捏造。 マリア、震えながら私を裏切った証言。――忘れない)
証拠も、証言も、すべてが仕組まれていた。
誰も、私を信じなかった。
それでも私は、声を荒げることなく、静かに言った。
「……かしこまりました」
背筋を伸ばし、一礼する。
その瞳に宿るのは、凍てつくような光。
怒りでも、悲しみでもない。
それは、静かに燃える決意だった。
23
あなたにおすすめの小説
慈愛と復讐の間
レクフル
ファンタジー
とある国に二人の赤子が生まれた。
一人は慈愛の女神の生まれ変わりとされ、一人は復讐の女神の生まれ変わりとされた。
慈愛の女神の生まれ変わりがこの世に生を得た時、必ず復讐の女神の生まれ変わりは生を得る。この二人は対となっているが、決して相容れるものではない。
これは古より語り継がれている伝承であり、慈愛の女神の加護を得た者は絶大なる力を手にするのだと言う。
だが慈愛の女神の生まれ変わりとして生を亨けた娘が、別の赤子と取り換えられてしまった。
大切に育てられる筈の慈愛の女神の生まれ変わりの娘は、母親から虐げられながらも懸命に生きようとしていた。
そんな中、森で出会った迷い人の王子と娘は、互いにそれと知らずに想い合い、数奇な運命を歩んで行くこととなる。
そして、変わりに育てられた赤子は大切に育てられていたが、その暴虐ぶりは日をまして酷くなっていく。
慈愛に満ちた娘と復讐に駆られた娘に翻弄されながら、王子はあの日出会った想い人を探し続ける。
想い合う二人の運命は絡み合うことができるのか。その存在に気づくことができるのか……
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
婚約破棄ですって? 1回くらい復讐してもいいですよね?
tartan321
恋愛
王子様はいつでも自由奔放。
婚約も、そして、婚約破棄も。
1回くらい復讐したって、罰は当たりませんよね?
その後は、別の世界の住人に愛されて??
“いつまでも一緒”の鎖、貴方にお返しいたします
柊
ファンタジー
男爵令嬢エリナ・ブランシュは、幼馴染であるマルグリット・シャンテリィの引き立て役だった。
マルグリットに婚約が決まり開放されると思ったのも束の間、彼女は婚約者であるティオ・ソルベに、家へ迎え入れてくれないかというお願いをする。
それをティオに承諾されたエリナは、冷酷な手段をとることを決意し……。
※複数のサイトに投稿しております。
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる