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地獄で芽吹いた薔薇
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マスレイン峡谷
――王都から遠く離れた極寒の地に、その収容所はあった。
風は骨を刺し、雪は記憶を覆い隠す。 そこに送られた者の多くは、終身刑を言い渡された者ばかり。
生きて出られる者は、ほんの一握りしかいない。 この地に足を踏み入れた瞬間、人生の終わりを悟る者もいる。
名も、過去も、未来も、すべてが凍てつく場所
――それが、マスレイン収容所だった。
エリスは、かつて名門薬草家の伯爵家令嬢として育てられた。
薬草学に秀で、王都の学術院でも一目置かれていた。
だが、実姉リリアナと婚約者ラウルの陰謀により冤罪を着せられ、貴族籍を剥奪された私は、死よりも冷たい場所へと落とされた。
金髪は刈られ、火灼の刑に処された。
焼ける皮膚の匂いの中、私は歯を食いしばった。
「……熱い……けれど、まだ……死ねない……」
死ぬことは許されない。 それは、彼らに対する私の敗北を意味するから。
彼らは、私が苦しみながら死んでいくことを望んだ。 だが、私は死ななかった。
薬草の知識を活かし、看守の風邪を治し、体調の悪い囚人たちに、自分でも足りないほどの少ない食事を分け与え、少しでも早く治るようにと看病した。 次第に囚人や看守から信頼を寄せられ、少しずつ王都の情報を集めた。
収容所で、同じく囚人だったアランと出会った。
彼とは両親のこと、冤罪の話、本心から心を通わせることができた唯一の人だった。
彼と協力し、収容所内で情報屋として頭角を現し、地獄のような収容所の中で生き抜く術を築いていった。
「この地獄を抜けたら、すべて取り戻す。名も、尊厳も、未来も――私自身の手で」
王政が下した私への裁きは、死よりも重い罰だった。
簡単に死刑にするよりも、収容所の辛い環境で、苦しい思いをしたまま、死なせたかったのだろう。
私がきれいな姿のまま死ぬことを、姉は許せなかったのだ。
私は、それほど姉に恨まれることをしたのだろうか?
姉、リリアナが第一王子の婚約者に内定していたため、死刑は避けられたというのが表向きの理由だ。 だが、私が生きている限り、恥をかき続け、そして、その名を社交界には二度と出されないように。
「死よりも重い罰を――それが、王政の選んだ裁きだった」
収容所での生活は、まさに地獄だった。
夜が来るたび、誰かの呻き声が響いた。
朝が来るたび、誰かが消えていた。
この場所では、涙すら凍る。
甘えも、希望も、すべて凍てつく。
食べるものはなく、木の根までほじって食べる。
虫やネズミは食料――それが現実だった。
伯爵家の令嬢であった私には、とてつもなく劣悪な環境だったが、それでも、私は生き抜いた。
「看守の咳が止まらない?……この草を煎じて飲んでください」
「争うより、みんなで少しずつ分け合う方が得よ。命を賭ける価値があるのは、未来だけ」
「私は、死なない。死ぬには、まだ果たすべき目的がある」
三年の歳月を経て、皇太子の立太子式により、沢山の囚人が恩赦の名のもと釈放された。
私は、“ロゼ”という別人として釈放された。
収容所で築いた信頼関係、そしてアランの情報を元に、まもなく消えるはずの人物と巧みに入れ替わったのである。
王宮には、エリスという名の囚人が死亡したという通知が届き、私は整形と記録改ざんを経て、別人“ロゼ”として王都の地を再び踏んだ。
収容所では、生き延びるために信念を曲げて薬を作り、金を稼ぎ、人脈を築いた。
その資金と人脈を頼りに、新たな身分と紹介状を手に入れた。
表向きは情報を扱う商会――その実態は、復讐のための拠点。
「ようこそ、黒薔薇商会へ。あなたが欲しいのは――情報? それとも、未来?」
――王都から遠く離れた極寒の地に、その収容所はあった。
風は骨を刺し、雪は記憶を覆い隠す。 そこに送られた者の多くは、終身刑を言い渡された者ばかり。
生きて出られる者は、ほんの一握りしかいない。 この地に足を踏み入れた瞬間、人生の終わりを悟る者もいる。
名も、過去も、未来も、すべてが凍てつく場所
――それが、マスレイン収容所だった。
エリスは、かつて名門薬草家の伯爵家令嬢として育てられた。
薬草学に秀で、王都の学術院でも一目置かれていた。
だが、実姉リリアナと婚約者ラウルの陰謀により冤罪を着せられ、貴族籍を剥奪された私は、死よりも冷たい場所へと落とされた。
金髪は刈られ、火灼の刑に処された。
焼ける皮膚の匂いの中、私は歯を食いしばった。
「……熱い……けれど、まだ……死ねない……」
死ぬことは許されない。 それは、彼らに対する私の敗北を意味するから。
彼らは、私が苦しみながら死んでいくことを望んだ。 だが、私は死ななかった。
薬草の知識を活かし、看守の風邪を治し、体調の悪い囚人たちに、自分でも足りないほどの少ない食事を分け与え、少しでも早く治るようにと看病した。 次第に囚人や看守から信頼を寄せられ、少しずつ王都の情報を集めた。
収容所で、同じく囚人だったアランと出会った。
彼とは両親のこと、冤罪の話、本心から心を通わせることができた唯一の人だった。
彼と協力し、収容所内で情報屋として頭角を現し、地獄のような収容所の中で生き抜く術を築いていった。
「この地獄を抜けたら、すべて取り戻す。名も、尊厳も、未来も――私自身の手で」
王政が下した私への裁きは、死よりも重い罰だった。
簡単に死刑にするよりも、収容所の辛い環境で、苦しい思いをしたまま、死なせたかったのだろう。
私がきれいな姿のまま死ぬことを、姉は許せなかったのだ。
私は、それほど姉に恨まれることをしたのだろうか?
姉、リリアナが第一王子の婚約者に内定していたため、死刑は避けられたというのが表向きの理由だ。 だが、私が生きている限り、恥をかき続け、そして、その名を社交界には二度と出されないように。
「死よりも重い罰を――それが、王政の選んだ裁きだった」
収容所での生活は、まさに地獄だった。
夜が来るたび、誰かの呻き声が響いた。
朝が来るたび、誰かが消えていた。
この場所では、涙すら凍る。
甘えも、希望も、すべて凍てつく。
食べるものはなく、木の根までほじって食べる。
虫やネズミは食料――それが現実だった。
伯爵家の令嬢であった私には、とてつもなく劣悪な環境だったが、それでも、私は生き抜いた。
「看守の咳が止まらない?……この草を煎じて飲んでください」
「争うより、みんなで少しずつ分け合う方が得よ。命を賭ける価値があるのは、未来だけ」
「私は、死なない。死ぬには、まだ果たすべき目的がある」
三年の歳月を経て、皇太子の立太子式により、沢山の囚人が恩赦の名のもと釈放された。
私は、“ロゼ”という別人として釈放された。
収容所で築いた信頼関係、そしてアランの情報を元に、まもなく消えるはずの人物と巧みに入れ替わったのである。
王宮には、エリスという名の囚人が死亡したという通知が届き、私は整形と記録改ざんを経て、別人“ロゼ”として王都の地を再び踏んだ。
収容所では、生き延びるために信念を曲げて薬を作り、金を稼ぎ、人脈を築いた。
その資金と人脈を頼りに、新たな身分と紹介状を手に入れた。
表向きは情報を扱う商会――その実態は、復讐のための拠点。
「ようこそ、黒薔薇商会へ。あなたが欲しいのは――情報? それとも、未来?」
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