声を聞かせて

はるきりょう

文字の大きさ
1 / 28

1 序章

しおりを挟む
差し込む朝日が綺麗な黒髪を照らした。まぶしさに瞼を持ち上げる。茶色がかった瞳に世界が映し出される。大人と子供のはざまにいる名をサーシャという少女はゆっくり目を覚ました。

 上半身を起こし、軽く伸びをする。あたたかな心地にもう一度眠たくなる気持ちを押さえ、ベッドから降りた。窓を開ける。静かな風が、サーシャの黒い髪を揺らした。心地よい風に目を細める。

「お父さん、お母さん。おはよう。私は今日も幸せよ」

 部屋の空気を入れ替えながら、サーシャは両親の遺影を前に手を合わせた。写真の2人が笑った気がして、サーシャは小さく頷く。

 小さく音が鳴った。腹の虫が空腹を訴えるその音に苦笑し、サーシャは朝食の準備を始めた。パンにバターを付け、トースターで焼く。簡単なサラダに、コーンスープ。手軽な食事が食卓に並ぶ。手を合わせ、「いただきます」と声を出した。

 コンコン。窓を叩く音。白い鳥が1羽、部屋の中に入ってきた。サーシャは驚くことなく、笑みを浮かべる。

「おはよう、オース。あなたも何か食べる?…もう果物を食べたの?そっか。それじゃあ、私は食べちゃうから少し待っていてね」

 オースと呼ばれた鳥は分かったとばかりに、部屋に入り、サーシャの上に円を描くように飛んだ。丸テーブルには椅子が3つ。一つはサーシャが座り、もう一つはオースの定位置だ。オースは自分の椅子の背もたれに降り、毛づくろいを始めた。

「それじゃあ、オース。これを食べて、服を着替えたら今日の仕事開始よ」

 オースを見ると、頷くように小さな頭が上下に動く。その様子にサーシャは笑みを浮かべた。



『動物の声、聞こえます!』



 朝食を食べ終わると、サーシャは自宅兼店舗となっている家の前にブラックボードを掲げた。白いマジックで書かれた手書きの字は味わい深い。

 何とも怪しげな言葉だった。けれど、サーシャの店を訪れる人の数は少なくない。そして今日も、一人、サーシャの元へ訪れた人物がいる。

「あの…、すみません」

 開かれたドアから控えめに顔を出しているのは、端正な顔の男性だった。歳は、20歳を少し過ぎたくらいだろうか。伺うように中を覗き込むその目はどこか不安そうだった。サーシャは立ち上がり、笑みを浮かべる。

「いらっしゃいませ。紹介状はお持ちでしょうか?」

「え?紹介状?…いえ、あの、持っていなくて」

「左様ですか」

「あの、紹介状がないとだめなのでしょうか?」

「そうですね。紹介状がない方については、話を聞かせていただいてご相談を受けるか判断させていただくこととなります」

「…あの、その前に…動物の声がわかる、というのは本当なのですか?」

「ええ。本当ですよ。…失礼ですが、お名前を伺っても?」

 サーシャは青年に笑みを浮かべ、尋ねる。青年は慌てて姿勢を正した。

「申し遅れました。私は、タルジュア国第二王子ユリウスさまの従者でハリオと申します」

 ハリオと名乗る彼は、礼儀正しく頭を下げる。突然出てきた『第二王子』『従者』という自分には程遠い単語にサーシャは思わず目を丸くした。けれど、そんなサーシャの反応には気づかず、ハリオは話を進める。

「この店の噂はかねてから聞いておりまして、どうしてもお力を貸していただきたくて、こちらに来ました」

 何か思いつめたようなハリオの表情。サーシャはオースを見た。オースは椅子から飛び上がり、ハリオの周りを数週回った。見定められているようでハリオは思わず身を固くする。鳴き声を一つ鳴らし、もう一度定位置に着く。そんなオースをハリオは目で追った。

「…わかりました。それでは、ハリオ様。あなたのお話を聞かせていただけますか?立ったままではなんですから、お座りください」

 サーシャはオースがいる椅子の正面の椅子を軽く引いた。ハリオは頭を下げ、椅子に座る。ハリオの着席を確認し、サーシャも自分の椅子に腰かけた。

「その、ここまで来ておいて、と言われるかもしれませんが、動物の言葉がわかるというのは本当なのでしょうか?その、にわかに、信じがたくて…。…いや、あの、すみません」

 頭を下げるハリオにサーシャは首を横に振る。

「いいえ。至極当然の反応だと思います。…それでは、少し昔話に付き合ってもらえますか?これで信じていただけるのかわかりませんが、私がこの仕事を始めるきっかけになった出来事についてお話させていただきます」

 頷くハリオにサーシャはそっと立ち上がる。

「紅茶でよろしいですか?」

「え?」

「少し長くなるかもしれませんから、何か飲みながらお話しましょう」

「…紅茶、好きです」

「それはよかった」

 にこりと笑うサーシャにハリオの頬が少しだけ赤くなった。 



 事の始まりは6年前、サーシャが11歳のときだった。サーシャの両親が死んだのだ。はやり病だった。発熱と頭痛を訴え、血を吐き、そして冷たくなった。

 平民であるサーシャたちにお金はなかった。けれど、畑を耕し、野菜を売って、幸せに過ごしていた。そんなとき、突然訪れた病は、まだ11歳のサーシャだけを残し、両親を連れて行ってしまった。

 あまりにも突然の出来事に呆然としていたサーシャに訪れたのは更なる追い打ち。わずかに残ったお金は親切なふりをした親戚にとられ、幼児趣味の金持ちに売られるというのだ。一日だけ考える時間を与えられた。せめてもの慈悲か、絶望を与えるためか。

 親戚の家からの帰り道、1人きりの家に帰る間、サーシャはずっと考えていた。金持ちのところに行けば、お金や食べ物の心配をしないで済む。それだけでも幸せなのだと。思い込もうとした。けれど無理だった。サーシャは、両親が愛してくれた自分をどうにか守りたかった。

「…誰か、助けて。お願い、誰か。誰でもいいの。私を、助けて。私の声を聞いて」

 誰かに届くはずないと心のどこかで思いながらも祈るように絞り出した声だった。

『大丈夫?』

 そんな声が聞こえた。サーシャはあたりを見回す。けれど、周りには誰もいなかった。空耳か、そう思った時、もう一度『大丈夫?』と声が聞こえた。

 聞き間違いではない。そう確信し、サーシャはもう一度、辺りを見回す。サーシャの目に入ったのは白い小さな鳥だった。タルジョア国の国鳥、スチャ。白い小さな体に、黄色のくちばし。可愛らしい見た目にそぐわず、爪は鋭い。頭が良い鳥であり、寿命は長い。長いものは、人間と同じ80年ほど生きると言われている。

『お~い、大丈夫かって聞いてるんだけど?』

「え?…しゃべってる…?」

『しゃべるよ、そりゃ。そんで、君は聞こえてる、だろ?』

「……え?」

『わかるんだよ。こっちの声が聞こえてるって。だって、君、光ってる』

「光ってる?」

『ああ。神々しい光だよ。森のみんなも言ってる。…って、そんなことどうでもいいからさ、…これからどうするの?』

「え?」

『あんな気持ち悪い奴のところに行くつもり?』

「……」

『どうしたい?』

「いやよ。絶対いや。だって…お父さんも、お母さんもそんな私は望んでないもの。…でも、そうするしかないの」

『逃げるなら、手伝うけど?』

「え?」

『森のみんなが君の味方さ』

「…」

『どうしたい?』

 どうしたい?、そんなの決まってる。

「逃げたい。私、私の事を大切にしたい」

 サーシャは、自分の心の声従う。

『サーシャ、森へ行こう。僕たちが守ってあげる』

 聞こえたその声に、サーシャは大きく頷いた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

銀鷲と銀の腕章

河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。 仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。 意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。 全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音
恋愛
王太子の婚約者選びの催しに、公爵令嬢のリゼットも招待されたが、 恋愛に対し憧れの強い彼女は、王太子には興味無し! だが、それが王太子の不興を買う事となり、落ちこぼれてしまう!? 数々の嫌がらせにも、めげず負けないリゼットの運命は!?? 強く前向きなリゼットと、自己肯定感は低いが一途に恋する純真王子ユベールのお話☆ (※リゼット、ユベール視点有り、表示のないものはリゼット視点です) 【婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?】の、テオの妹リゼットのお話ですが、 これだけで読めます☆ 《完結しました》

虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと
恋愛
21.05.23完結 ーー 「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」 差し伸べられた手をするりとかわす。 これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。 決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。 彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。 だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。 地位も名誉も権力も。 武力も知力も財力も。 全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。 月並みに好きな自分が、ただただみっともない。 けれど、それでも。 一緒にいられるならば。 婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。 それだけで良かった。 少なくとも、その時は。

処理中です...