声を聞かせて

はるきりょう

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1 序章

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差し込む朝日が綺麗な黒髪を照らした。まぶしさに瞼を持ち上げる。茶色がかった瞳に世界が映し出される。大人と子供のはざまにいる名をサーシャという少女はゆっくり目を覚ました。

 上半身を起こし、軽く伸びをする。あたたかな心地にもう一度眠たくなる気持ちを押さえ、ベッドから降りた。窓を開ける。静かな風が、サーシャの黒い髪を揺らした。心地よい風に目を細める。

「お父さん、お母さん。おはよう。私は今日も幸せよ」

 部屋の空気を入れ替えながら、サーシャは両親の遺影を前に手を合わせた。写真の2人が笑った気がして、サーシャは小さく頷く。

 小さく音が鳴った。腹の虫が空腹を訴えるその音に苦笑し、サーシャは朝食の準備を始めた。パンにバターを付け、トースターで焼く。簡単なサラダに、コーンスープ。手軽な食事が食卓に並ぶ。手を合わせ、「いただきます」と声を出した。

 コンコン。窓を叩く音。白い鳥が1羽、部屋の中に入ってきた。サーシャは驚くことなく、笑みを浮かべる。

「おはよう、オース。あなたも何か食べる?…もう果物を食べたの?そっか。それじゃあ、私は食べちゃうから少し待っていてね」

 オースと呼ばれた鳥は分かったとばかりに、部屋に入り、サーシャの上に円を描くように飛んだ。丸テーブルには椅子が3つ。一つはサーシャが座り、もう一つはオースの定位置だ。オースは自分の椅子の背もたれに降り、毛づくろいを始めた。

「それじゃあ、オース。これを食べて、服を着替えたら今日の仕事開始よ」

 オースを見ると、頷くように小さな頭が上下に動く。その様子にサーシャは笑みを浮かべた。



『動物の声、聞こえます!』



 朝食を食べ終わると、サーシャは自宅兼店舗となっている家の前にブラックボードを掲げた。白いマジックで書かれた手書きの字は味わい深い。

 何とも怪しげな言葉だった。けれど、サーシャの店を訪れる人の数は少なくない。そして今日も、一人、サーシャの元へ訪れた人物がいる。

「あの…、すみません」

 開かれたドアから控えめに顔を出しているのは、端正な顔の男性だった。歳は、20歳を少し過ぎたくらいだろうか。伺うように中を覗き込むその目はどこか不安そうだった。サーシャは立ち上がり、笑みを浮かべる。

「いらっしゃいませ。紹介状はお持ちでしょうか?」

「え?紹介状?…いえ、あの、持っていなくて」

「左様ですか」

「あの、紹介状がないとだめなのでしょうか?」

「そうですね。紹介状がない方については、話を聞かせていただいてご相談を受けるか判断させていただくこととなります」

「…あの、その前に…動物の声がわかる、というのは本当なのですか?」

「ええ。本当ですよ。…失礼ですが、お名前を伺っても?」

 サーシャは青年に笑みを浮かべ、尋ねる。青年は慌てて姿勢を正した。

「申し遅れました。私は、タルジュア国第二王子ユリウスさまの従者でハリオと申します」

 ハリオと名乗る彼は、礼儀正しく頭を下げる。突然出てきた『第二王子』『従者』という自分には程遠い単語にサーシャは思わず目を丸くした。けれど、そんなサーシャの反応には気づかず、ハリオは話を進める。

「この店の噂はかねてから聞いておりまして、どうしてもお力を貸していただきたくて、こちらに来ました」

 何か思いつめたようなハリオの表情。サーシャはオースを見た。オースは椅子から飛び上がり、ハリオの周りを数週回った。見定められているようでハリオは思わず身を固くする。鳴き声を一つ鳴らし、もう一度定位置に着く。そんなオースをハリオは目で追った。

「…わかりました。それでは、ハリオ様。あなたのお話を聞かせていただけますか?立ったままではなんですから、お座りください」

 サーシャはオースがいる椅子の正面の椅子を軽く引いた。ハリオは頭を下げ、椅子に座る。ハリオの着席を確認し、サーシャも自分の椅子に腰かけた。

「その、ここまで来ておいて、と言われるかもしれませんが、動物の言葉がわかるというのは本当なのでしょうか?その、にわかに、信じがたくて…。…いや、あの、すみません」

 頭を下げるハリオにサーシャは首を横に振る。

「いいえ。至極当然の反応だと思います。…それでは、少し昔話に付き合ってもらえますか?これで信じていただけるのかわかりませんが、私がこの仕事を始めるきっかけになった出来事についてお話させていただきます」

 頷くハリオにサーシャはそっと立ち上がる。

「紅茶でよろしいですか?」

「え?」

「少し長くなるかもしれませんから、何か飲みながらお話しましょう」

「…紅茶、好きです」

「それはよかった」

 にこりと笑うサーシャにハリオの頬が少しだけ赤くなった。 



 事の始まりは6年前、サーシャが11歳のときだった。サーシャの両親が死んだのだ。はやり病だった。発熱と頭痛を訴え、血を吐き、そして冷たくなった。

 平民であるサーシャたちにお金はなかった。けれど、畑を耕し、野菜を売って、幸せに過ごしていた。そんなとき、突然訪れた病は、まだ11歳のサーシャだけを残し、両親を連れて行ってしまった。

 あまりにも突然の出来事に呆然としていたサーシャに訪れたのは更なる追い打ち。わずかに残ったお金は親切なふりをした親戚にとられ、幼児趣味の金持ちに売られるというのだ。一日だけ考える時間を与えられた。せめてもの慈悲か、絶望を与えるためか。

 親戚の家からの帰り道、1人きりの家に帰る間、サーシャはずっと考えていた。金持ちのところに行けば、お金や食べ物の心配をしないで済む。それだけでも幸せなのだと。思い込もうとした。けれど無理だった。サーシャは、両親が愛してくれた自分をどうにか守りたかった。

「…誰か、助けて。お願い、誰か。誰でもいいの。私を、助けて。私の声を聞いて」

 誰かに届くはずないと心のどこかで思いながらも祈るように絞り出した声だった。

『大丈夫?』

 そんな声が聞こえた。サーシャはあたりを見回す。けれど、周りには誰もいなかった。空耳か、そう思った時、もう一度『大丈夫?』と声が聞こえた。

 聞き間違いではない。そう確信し、サーシャはもう一度、辺りを見回す。サーシャの目に入ったのは白い小さな鳥だった。タルジョア国の国鳥、スチャ。白い小さな体に、黄色のくちばし。可愛らしい見た目にそぐわず、爪は鋭い。頭が良い鳥であり、寿命は長い。長いものは、人間と同じ80年ほど生きると言われている。

『お~い、大丈夫かって聞いてるんだけど?』

「え?…しゃべってる…?」

『しゃべるよ、そりゃ。そんで、君は聞こえてる、だろ?』

「……え?」

『わかるんだよ。こっちの声が聞こえてるって。だって、君、光ってる』

「光ってる?」

『ああ。神々しい光だよ。森のみんなも言ってる。…って、そんなことどうでもいいからさ、…これからどうするの?』

「え?」

『あんな気持ち悪い奴のところに行くつもり?』

「……」

『どうしたい?』

「いやよ。絶対いや。だって…お父さんも、お母さんもそんな私は望んでないもの。…でも、そうするしかないの」

『逃げるなら、手伝うけど?』

「え?」

『森のみんなが君の味方さ』

「…」

『どうしたい?』

 どうしたい?、そんなの決まってる。

「逃げたい。私、私の事を大切にしたい」

 サーシャは、自分の心の声従う。

『サーシャ、森へ行こう。僕たちが守ってあげる』

 聞こえたその声に、サーシャは大きく頷いた。
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