声を聞かせて

はるきりょう

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18 逃げる男

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  オースの言葉に、サーシャは必死で足を動かした。扉に手を伸ばし、開ける。
「だ、誰か!誰か、助けて!!」
 廊下に出て、必死に叫んだ。ライの部屋を目指す。
「お願い!誰か!!」
「おい、どうした?」
 聞きなれた声だった。視線を向ければ、こちらに歩いてくるユリウスの姿。
 泣きそうになるのを必死で堪る。サーシャの様子にユリウスが駆け寄った。
「何があった?」
「男が、部屋に!」
「何?」
「オースが!…王子、オースを助けてください!」
 サーシャの言葉に、ユリウスが腰の剣を抜く。扉を勢いよく開けると、そこには床に倒れたオースの姿。踏みつけようと男が足をあげている。
「オース!!」
 サーシャの声に、男がこちらに顔を向けた。
 男が一瞬、動きを止める。ユリウスにはそれで十分だった。踏み出すと一瞬で男に近づいた。そして、躊躇うことなく、剣を振り下ろす。男はとっさに短剣を横に構えた。金属がぶつかる音が広がる。
 二つの剣が十字に重なる。力は拮抗していた。ユリウスがさらに力を込める。
 じりじりと後ろに下がる男。けれど、拮抗状態は続いた。ユリウスは、一瞬力を弱める。拮抗状態が崩れる。男の身体がかすかにバランスを崩す。
 ユリウスは再び力を込めると、男の短剣を振り払った。剣が飛び、床に落ちる音が響く。
 無防備になった男の胸を、ユリウスは素早く下から切りつけた。とっさのことに、男は身体をひねって交わす。けれど、かすかに触れた感触があった。見れば男の左腕から血が流れている。
 男が舌打ちをした。ユリウスは、切りつけた男の左腕を足で蹴る。倍増する痛みに男は表情を歪めた。よろけそうになるが、寸でのところ堪える。男が体制を立て直している間に、再びユリウスは距離を詰めた。男を切りつけるため、剣を構える。
 その時だった。
 男が懐からナイフを取り出す。そして、勢いよくナイフを投げつけた。ナイフの先にいたのは、ユリウスではなく、サーシャ。
「きゃっ!」
 突然、目の前を横切ったナイフに、サーシャは思わず尻もちをつく。ナイフは壁に当たり、カランと音を立てて床に落ちた。
「おい!大丈夫か!?」
 ユリウスが視線をサーシャに向けた。叫ぶようにサーシャに尋ねる。
「王子、後ろ!」
 尻もちをつきながらサーシャは指さす。ユリウスが視線を外した瞬間に、男はユリウスに背を向け、バルコニーに出た。2階のそこから器用に壁を伝い、外に逃げる。
 離れていく背中に、ユリウスは舌打ちをする。そして、すぐに首にかけていた笛を取り出した。息を吸い、思い切り笛を吹く。その音に反応するように、数名の男たちが、窓の外に集まった。ユリウスのすぐ後ろにも1人現れる。片膝をつき、ユリウスの言葉を待った。
「鴉、追え」
 外に逃げた男の背を見ながら、ユリウスが言った。この前、「鴉」と呼ばれた男とは違う男に見える。
「はっ」
「必ず捕まえろ。殺すな。黒幕を吐かせろ」
「御意」
 返事とともに、鴉は一瞬で闇に消えた。

「オース!!」
 床に倒れているオースに、サーシャは、急いで駆け寄った。剣で切り付けられたのか、血が出ている。
「オース、大丈夫!?」
『サーシャは、無事?』
 弱々しい声だった。サーシャは泣くのを堪え、頷く。
「うん。オースが守ってくれたから」
『じゃあ、よかった』
「ありがとう。オース。今、手当てしてあげるからね」
『うん。でも、かすり傷だ。翼がやられて、飛べなくなっただけ』
「獣医さんに診てもらおうね」
『もう、大げさだな、サーシャは』
 ユリウスは周囲を一度確認し、剣を収めた。確認するように部屋の扉を開ける。左右を確認した。
「王子」
 残されるのが怖くて、サーシャは無意識にユリウスを呼ぶ。ユリウスは顔だけ動かし、サーシャを見た。
「獣医を手配するだけだ。すぐに、戻る。…いや、ライオンの部屋にいろ。すぐに、そこに行く」
「はい。…王子」
「なんだ?」
「助けていただいて、ありがとうございました」
「礼を言うのは賊を捕まえてからにしろ」
 それだけ言うとユリウスは廊下に出た。大声で誰かを呼び、獣医を手配するよう指示している。サーシャは両手でオースを抱え、ライがいる部屋に向かった。
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