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走馬灯

7. 世捨て人

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変な名前の【 ほうれん荘 】は、
築30年近い 傷んだ外観とは違い、
内装は綺麗にリフォームされていた。

風呂、トイレ別の 1Kルーム。

ベッドと、
小さなテーブルしか無い、
だだっ広い部屋。

「 テレビは?」私が聞くと、

「 見ぃひん。ラジオ聴いとる 」

彼は冷蔵庫を開けながら、答えた。

びしょ濡れな体のまま、
私が床に座れず立ち尽くしていると、

何も取り出さず 冷蔵庫を閉じた彼は、

「 風呂、シャワー浴びてくれば?」

と、聞いてきた。

「 …… うん 」と言うしか無い私に、

彼は脱衣場からバスタオルを持ってきて、
私に手渡してくる。

「 着替えが、無いの… 」

バスタオルで濡れた顔と髪を拭きながら、
私は彼に伝える。

「 あぁ、そうか。

未開封のボクサーパンツあるから、
それ履いたらええ。」

「 うん、ありがとう 」

「 俺と体型そない変わらんやろ。

Tシャツ貸したるわ 」

「 うん、ありがとう… 」

先々の選択を、彼は
サクサクと躊躇ちゅうちょ無く決めていく。
ぼんやりとした私には、
そんな彼の さりげなさが心地よく、
頼もしく、ありがたかった。


熱いシャワーを浴びて、
メイク落としが無い代わりに、
牛乳石鹸で 顔を二度洗いした。

シャンプーは、男モノのシャンプーで、
髪の毛はきしんだけど、
頭皮がスースーして 気持ち良かった。

脱衣場に出ると、

洗濯機の上に、
綺麗にたたんであるTシャツと、
ボクサーパンツがあった。

さっきまで私が身につけていた
ブラジャーは、
乾かすように ハンガーに干してあった。

用意周到よういしゅうとう

彼の、几帳面な性格なのか、
真面目さと 完璧主義な所が、
緊張していた私の胸の奥をくすぐった。

さっき見た、
どしゃ降りの雨の中の侍な姿と、

自分が住むアパート名に
嫌気がさして怒る顔と、

私に手を差し出して、
階段を一緒に昇り歩く彼の姿が、

たった この短い時間の間に、
私の心を和らぎ、ほぐしていく。

不思議な感覚だった。

ボクサーパンツを履き、
まだ乾ききっていないブラジャーをし、
Tシャツを着る。

「 あれっ… 、下は?」

下に履く物が無い。

脱衣場の扉を開け、私が顔だけ出すと、
彼は 台所に立っていた。

「 あのっ…さ、下に 履くやつ… 」

彼は、私の声に気付き、
チラッとだけ見た後、
すぐに電子レンジで何かを温めた。

「 そんな物は無い 」と、言い切って。

「 えっ? 無いの?」驚く私に、

「 ええから、早く髪 乾かして、

こっち来い。」また、命令口調な彼。

不思議な人だな… と、しばらく見つめ、
私は静かに扉を閉めた。

ドライヤーで髪を乾かす。
肩下まである長い髪を乾かすのに、
だいぶ時間が掛かってしまった。

あまりにも私が戻らないからか、
彼は ノックもせずに、
2回 扉を開けて様子を見にきた。

2回とも、無表情で。無言で。
そして、扉を静かに閉めて去っていく。

彼が、2回目に様子を見に来た時、
私は思わず笑ってしまい、
髪を急いで乾かしながら、

「 なぁに?」と、彼に聞いた。

私と目が合い、
無表情の中に 照れをチラつかせながら、
彼の唇の端が かすかに笑っていたのを、
私は 見逃さなかった。

扉が閉まった後、私は呟いた。


「 変な人だなぁ~ 」 可愛い人。

ドライヤーの音で、
かき消されるように 小さな声で。 …








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