正しい恋の始め方

凛子

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 テーブルには、拓海の好物がところ狭しと並んでいる。美味しいものを食べている時、人はあまり負の感情を抱かないだろう、と考えた萌香は、今日のために腕を振るった。
 どうか、笑って許してくれますように……


「あのね、ずっと気になってたんだけど……」

 上機嫌で箸を進めていた拓海に萌香が話を切り出した。

「どうした?」

 拓海が鯛のカルパッチョに伸ばしかけた手を止め、萌香の顔を覗き込む。萌香の心臓は大きく脈打っていた。

「私、拓海君と前に何処かで会ったことあったんだよね?」
 
「ああ、その話か……」

 言いながら拓海は視線を逸らした。

 ――え……?

 拓海の予想外の反応に、萌香は動揺を隠せなかった。明らかに拓海の様子がおかしい。
 そして、しばらく沈黙が続いた後、拓海が重い口を開いた。

「実は、マッチングアプリで萌香を何度か見たことがあったんだ。もしかしたらサクラか業者かなって思ったから、何の行動も起こさなかったけど……」

 萌香は息を呑んだ。と同時に、以前の恋人との別れが脳裏を過り不安に駆られた。
 真面目な出会いを求めてマッチングアプリを利用していたし、隠していた訳ではなかった。けれど、敢えて知らせようとは思わないし、出来ればあまり知られたくはない情報だった。

「しばらくしたら見なくなったから、やっぱり業者だったのかなって思ってたんだ」

 拓海は表情を変えずに淡々とした口調でそう言った。
 怒っているのか落ち込んでいるのか、それとも軽蔑しているのか。その表情からは、全く感情が読み取れない。

「ああ、彼氏が出来たから退会したの」

 拓海に倣うように、萌香も淡々と言った。

「え? なんだ、そういうことだったのか。そうかぁ。まあ、普通はそうだよな。良かったよ、萌香が悪事に手を染めてなくて」

 拓海は納得したように頷き、安堵の色を見せたが、萌香の方はすっきりとしていなかった。本題に入る前に、思いも寄らない方向へ話が逸れてしまった。
 自分が聞きたかったのは……

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