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二話
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数日後、医師から検査結果が告げられた。
非閉塞性無精子症というもので、成人してから罹ったおたふく風邪からのムンプス精巣炎が原因ではないか、ということだった。
「子供はできないということですか?」
賢治が医師に尋ねた。
「自然妊娠は見込めません。他にも方法はありますが、成功率がそれほど高くないことと、リスクも伴います。ご夫婦でじっくり検討してみてください」
「そうですか。わかりました」
賢治は落ち着いて受け答えしていたが、表情は明らかに雲っていた。
帰りの車内は重苦しい空気が漂っていた。
「塔子、ごめんな」
「え? やだっ、謝るとかやめてよ」
「いや、実は思い当たる節があったんだ。塔子から話を聞いた時、原因は多分俺にあるだろうなって思ったんだ」
「そうなの?」
「うん。おたふく風邪になった時、実は医者からそんな話も聞いてたんだ。でも全員がそうなるわけじゃないって言ってたし、俺もまだ若かったからそこまで重く考えてなくて……」
「うん、まあそうだよね」
「でも、結果お前のこと騙したみたいになって……ごめん」
「騙したって――結婚詐欺みたいな? そんなこと思うわけないじゃん。大袈裟だよ」
塔子は小さく笑ったが、賢治の表情は硬いままだった。
「お前、いつかは子供が出来たらいいなって言ってただろ? 勿論俺もそう思ってたし」
「それはそうだけど、もし結婚する前にそれがわかってたとしても、私賢治と結婚してたもん」
それは、塔子の本心だった。
検査を受けに行く前に、賢治とはよく話し合っていた。結果がどうであったとしても、自分達らしく今まで通りの生活を続けていこう、と。
勿論子供のいる生活を想像したことはあったが、賢治と二人だけの生活を考えた時もまた幸せだろうと思えたのだ。
しかし、その頃からだろうか。
少しずつ歯車が狂い始めたのは――
このところ急に賢治の残業が増え、必ず二人一緒だった夕食も、塔子一人で済ませることが増えていた。
仕事だから仕方がない、と思いつつも、今まで滅多になかった残業が突然増えたことに、不満を抱かないわけがない。
「ねえ、残業ってまだしばらく続きそうなの?」
サラダの入った器を賢治に差し出し、塔子は賢治の顔を覗き込んだ。
「んーどうだろう。わかんないなあ」
「そうなんだ。そのうち、休日出勤もなんてことにならないよねえ?」
賢治がレタスを口に運んだ。
「それはないだろ、多分……お! このドレッシング旨い」
賢治がフォークに残ったドレッシングを舐め取った。
「やっぱり! 賢治も絶対好きな味だと思ったんだー」
今しがた口にした不満も忘れて、嬉しさで頬が緩む。日々を共に過ごす夫婦にとって、食の好みは重要だと思うのだ。食の好みが合う人とは、身体の相性もいいと耳にしたことがあったが、それは一理あると思った。
賢治の出勤時刻になり、塔子は玄関まで見送りに行き、キスをする。
もう何年もしていることなのに、賢治は時々照れた顔を見せる。
塔子はその顔が堪らなく好きだった。
非閉塞性無精子症というもので、成人してから罹ったおたふく風邪からのムンプス精巣炎が原因ではないか、ということだった。
「子供はできないということですか?」
賢治が医師に尋ねた。
「自然妊娠は見込めません。他にも方法はありますが、成功率がそれほど高くないことと、リスクも伴います。ご夫婦でじっくり検討してみてください」
「そうですか。わかりました」
賢治は落ち着いて受け答えしていたが、表情は明らかに雲っていた。
帰りの車内は重苦しい空気が漂っていた。
「塔子、ごめんな」
「え? やだっ、謝るとかやめてよ」
「いや、実は思い当たる節があったんだ。塔子から話を聞いた時、原因は多分俺にあるだろうなって思ったんだ」
「そうなの?」
「うん。おたふく風邪になった時、実は医者からそんな話も聞いてたんだ。でも全員がそうなるわけじゃないって言ってたし、俺もまだ若かったからそこまで重く考えてなくて……」
「うん、まあそうだよね」
「でも、結果お前のこと騙したみたいになって……ごめん」
「騙したって――結婚詐欺みたいな? そんなこと思うわけないじゃん。大袈裟だよ」
塔子は小さく笑ったが、賢治の表情は硬いままだった。
「お前、いつかは子供が出来たらいいなって言ってただろ? 勿論俺もそう思ってたし」
「それはそうだけど、もし結婚する前にそれがわかってたとしても、私賢治と結婚してたもん」
それは、塔子の本心だった。
検査を受けに行く前に、賢治とはよく話し合っていた。結果がどうであったとしても、自分達らしく今まで通りの生活を続けていこう、と。
勿論子供のいる生活を想像したことはあったが、賢治と二人だけの生活を考えた時もまた幸せだろうと思えたのだ。
しかし、その頃からだろうか。
少しずつ歯車が狂い始めたのは――
このところ急に賢治の残業が増え、必ず二人一緒だった夕食も、塔子一人で済ませることが増えていた。
仕事だから仕方がない、と思いつつも、今まで滅多になかった残業が突然増えたことに、不満を抱かないわけがない。
「ねえ、残業ってまだしばらく続きそうなの?」
サラダの入った器を賢治に差し出し、塔子は賢治の顔を覗き込んだ。
「んーどうだろう。わかんないなあ」
「そうなんだ。そのうち、休日出勤もなんてことにならないよねえ?」
賢治がレタスを口に運んだ。
「それはないだろ、多分……お! このドレッシング旨い」
賢治がフォークに残ったドレッシングを舐め取った。
「やっぱり! 賢治も絶対好きな味だと思ったんだー」
今しがた口にした不満も忘れて、嬉しさで頬が緩む。日々を共に過ごす夫婦にとって、食の好みは重要だと思うのだ。食の好みが合う人とは、身体の相性もいいと耳にしたことがあったが、それは一理あると思った。
賢治の出勤時刻になり、塔子は玄関まで見送りに行き、キスをする。
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塔子はその顔が堪らなく好きだった。
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