それでも愛がたりなくて

凛子

文字の大きさ
2 / 6

二話

 数日後、医師から検査結果が告げられた。
 非閉塞性無精子症というもので、成人してから罹ったおたふく風邪からのムンプス精巣炎が原因ではないか、ということだった。

「子供はできないということですか?」
 
 賢治が医師に尋ねた。

「自然妊娠は見込めません。他にも方法はありますが、成功率がそれほど高くないことと、リスクも伴います。ご夫婦でじっくり検討してみてください」

「そうですか。わかりました」

 賢治は落ち着いて受け答えしていたが、表情は明らかに雲っていた。
 帰りの車内は重苦しい空気が漂っていた。

「塔子、ごめんな」

「え? やだっ、謝るとかやめてよ」

「いや、実は思い当たる節があったんだ。塔子から話を聞いた時、原因は多分俺にあるだろうなって思ったんだ」

「そうなの?」

「うん。おたふく風邪になった時、実は医者からそんな話も聞いてたんだ。でも全員がそうなるわけじゃないって言ってたし、俺もまだ若かったからそこまで重く考えてなくて……」

「うん、まあそうだよね」

「でも、結果お前のこと騙したみたいになって……ごめん」

「騙したって――結婚詐欺みたいな? そんなこと思うわけないじゃん。大袈裟だよ」

 塔子は小さく笑ったが、賢治の表情は硬いままだった。

「お前、いつかは子供が出来たらいいなって言ってただろ? 勿論俺もそう思ってたし」

「それはそうだけど、もし結婚する前にそれがわかってたとしても、私賢治と結婚してたもん」
 
 それは、塔子の本心だった。

 検査を受けに行く前に、賢治とはよく話し合っていた。結果がどうであったとしても、自分達らしく今まで通りの生活を続けていこう、と。
 勿論子供のいる生活を想像したことはあったが、賢治と二人だけの生活を考えた時もまた幸せだろうと思えたのだ。

 しかし、その頃からだろうか。
 少しずつ歯車が狂い始めたのは――


 このところ急に賢治の残業が増え、必ず二人一緒だった夕食も、塔子一人で済ませることが増えていた。
 仕事だから仕方がない、と思いつつも、今まで滅多になかった残業が突然増えたことに、不満を抱かないわけがない。

「ねえ、残業ってまだしばらく続きそうなの?」

 サラダの入った器を賢治に差し出し、塔子は賢治の顔を覗き込んだ。

「んーどうだろう。わかんないなあ」

「そうなんだ。そのうち、休日出勤もなんてことにならないよねえ?」

 賢治がレタスを口に運んだ。

「それはないだろ、多分……お! このドレッシング旨い」

 賢治がフォークに残ったドレッシングを舐め取った。

「やっぱり! 賢治も絶対好きな味だと思ったんだー」 

 今しがた口にした不満も忘れて、嬉しさで頬が緩む。日々を共に過ごす夫婦にとって、食の好みは重要だと思うのだ。食の好みが合う人とは、身体の相性もいいと耳にしたことがあったが、それは一理あると思った。

 賢治の出勤時刻になり、塔子は玄関まで見送りに行き、キスをする。
 もう何年もしていることなのに、賢治は時々照れた顔を見せる。
 塔子はその顔が堪らなく好きだった。
感想 0

あなたにおすすめの小説

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

犠牲の恋

詩織
恋愛
私を大事にすると言ってくれた人は…、ずっと信じて待ってたのに… しかも私は悪女と噂されるように…

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

なくなって気付く愛

戒月冷音
恋愛
生まれて死ぬまで…意味があるのかしら?

偽りの愛の終焉〜サレ妻アイナの冷徹な断罪〜

紅葉山参
恋愛
貧しいけれど、愛と笑顔に満ちた生活。それが、私(アイナ)が夫と築き上げた全てだと思っていた。築40年のボロアパートの一室。安いスーパーの食材。それでも、あの人の「愛してる」の言葉一つで、アイナは満たされていた。 しかし、些細な変化が、穏やかな日々にヒビを入れる。 私の配偶者の帰宅時間が遅くなった。仕事のメールだと誤魔化す、頻繁に確認されるスマートフォン。その違和感の正体が、アイナのすぐそばにいた。 近所に住むシンママのユリエ。彼女の愛らしい笑顔の裏に、私の全てを奪う魔女の顔が隠されていた。夫とユリエの、不貞の証拠を握ったアイナの心は、凍てつく怒りに支配される。 泣き崩れるだけの弱々しい妻は、もういない。 私は、彼と彼女が築いた「偽りの愛」を、社会的な地獄へと突き落とす、冷徹な復讐を誓う。一歩ずつ、緻密に、二人からすべてを奪い尽くす、断罪の物語。

抱きしめて

麻実
恋愛
夫の長期に亘る不倫に 女としての自信を失った妻は、新しい出会いに飛び込んでいく。

不倫の味

麻実
恋愛
夫に裏切られた妻。彼女は家族を大事にしていて見失っていたものに気付く・・・。