それでも愛がたりなくて

凛子

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一話

 元々口数の少ない人だった。
 決して甘い言葉を囁くような人ではないし、街中で手を繋ぐようなこともしない。

 斎藤賢治さいとうけんじとは、三年間の交際を経て五年前に結婚した。
 塔子とうこの馴染みの居酒屋で、隣の席に居合わせた賢治に声をかけたのが始まりだった。

「食の好みが一緒みたいですね」

「え?」

 突然声を掛けられ驚いた様子の賢治だったが、塔子のテーブルを見て表情を緩めた。

「へえ、女の子なのに渋いね」

 枝豆、焼きなす、塩炒り銀杏、ブリカマの塩焼きに牛スジ煮込み――二人のテーブルに並ぶ料理が、全く同じものだったのだ。


 その日を境に、賢治と店でよく顔を合わせるようになった。
「一緒に食べませんか?」と声を掛けたのも、「今度どこか連れて行ってください」とデートに誘ったのも、塔子の方からだった。そして二ヶ月後に交際が始まった。

 付き合う前から、賢治がかなりシャイな性格だということには気付いていた。
「好きだ」と言われたのはたった一度、交際を申し込まれた時だけだった。プロポーズの言葉も「結婚しよう」とひとこと、賢治らしいものだった。
 賢治は干渉も束縛もしない。それが時に無関心のようにも思えたが、それが賢治という人間なんだと、塔子は受け入れた。
 それでも朝と夜は必ず一緒に食事をし、そしてひとつのベッドで一緒に眠る。それは結婚してから変わっていない。
 それと、もうひとつは――

 身体の相性が非常にいいということだ。

 賢治と初めてひとつになった時、鳥肌が立つような快感と幸福感に満たされた。賢治もそう感じていたのか、互いに求め合い、数えきれない程身体を重ねた。それは、交際から八年経った今も変わっていない。

 口数の少ない賢治の唯一の愛情表現なのだろうと、塔子は感じていた。


 平穏で幸せな結婚生活に充分満足はしていたが、ひとつだけひっかかることがあった。
 交際中は勿論気をつけていたが、結婚してからは一度も避妊はしていなかった。お互い特に焦ってもいなかったし、授かりものなので自然にまかせればいいと考えていた。しかし結婚して五年が過ぎた頃、さすがに気になった塔子は婦人科を受診した。
 結果は――

 特に異常はなかった。

 ほっとしたのも束の間、塔子は検査結果を賢治に伝えるべきかどうか考えあぐねていた。


 ベッドに入ってきた賢治に優しく触れられ、額から瞼、頬へと順にキスが落とされていく。そして唇に届いた時には、賢治の吐息は熱を帯びていた。
 賢治の大きな手の平で胸を優しく包まれ、固くなった先端を指で摘ままれ、次は舌で転がされる。そしてもう片方の手はゆっくり下へとおりていく――と、塔子の身体は強張った。

「体調悪い?」

 手を止めた賢治は、心配そうに塔子の顔を覗き込んだ。

「ごめん」

「いや、こっちこそごめん。気付かなくて」

「ううん、違うの」

 しばらく躊躇した末に、塔子は重い口を開いた。

「実はね……」

 と、数日前に婦人科で検査を受けたこと、その結果、パートナーにも検査が必要だと言われたことを賢治に打ち明けた。
 賢治はしばらく天井をぼんやり見た後、塔子に目を向けた。

「わかった。来週休みをとって俺も行くよ」
 
 打ち明けたことで塔子の気持ちは少し軽くなったが、それが正解ではないような気もしていた。
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