12 / 21
第一部 第二章 旅立ち
第一話 手紙
しおりを挟む
神樹の祝福から五年の歳月が流れた聖暦九九八年。
リンランディアは十五歳になっていた。
帰宅後、リンはいつもの日常を送りつつ様々な経験をしてきた。
帰ってきてすぐに両親に六属性のこと、水の大精霊と契約していることを伝えると二人共オロオロとしてしまうが結局はどうしようもないことや、加護の短剣があり器が成長するまで守ってくれる事なども手伝い平静を取り戻す。
また、いつもの様にフィンゴネルの工房にでかけた時にたちょっとした問題があった。何かというとリンが工房に現れると精霊が荒ぶってしまい作業に支障がでまくったことである。かといってリンに工房に来るなとも言いにくくフィンは困ってしまった。
数日作業が滞ったところで、カレンの提案でリンに歌を歌わせてみてはどうか?ということになる。
神樹の祝福以来、癖になってしまったようでリンは胸元の短剣を握りながらいつものように澄んだ声で歌を歌う。
高く、低くリンの声が響くにつれリンの握る短剣から様々な光が溢れ出し広がっていく。それに連れて荒ぶっていた精霊たちも徐々に落ち着きを取り戻し、今度はいつもよりも作業が捗る様になっていった。
それ以来、リンが工房に着くと歌を歌うという日課が加わり、工房の面々たちも満足そうだ。精霊たちがより協力的になり工員達もリンの歌で気分が良いのか、製品の質があがっているとフィンも満足げである。
そしてリンも工房の仕事を少しずつ教えられ手伝うようになっていった。
時折、カレンと市場をぶらつき、森や川へ散歩にでかけ、精霊魔法の練習をカレンに見てもらい、母親のミゼリエラと勉強をし。
リンの日常は大きな事件もなく平凡であるが平穏で満ち足りていた。
そんなある日、フィンゴネル家にニテアスの長老であるテララ=テミスから遣いの者が訪れる。
その時、家に居たのはミゼルだけである。カレンは猟に出ており、リンはフィンの工房に出かけていた。
彼は女王から指示を受けたエルウェンデの長老、タサリオン=ドルジョンからの手紙を携えていたのだが、その内容を見てミゼルは一人の時でよかったとホッとする。
その手紙の内容とは要約すると
一、リンが十五歳になったことをお祝いする
二、女王から通達があったことを伝える
三、家庭の事ではあるがリンが養子になった経緯を説明してほしい
四、その後の彼の選択を優先してほしい
そう言った内容を過剰な装飾と遠回しな文章で要請してきていた。
正直にいって家庭内の事に関して女王から要請があるということが異常である。ではなぜそんな事になったのか?と考えれば思い当たる事は一つしかなかった。
それはリンの六属性と水の大精霊との契約という事である。
人間社会では十五歳といえば大人として扱われる年齢であることから、女王はリンに何かをさせたいと思っているのだろうと察することができた。
では何をさせたいのか?そこがどうしてもわからない。
エルフとしてなら十五歳はまだまだ子供である。ミゼルの心配は尽きない。やはりフィンと話し合わないといけないと思い定め、その場では手紙を受け取るに留めることにした。
「御要件はわかりました。手紙はお受け取りさせてもらいますが内容については主人と相談してきめさせていただきます」
「それで結構です。よく話し合って下さい」
そう返事をすると遣いの者は意外とあっさりと引いて行った。
(女王様はどういうお考えなのかしら…)
遣いの者が帰った後、テーブルに就いたミゼルは受け取った手紙を見つめながら考え込んでいる。
窓から舞い込んできた風がカーテンを揺らし花の香を運んできた。
(リンに何をさせる積もりなのかわからないけれど私達は親として守ってあげなくちゃいけないわね)
ミゼルはしばらく考えたのち、そう決心すると手紙を物入れにしまって夕食の準備をはじめた。
その夜、子どもたちが寝静まった後も遅くまで明かりが消えなかった。
翌日。午前中の勉強時間が終わった後にミゼルはリンを呼びテーブルに就かせると改まって話し始めた。
「いいですか、リン。これから言うことをしっかりと聞いて自分でどうしたいか考えて答えをだすのですよ」
ミゼルは昨日のフィンとの話し合いで、事の経緯を全て伝える事。リンが何をどう考えどのような行動を取るにしてもしっかりとサポートしていこうと決めていた。
そう前置きするとミゼルはリンの目をしっかりと見つめながら話はじめた。
「あなたは聖暦九百八十四年にノルド大公国の南にあるウサマイラノールに生まれました。父親はヨルニ、母親はリタ。リタは私の姉ファノメネルの娘にあたります。父親は人間でしたので、あなたは純粋な人間族ではなくクォーターエルフになります」
ミゼルはここで一旦話を切り、リンの様子を伺う。
リンがしっかりと頷いたのを見てから続けて話を進める。
「今から十三年前、聖暦九百八十五年の事です。あなたは両親とともにエルウェラウタへと向かっていましたが、タリオンの手前で盗賊に襲われました。馬車はタリオンへ進入したのですが、その時には両親は既に亡くなっていて、あなたを救出するだけで精一杯だったと聞いています」
一瞬強まった風がカーテンを大きく揺らした。
リンはただただ目を瞠って話を聞いている。
「その時にあなたは、タリオンの長老であるフラドリン=チェフィーナ様に保護されました。フラドリン=チェフィーナ様はあなたの扱いを独断で決める事ができなかったので、エルウェンデの長老、タサリオン=ドルジョン様に相談され、長老会議を経て縁者である私達の養子とする事に決まったのです」
「それからの事はあなたも良く知っている事ですね。私達はあなたをカレンと同じく愛し、慈しんで育てて来ました。神樹の祝福の時の事はたしかに驚きはしましたが、それもあなただと受け入れ変わりなく愛しています」
ここまで一気に話し終えるとミゼルは一旦席を立ち物入れから小箱を持ってきた。
火の入っていない暖炉の前で丸くなっていたエフイルが大きく伸びをするとミゼルについてきて、リンの膝に飛び乗ると再び丸くなった。
「これはあなたの母親、リタの遺品です」
そう言ってリンに小箱を押しやる。
中からはメツァーラの意匠が彫られたカメオの指輪が出てきた。縦長の金の台座に磨いた貝殻に彫られたメツァーラが虹色に輝いて非常に繊細で優美だ。
「これが…」
リンは指輪を手にとるとしげしげと眺める。
角度が変わるたびに虹色の光が柔らかくきらめく。
内側に文字が彫られているようだが薄れていて読みにくい。相当に古いもののようだった。
リンは指輪を小箱に戻すと居住まいを正してミゼルを正面から見つめる。
「リンがこれをどう受け止めるか、今後どうするのかはあなたに任せます。ただこれだけは忘れないで。わたしたちは親子です。なんでも、どんな事でも相談して欲しい」
「お母さん、僕は……」
「すぐに答えを出す必要はないわ。話はこれでおしまい」
「……わかりました」
◆◆◆◆◆
その日の午後、リンはエフイルと一緒に里のヒムルーミヴ川の川辺に来ていた。
ニテアスは東側のカセメル川と西側のリルランディーネ川が合流する三角州に作られた人口四千人ほどの里であるが街道からはずれたこの辺りにはあまり人がやってこない。
豊かな水流に午後の日差しがさざなみに反射してキラキラと煌めく。河川敷に広がる草むらを渡る風が撫でさわさわと揺らす。
(ぼくはどうしたらいい?)
見た目の違いから本当の子供じゃないということは薄々わかっていたことだが、本当の両親が賊に殺されてしまったなんて想像もしていなかった。自分にとっての両親といえばフィンとミゼルしか居なかったので、ヨルニとリタの事を聞かされてもなかなか実感がわかなかったのは確かだ。
リンはミゼルから伝えられた事を何度も思い返しては自問していくが、何かが形をとりかけては心が揺れてそれを崩してしまう。
(ぼくはどうしたいんだろう?)
懐から小箱を取り出すと中に納められていた遺品の指輪をつまみ上げる。
優しく微笑むメツァーラ神に顔もわからないリタの面影を重ねてしまう。それは意味のないことだとはわかっているが、そこにどうしても自分を守って死んでしまった母親を見つけようとしてしまうのだ。
本当の両親はリンを守って死んでしまった。
その事実がリンの胸に重くのしかかって来る。
木陰に座っていたリンはそのまま仰向けに寝転がるった。リンの顔を木漏れ日がちらちらと照らし眩しさに思わず目を瞑ると目尻から涙が流れ落ちていく。
リンは持っていた指輪を握りしめると右腕で両の瞼を覆い涙を抑えたが、後から後から涙が溢れてくる。
「にゃあ」『だいじょうぶ?』
隣で寝そべっていたエフイルが寄ってきてリンの頬を舐める。
「エフイル……。ありがとう」
右に身体を回すとリンは左手でエフイルを抱えるようにして撫でる。
柔らかな手触りと暖かさが今はありがたい。
深い悲しみに揺れ動くリンの心を繋ぎ止める拠り所に思えた。
数日後の夕飯時。
「お父さん、お母さん、僕は……僕は決めました」
リンが決意をかためた真剣な眼差しで話し出す。
それに対し、フィンが頷いて続きを促す。
「ヨルニお父さん、リタお母さんのお墓がタリオンにあると思うので一度タリオンに行って来たいと思うんです」
カレンが驚いたようにリンを見つめる。
「そうか。そうだな」
フィンが落ち着いた声で短く応える。
「それと、できればチェフィーナ=フラドリン様にお会いして保護して頂いたお礼も言いたいですし、当時の事なども聞かせて貰えればと思っています」
「わかった。それについてはテララ=テミス様に紹介状を書いてもらうようにお願いしておいておこう」
「我儘言ってごめんなさい。お父さんありがとうございます」
リンの表情がほっとしたように緩む。
「我儘じゃないさ。リンが決めた事を尊重するってお母さんから聞いているだろう?」
「そうよ。誰がなんと言ったって私達は家族なの。ただタリオンまで一人で行かせるわけには行かないわね。カレン、一緒に行ってもらうわよ」
「うん。長旅になるし一人じゃ危ないもんね。リンの事はわたしが守るわ」
勢い込んでカレンが了承する。
「にゃあ、にゃあ」
足元でエフイルが鳴きながらフィンの足に前足を掛けた。
「エフイルも頼んだぞ」
「うん。お姉ちゃんもありがとう」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから当たり前よ。明日から旅の用意をはじめるわよ」
カレンが照れくさそうに応える。
「 さぁご飯が冷めてしまうぞ。続きは後にしようか」
リンは今までどちらかと言えば自己主張をすることもなく、流されるままに生きてきたが初めて自分でどうしたいのかを考えて決めた事が認められた事にほっとし、嬉しく思うのだった。
ーーー
新章突入です。
10歳だったリンも15歳になりすこしずつ大人になっていきます。
今後の成長を見守ってもらえると嬉しいです
今回の登場人物まとめ
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・フィンゴネル フィン ニテアスの職人親方、リンの養父
・ミゼリエラ ミゼル フィンゴネルの妻、リンの養母
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
・エフイル 白猫、妖精王の娘
・テララ=テミス ニテアスの長老
ーーー
・チェフィーナ=フラドリン タリオンの長老
・ヨルニ リンの実父、故人
・リタ リンの実母、故人
ーーー
・タサリオン=ドルジョン エルウェンデの長老、賢人会議の議長
ーーー
・ファノメネル リンの祖母、ミゼリエラの姉
・メツァーラ神 森の神
次回、第二話 タリオンへ
2023/3/11 18:00 更新予定
リンランディアは十五歳になっていた。
帰宅後、リンはいつもの日常を送りつつ様々な経験をしてきた。
帰ってきてすぐに両親に六属性のこと、水の大精霊と契約していることを伝えると二人共オロオロとしてしまうが結局はどうしようもないことや、加護の短剣があり器が成長するまで守ってくれる事なども手伝い平静を取り戻す。
また、いつもの様にフィンゴネルの工房にでかけた時にたちょっとした問題があった。何かというとリンが工房に現れると精霊が荒ぶってしまい作業に支障がでまくったことである。かといってリンに工房に来るなとも言いにくくフィンは困ってしまった。
数日作業が滞ったところで、カレンの提案でリンに歌を歌わせてみてはどうか?ということになる。
神樹の祝福以来、癖になってしまったようでリンは胸元の短剣を握りながらいつものように澄んだ声で歌を歌う。
高く、低くリンの声が響くにつれリンの握る短剣から様々な光が溢れ出し広がっていく。それに連れて荒ぶっていた精霊たちも徐々に落ち着きを取り戻し、今度はいつもよりも作業が捗る様になっていった。
それ以来、リンが工房に着くと歌を歌うという日課が加わり、工房の面々たちも満足そうだ。精霊たちがより協力的になり工員達もリンの歌で気分が良いのか、製品の質があがっているとフィンも満足げである。
そしてリンも工房の仕事を少しずつ教えられ手伝うようになっていった。
時折、カレンと市場をぶらつき、森や川へ散歩にでかけ、精霊魔法の練習をカレンに見てもらい、母親のミゼリエラと勉強をし。
リンの日常は大きな事件もなく平凡であるが平穏で満ち足りていた。
そんなある日、フィンゴネル家にニテアスの長老であるテララ=テミスから遣いの者が訪れる。
その時、家に居たのはミゼルだけである。カレンは猟に出ており、リンはフィンの工房に出かけていた。
彼は女王から指示を受けたエルウェンデの長老、タサリオン=ドルジョンからの手紙を携えていたのだが、その内容を見てミゼルは一人の時でよかったとホッとする。
その手紙の内容とは要約すると
一、リンが十五歳になったことをお祝いする
二、女王から通達があったことを伝える
三、家庭の事ではあるがリンが養子になった経緯を説明してほしい
四、その後の彼の選択を優先してほしい
そう言った内容を過剰な装飾と遠回しな文章で要請してきていた。
正直にいって家庭内の事に関して女王から要請があるということが異常である。ではなぜそんな事になったのか?と考えれば思い当たる事は一つしかなかった。
それはリンの六属性と水の大精霊との契約という事である。
人間社会では十五歳といえば大人として扱われる年齢であることから、女王はリンに何かをさせたいと思っているのだろうと察することができた。
では何をさせたいのか?そこがどうしてもわからない。
エルフとしてなら十五歳はまだまだ子供である。ミゼルの心配は尽きない。やはりフィンと話し合わないといけないと思い定め、その場では手紙を受け取るに留めることにした。
「御要件はわかりました。手紙はお受け取りさせてもらいますが内容については主人と相談してきめさせていただきます」
「それで結構です。よく話し合って下さい」
そう返事をすると遣いの者は意外とあっさりと引いて行った。
(女王様はどういうお考えなのかしら…)
遣いの者が帰った後、テーブルに就いたミゼルは受け取った手紙を見つめながら考え込んでいる。
窓から舞い込んできた風がカーテンを揺らし花の香を運んできた。
(リンに何をさせる積もりなのかわからないけれど私達は親として守ってあげなくちゃいけないわね)
ミゼルはしばらく考えたのち、そう決心すると手紙を物入れにしまって夕食の準備をはじめた。
その夜、子どもたちが寝静まった後も遅くまで明かりが消えなかった。
翌日。午前中の勉強時間が終わった後にミゼルはリンを呼びテーブルに就かせると改まって話し始めた。
「いいですか、リン。これから言うことをしっかりと聞いて自分でどうしたいか考えて答えをだすのですよ」
ミゼルは昨日のフィンとの話し合いで、事の経緯を全て伝える事。リンが何をどう考えどのような行動を取るにしてもしっかりとサポートしていこうと決めていた。
そう前置きするとミゼルはリンの目をしっかりと見つめながら話はじめた。
「あなたは聖暦九百八十四年にノルド大公国の南にあるウサマイラノールに生まれました。父親はヨルニ、母親はリタ。リタは私の姉ファノメネルの娘にあたります。父親は人間でしたので、あなたは純粋な人間族ではなくクォーターエルフになります」
ミゼルはここで一旦話を切り、リンの様子を伺う。
リンがしっかりと頷いたのを見てから続けて話を進める。
「今から十三年前、聖暦九百八十五年の事です。あなたは両親とともにエルウェラウタへと向かっていましたが、タリオンの手前で盗賊に襲われました。馬車はタリオンへ進入したのですが、その時には両親は既に亡くなっていて、あなたを救出するだけで精一杯だったと聞いています」
一瞬強まった風がカーテンを大きく揺らした。
リンはただただ目を瞠って話を聞いている。
「その時にあなたは、タリオンの長老であるフラドリン=チェフィーナ様に保護されました。フラドリン=チェフィーナ様はあなたの扱いを独断で決める事ができなかったので、エルウェンデの長老、タサリオン=ドルジョン様に相談され、長老会議を経て縁者である私達の養子とする事に決まったのです」
「それからの事はあなたも良く知っている事ですね。私達はあなたをカレンと同じく愛し、慈しんで育てて来ました。神樹の祝福の時の事はたしかに驚きはしましたが、それもあなただと受け入れ変わりなく愛しています」
ここまで一気に話し終えるとミゼルは一旦席を立ち物入れから小箱を持ってきた。
火の入っていない暖炉の前で丸くなっていたエフイルが大きく伸びをするとミゼルについてきて、リンの膝に飛び乗ると再び丸くなった。
「これはあなたの母親、リタの遺品です」
そう言ってリンに小箱を押しやる。
中からはメツァーラの意匠が彫られたカメオの指輪が出てきた。縦長の金の台座に磨いた貝殻に彫られたメツァーラが虹色に輝いて非常に繊細で優美だ。
「これが…」
リンは指輪を手にとるとしげしげと眺める。
角度が変わるたびに虹色の光が柔らかくきらめく。
内側に文字が彫られているようだが薄れていて読みにくい。相当に古いもののようだった。
リンは指輪を小箱に戻すと居住まいを正してミゼルを正面から見つめる。
「リンがこれをどう受け止めるか、今後どうするのかはあなたに任せます。ただこれだけは忘れないで。わたしたちは親子です。なんでも、どんな事でも相談して欲しい」
「お母さん、僕は……」
「すぐに答えを出す必要はないわ。話はこれでおしまい」
「……わかりました」
◆◆◆◆◆
その日の午後、リンはエフイルと一緒に里のヒムルーミヴ川の川辺に来ていた。
ニテアスは東側のカセメル川と西側のリルランディーネ川が合流する三角州に作られた人口四千人ほどの里であるが街道からはずれたこの辺りにはあまり人がやってこない。
豊かな水流に午後の日差しがさざなみに反射してキラキラと煌めく。河川敷に広がる草むらを渡る風が撫でさわさわと揺らす。
(ぼくはどうしたらいい?)
見た目の違いから本当の子供じゃないということは薄々わかっていたことだが、本当の両親が賊に殺されてしまったなんて想像もしていなかった。自分にとっての両親といえばフィンとミゼルしか居なかったので、ヨルニとリタの事を聞かされてもなかなか実感がわかなかったのは確かだ。
リンはミゼルから伝えられた事を何度も思い返しては自問していくが、何かが形をとりかけては心が揺れてそれを崩してしまう。
(ぼくはどうしたいんだろう?)
懐から小箱を取り出すと中に納められていた遺品の指輪をつまみ上げる。
優しく微笑むメツァーラ神に顔もわからないリタの面影を重ねてしまう。それは意味のないことだとはわかっているが、そこにどうしても自分を守って死んでしまった母親を見つけようとしてしまうのだ。
本当の両親はリンを守って死んでしまった。
その事実がリンの胸に重くのしかかって来る。
木陰に座っていたリンはそのまま仰向けに寝転がるった。リンの顔を木漏れ日がちらちらと照らし眩しさに思わず目を瞑ると目尻から涙が流れ落ちていく。
リンは持っていた指輪を握りしめると右腕で両の瞼を覆い涙を抑えたが、後から後から涙が溢れてくる。
「にゃあ」『だいじょうぶ?』
隣で寝そべっていたエフイルが寄ってきてリンの頬を舐める。
「エフイル……。ありがとう」
右に身体を回すとリンは左手でエフイルを抱えるようにして撫でる。
柔らかな手触りと暖かさが今はありがたい。
深い悲しみに揺れ動くリンの心を繋ぎ止める拠り所に思えた。
数日後の夕飯時。
「お父さん、お母さん、僕は……僕は決めました」
リンが決意をかためた真剣な眼差しで話し出す。
それに対し、フィンが頷いて続きを促す。
「ヨルニお父さん、リタお母さんのお墓がタリオンにあると思うので一度タリオンに行って来たいと思うんです」
カレンが驚いたようにリンを見つめる。
「そうか。そうだな」
フィンが落ち着いた声で短く応える。
「それと、できればチェフィーナ=フラドリン様にお会いして保護して頂いたお礼も言いたいですし、当時の事なども聞かせて貰えればと思っています」
「わかった。それについてはテララ=テミス様に紹介状を書いてもらうようにお願いしておいておこう」
「我儘言ってごめんなさい。お父さんありがとうございます」
リンの表情がほっとしたように緩む。
「我儘じゃないさ。リンが決めた事を尊重するってお母さんから聞いているだろう?」
「そうよ。誰がなんと言ったって私達は家族なの。ただタリオンまで一人で行かせるわけには行かないわね。カレン、一緒に行ってもらうわよ」
「うん。長旅になるし一人じゃ危ないもんね。リンの事はわたしが守るわ」
勢い込んでカレンが了承する。
「にゃあ、にゃあ」
足元でエフイルが鳴きながらフィンの足に前足を掛けた。
「エフイルも頼んだぞ」
「うん。お姉ちゃんもありがとう」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんなんだから当たり前よ。明日から旅の用意をはじめるわよ」
カレンが照れくさそうに応える。
「 さぁご飯が冷めてしまうぞ。続きは後にしようか」
リンは今までどちらかと言えば自己主張をすることもなく、流されるままに生きてきたが初めて自分でどうしたいのかを考えて決めた事が認められた事にほっとし、嬉しく思うのだった。
ーーー
新章突入です。
10歳だったリンも15歳になりすこしずつ大人になっていきます。
今後の成長を見守ってもらえると嬉しいです
今回の登場人物まとめ
・リンランディア リン フィンゴネル家の養子、本作の主人公
・フィンゴネル フィン ニテアスの職人親方、リンの養父
・ミゼリエラ ミゼル フィンゴネルの妻、リンの養母
・カレナリエル カレン フィンゴネル家の長女、猟師
・エフイル 白猫、妖精王の娘
・テララ=テミス ニテアスの長老
ーーー
・チェフィーナ=フラドリン タリオンの長老
・ヨルニ リンの実父、故人
・リタ リンの実母、故人
ーーー
・タサリオン=ドルジョン エルウェンデの長老、賢人会議の議長
ーーー
・ファノメネル リンの祖母、ミゼリエラの姉
・メツァーラ神 森の神
次回、第二話 タリオンへ
2023/3/11 18:00 更新予定
0
あなたにおすすめの小説
【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜
一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m
✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。
【あらすじ】
神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!
そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!
事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます!
カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双
四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。
「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。
教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。
友達もなく、未来への希望もない。
そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。
突如として芽生えた“成長システム”。
努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。
筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。
昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。
「なんであいつが……?」
「昨日まで笑いものだったはずだろ!」
周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。
陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。
だが、これはただのサクセスストーリーではない。
嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。
陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。
「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」
かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。
最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。
物語は、まだ始まったばかりだ。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
薬師だからってポイ捨てされました!2 ~俺って実は付与も出来るんだよね~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト=グリモワール=シルベスタは偉大な師匠(神様)とその脇侍の教えを胸に自領を治める為の経済学を学ぶ為に隣国に留学。逸れを終えて国(自領)に戻ろうとした所、異世界の『勇者召喚』に巻き込まれ、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
『異世界勇者巻き込まれ召喚』から数年、帰る事違わず、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居るようだが、倒されているのかいないのか、解らずとも世界はあいも変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様とその脇侍に薬師の業と、魔術とその他諸々とを仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話のパート2、ここに開幕!
【ご注意】
・このお話はロベルトの一人称で進行していきますので、セリフよりト書きと言う名のロベルトの呟きと、突っ込みだけで進行します。文字がびっしりなので、スカスカな文字列を期待している方は、回れ右を推奨します。
なるべく読みやすいようには致しますが。
・この物語には短編の1が存在します。出来れば其方を読んで頂き、作風が大丈夫でしたら此方へ来ていただければ幸いです。
勿論、此方だけでも読むに当たっての不都合は御座いません。
・所々挿し絵画像が入ります。
大丈夫でしたらそのままお進みください。
転生したら名家の次男になりましたが、俺は汚点らしいです
NEXTブレイブ
ファンタジー
ただの人間、野上良は名家であるグリモワール家の次男に転生したが、その次男には名家の人間でありながら、汚点であるが、兄、姉、母からは愛されていたが、父親からは嫌われていた
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる

