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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

epilogue-2.賽は投げられた

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「しかし君の協力のお陰でクリスは旅に出た」
「あまりに無理矢理な提案ではあったがな」

 フェリクスは事前にセシルからクリスティーナの正体を聞かされていた。
 茶会の前にレディング公爵領で起きたことも、聖女を狙った犯行である可能性を危惧していたセシルの考えも、暗殺未遂が発生した時点で把握をしていた。

 その為フェリクスが自身の暗殺の容疑者としてクリスティーナを疑うという考えははなからなかったし、それよりもいかに聖女である彼女の命を刈り取らないよう動くべきかという選択に迫られていた訳だ。

 幸い、犯人はすぐに特定できた。皇宮の騒ぎに乗じて逃亡した使用人が一人いたからだ。
 しかしセシルはその調査を進めると同時に真犯人の存在は秘匿するようフェリクスへ指示を出していた。実の妹に冤罪をかけようと言い出したのだ。

 そして初めこそそれに反対したものの、フェリクスは結局それに従う決断をした。

「……彼女には、私が愚かな権力者に見えたことだろう」

 我ながら随分と横暴に事を運ばせたものだと苦笑せざる得ない。
 一刻を争う中、手段を選ぶことが出来なかったのは口惜しいことだ。

「それだけではないな。この先、国民の目には私が無能な皇太子として映ることだろう」
「惜しくなったかい? 自身の名声が」
「惜しくはないと言えば嘘になるな」

 揶揄うように喉の奥で笑う友。
 その言葉に肯定する一方で、フェリクスの決意は固まっていた。

「私の使命はこの国の繁栄を色褪せさせないこと。国を守ることだ」

 フェリクスは目を閉じる。
 瞼の裏に浮かぶのは街を行き交う人々と使用人、友人など自分と関わりのある人々の笑顔。
 先人が残した平和という宝物。

 それらが穢される未来を避けられるというのであれば保身を二の次にする覚悟くらい、皇太子となり国を背負う運命を定められた日から出来ているというものだ。

「その為ならば嫌われ者も喜んで引き受けよう。その末に玉座を降りることになろうとも構わない」
「流石は僕の友だ。君のような友を持てたことを誇りに思うよ」

 セシルは満足そうに深く頷いた。
 信頼を置く相手からの称賛は嬉しいものだ。フェリクスも笑みを返した。

「どのように転ぼうと、僕達に待つのはきっと茨の道だ」

 セシルの言葉にフェリクスは無言で肯定をする。
 この意志が少しでも揺らいだその時、自分達は自ら選んだ道に傷つけられることになる。

「賽は投げられた。先のことは彼女達に掛かっている」

 セシルの瞳がフェリクスの後方にある窓へ向けられる。
 彼の瞳と同じ色を持つ広々とした空。
 皇宮を見下ろす陽の光、どこまでも続く空。

 その下を一羽の鳥が羽ばたいていった。
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