悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

44-3.騎士の覚悟と迷い子捜索

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 その時、視界の端で突如霧が揺らぐ。
 人か、魔物か。ノアは握っていた杖をそちらへ向けたが何かが近づいてくる様子はない。
 代わりに動いたのは霧自身。それは不自然に集合して何かを形成したかと思えば、二つの人影を作り上げた。
 良い身なりをした男性と少年。髪の色や瞳の色といった特徴が同一であることから、親子であることは誰が見ても想像が出来る。
 二人は互いに睨み合い、険悪な雰囲気を醸し出していた。

「……知ってたよ」

 自身の記憶が霧に影響を与えるのならばこれだろう。そう予想していたものがそっくりそのまま現れたことに苦笑してしまう。
 ノアはそれからすぐに目を離すと速足でその場を立ち去った。



「シモン、いる?」

 移動した先でも声を掛けるノア。
 先の幻を避けるように移動を図ったが、その足が森の深くまで向かうことは決してない。
 奥深くまで突き進めば魔物の群れと遭遇する可能性がある。そうした時、自分の能力では対処に骨が折れることだろう。
彼が先へ進まないのは自身の技量を理解している為だった。
 故に比較的街から近い距離を隈なく探してゆく。

 魔物の気配や自身が今向いている方角に注意しながら、ノアは道を外れて茂みを歩いていく。
 その時、何かが足に当たって地面を転がった。

「ん?」

 ノアはその場にしゃがみ、それをへ視線を送る。
 そして息を呑んだ。

 ……靴だ。それも子供のものが片方のみ落ちていた。
 靴の状態からして、落としてからそう時間は経っていない。ノアはこれがシモンの物であるという確信、そして近くにいるのではないかという予想と望みを抱いた。

 それを拾い上げてノアは立ち上がる。

「シモン! いるかい?」

 より一層の注意を払いながらノアは辺りを歩き回る。
 そして数分程度近くを探し回っていた時。すすり泣く声が聞こえた。

「シモン……!」

 声の聞こえた方向へ。ノアは速足で突き進んだ。
 声が近づく先、やがて見えたのは大きく歪な怪物だった。

 古ぼけて罅の入ったポット。それが胴体だと言うように浮遊する怪物は蓋の代わりに人の首を乗せる。
半分を男性、もう半分を女性と左右を器用に分担した怪物の顔の真ん中には二つの顔を継いで剥いだ跡として、額から顎にかけて大きな縫い目が走っていた。

 一瞬呆気にとられるが、ノアはすぐに冷静さを取り戻す。
 あのような姿をした魔物は存在しない。ということはこれは幻覚であり、こちらへ直接的な危害を加えることもないのだ。

 落ち着きを取り戻したノアはその怪物から隠れるようにして木の陰に身を潜めるシモンの姿を見つけた。
 彼は膝を抱えて小さく震えながら静かに泣いている。

「シモン!」
「……っ! ノア!」

 ノアは駆け寄り、シモンの頭を抱き寄せてやる。

「はぁぁ……よかったぁ」

 安堵の息が漏れ、脱力する。
 胸の中で泣きじゃくるシモンの頭を撫でてやりながらも、ノアの視線は例の怪物へ注がれた。

 子供の認識は時に、常識と帳尻が合わないことがある。
 見間違い、妄想、夢などから実在し得ない存在が本当にいたと誤認し、記憶してしまうことも少なくはない。
 この怪物も、街で溢れているゴーストなどの異形も、恐らくは子供が築いた空想の産物だろう。

(……いや、にしても怖すぎでしょ)

 本能的に嫌悪を抱かされるそれは幻覚だとわかっていても中々に恐ろしい。
 顔を引き攣らせつつ、ノアはそれから目を逸らした。

「ほら、靴も拾っといたから。早く帰ろう」
「……ん」

 落ち着いてきたらしいシモンは未だに震えているが、小さく頷いて言われた通り靴を履く。
 その姿を見守りながらノアは街へ戻るまでの道順をしっかり思い起こす。

(まず右を向いて真っ直ぐ進んで道を出て……)

 しかし彼の思考は近くで揺れた茂みの音によって遮られた。
 ノアは弾かれたように視線を音のする方へ向ける。
 草を踏みしめる音。近づく足音。
 霧に紛れて姿を現したそれにノアは乾いた笑いを漏らす。

「……そっから動かないでね」

 シモンを背中に庇いながら彼は杖を構える。
 彼らの前には眼光を鋭く光らせた獣が二体立っていた。
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