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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

95-2.感謝と最善の因果関係

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「……ええ」

 先とは違う短い返答。
 クリスティーナは彼の礼を突っぱねることをやめた。

 これ程丁寧に言葉を尽くしてくれる相手を突っぱねることはあまりにも無礼だと感じた。それに彼の言い分は十分に理解のできるものであったし、美しい考え方だとも思えたのだ。

 クリスティーナの返事に、レミは満足げに笑みを深める。
 一方で面から向かって礼を言われること、それを素直に受け止めることにまだ慣れないクリスティーナは気恥ずかしさを覚えてしまう。

 その情けない気持ちが現れない様にと、クリスティーナは飲み物を飲むふりをしながらジョッキで口元を隠してそれを誤魔化した。

 周囲の賑わいに紛れて話し込んでいたクリスティーナとレミ。
 二人のやり取りを静かに見守っていたノアは静かに微笑みを零した。
 そしてその様子が他の誰かに悟られるよりも先に空になったジョッキを掲げ、ただ宴を楽しむ酔客を演じる。

「ほらほら、夜はまだこれからだよ! じゃんじゃん食べて飲んで話しまくらないと!」



 テーブルの皿が空になれば新たな料理が運ばれ、ジョッキが空になれば新たに飲み物が注がれる。
 夜が更けていくにつれて話に花が咲き、どの時間を切り取っても誰かしらが話しているような賑やかさが続いた。

 魔導師である三人からは主に学院での生活について。
 魔法が絡んだ途端に周りが見えなくなって問題行動を繰り返すノアへの不満や、オリヴィエが一度本気でノアを怒らせた時は空気が凍り付いたという話、ノアやオリヴィエと彼らの悪ふざけに巻き込まれたレミのくだらない悪戯話など。
 時折笑い話として片付けるには大きすぎる問題ではという話題も織り交ぜられていたがそれらを語る三人の表情はどれも明るかった。

 途中、クリスティーナ達へと話を振られる時もあった。そんな時は当たり障りない日常的な話をすることしかできなかったが、意外にも彼らはそれらに興味を示した。
 他国である以上、ある程度の文化の違いが生じる。クリスティーナ達にとって普通のことであっても相手にとっては意外であるような話も混ざり、思いの外話題が広がった。
 対等な人物との談笑に不慣れなクリスティーナが受け答えに困った時にはリオが助け舟を出してくれたこともあり、お陰でクリスティーナは心労を抱えることもなく会話に興じることが出来た。

 エリアスから語られたのは騎士に至るまでの下積み時代であったり皇国騎士として戦場に立っていた時の話で、これもまた周りから興味を引く内容であった。
 騎士になると決めて教えを請うた師匠に突然魔物だらけの森で置いてけぼりを食らわされて半泣きになりながら一人で剣を振るった話、竜を討伐するに至った話など。
 明らかに普通ではない経歴を持つ彼の話は現実味すら薄れるようなものであったが、だからこそ予想の外を衝かれては驚くようなことばかりで、まるで短い冒険譚を聞いているかのようなものであった。
 ノア達は勿論として、クリスティーナもまた彼の話を楽しむ聞き手の一人としてその物語に耳を傾けていた。


***



 そうして腹も心も満たされた頃にはすっかり夜も更けてしまい、名残惜しさを感じながらも祝いの場は解散となった。

 別の場所で宿を取っているオリヴィエが一足先に夜道へと姿を消し、方向が同じであるノアとレミはクリスティーナ達へと別れを告げてから並んで学院方面へと足を運んでいく。
 その背中が小さくなるまで見送ってから、クリスティーナは夜空を見上げた。

 先程までわいわいと騒いでいたからだろう。
 突然訪れた夜更けの静けさは普段感じるものの何倍も物悲しさを感じさせた。

 静かに輝く星々を瞳に収め、賑やかだった時間の余韻に浸る。

「戻りましょう」

 やがて息を一つ吐きだしてから、クリスティーナは一言呟く。
 後ろに控えていたリオとエリアスがそれぞれ短く返事をしたのを聞きながら、彼女は踵を返す。
 そして三人もまた、今日という日を終える為に宿屋の扉をもう一度潜ったのだった。
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