悪女と名高い聖女には従者の生首が良く似合う

千秋颯

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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

118-2.妙な気分

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「こんにちは。今日は少しのんびりなのね」
「昨夜戻るが少し遅かったので」

 リオは大きく伸びをするエリアスを視界の端に捉えながら、グレースの世間話に応じる。
 その返答にそういえばそうだったと昨晩のことを思い返しながら、グレースは空いている食事処のスペースを見やった。

「簡単なもので良ければ昼食を用意するわよ」
「開店前にわざわざ作ることないわ」
「外で食べますから、お気持ちだけで結構ですよ」

 悪意がなくとも刺々しくなってしまう主人の言葉によって相手の心証を悪くしないようにとリオがすかさず言葉を加える。
 クリスティーナの言葉の真意を彼が伝えてやれば、グレースは穏やかに微笑んだ。
 どうやら気を悪くしたわけではないらしい。

「そう。なら……。ああ、そうだ。あの子に持たせた分があるんだった」

 少し待っているようにと告げるとグレースは一度キッチンへと姿を消す。
 だが程なくして何かを手に持って三人の元へと戻ってくる。
 そして彼女はそれをクリスティーナ達へと差し出した。

「サンドイッチよ。余ったおかずを適当にパンへ挟んだだけだから、良かったら気にせず持って行っちゃって」
「……ありがたく頂くわ」

 既に作られたものを断ることも憚られ、クリスティーナはグレースの好意をありがたく受け取る。
 それを預けられたリオが昼食を自身の荷物に加える姿を視界に収めながら、グレースは苦笑した。

「あの子……ニコラのことね。毎日お昼休憩になると決まって外に出て行っちゃうのよ。うちで食べてもいいのよって言ってるのだけれど」

 リオが三人分のサンドイッチを魔導具である革袋へ詰め終える。
 それを見届けてから、グレースも仕事を再開すべく傍に置いていた掃除道具に手を掛けた。

「毎日外食なんてしてたら折角あげてる小遣いも勿体ないでしょう? その余りだから、本当に気にしなくていいのよ」

 会話を切り上げて出発しようとする一行は再度礼を述べてから扉へと向かう。
 グレースは箒で床を掃きながら、そんな三人の背中を見送った。

「いってらっしゃい」

 その言葉にふとクリスティーナは足を止める。

 何気ない言葉。だがよくよく思い返してみれば、あまり自分に掛けられた記憶のない言葉だ。
 公爵令嬢として過ごしてきた日々も、護衛を引き連れて旅をする日々も、どちらも似たように見送られる言葉を掛けられたことはあった。

 だがその殆どは「いってらっしゃいませ」というどこかよそよそしく、堅苦しい物言い。
 それはクリスティーナの立場を考えれば当たり前のことだ。
 だからこそ、自身へ向けられた気取らない見送りの言葉と穏やかな微笑みはどこか物珍しさを彼女へ感じさせた。

「……いってきます」

 ぎこちなく言葉を返す。
 しかしすぐにむず痒い心地がしたクリスティーナは速足で店の外へと出る。
 傍に控えていたリオは主人の言動を意外と感じたのか瞬きを数度繰り返した。
 そしてさっさと離れていこうとする小さな背中を見て静かに微笑みを浮かべる。

(……妙な気分だわ)

 従者の優しい眼差しにも、自身の心中を渦巻くむず痒さの正体にも気付くことなく、クリスティーナは当てもなく街へと繰り出した。



 速足で歩いていたクリスティーナと、それに追いついた護衛二人はまだ訪れていない魔導具店を探して視線を彷徨わせる。
 しかしそこでふとエリアスが声を漏らした。

「あ」

 その声の理由を聞くまでもなく、遅れてクリスティーナとリオも何かに気付く。
 彼女達の進行方向に並ぶ店の一つ、その中へ入っていく青年の姿を三人は注視した。

 それは先程クリスティーナ達より先に店を後にしたオリヴィエだ。
 オリヴィエが離れてからさほど時間を要さず三人も店を出た事、そしてクリスティーナが速足で歩いていた事などから、どうやら先に出ていたはずの彼へ追いついてしまったようであった。

「本当によく会いますね」
「まあ、同じ様な時間に出てるしなぁ」

 本屋であることを記した看板の下を潜り、扉を開ける姿を見送りながら、三人は顔を見合わせた。
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