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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

130-2.赴くままに

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 魔族との接触の可能性を危惧したエリアスの発言。それに対しリオは首を横に振る。

「いえ、つい先日オークションで見た懐中時計もですね」
「あ、そっか」
「魔族が潜伏し、何か企てた痕跡が懐中時計に残っていたと考えられなくもないですが……。実際にお会いした魔族の性格を鑑みるに、お嬢様を見つければすぐに始末しに掛かるようにも思えます」
「ってことは魔族が近くにいなくても何かしらの条件に当てはまった危険が可視化されてるって感じか……?」
「俺はその可能性の方が高いと踏んでいますね」

 リオとエリアスの議論に耳を傾けながらも、クリスティーナは顔を顰める。
 『闇』の正体が何であれ、それ警戒すべき現象であることはほぼ確定事項である。
 それは即ち、現在のシャルロットが危険に晒される可能性を示しているのだ。

「不可解な点は他にもあるわ。以前は完全に祓うことのできた『闇』を今回は消しきれなかったことよ」
「先の戦闘時との違いは何かも気掛かりですね。シャルロット様が纏うものがお嬢様の力で解決できるものであればよいのですが、そうでなかった場合はこちらも手詰まりになってしまいます。その場合、シャルロット様をお助けするのは骨が折れるかもしれませんね」
「ええ。……え?」

 物思いに耽っていたクリスティーナはリオの補足に一度は頷いたものの、すぐに彼へと視線を移して聞き返す。

 クリスティーナが二人に伝えたのは自分が実際に目にした事実と『闇』に関する不可解な点のみだ。今後の自身の意向については一切発言をしていない。
 にも拘らずシャルロットを救う手掛かりを探すことを前提にリオは話を進めていたのだ。

 そんなクリスティーナの驚きも悟っているのだろう。リオは肩を竦めてあきれたように苦笑した。

「力になって差し上げたいのでしょう? いちいち言われずとも流石にわかりますよ。貴女はそういう方じゃないですか」
「リオ……」
「実際問題、俺達が介入することで良い方向に転ぶ保証はありません。けど試すことは悪いことじゃない。そうでしょう?」

 クリスティーナの望みを汲み、それを促す優しい言葉。
 それに何度か瞬きを返してから、クリスティーナは小さく微笑んだ。

「……ええ。そういえば、先に好きに動けば良いと言ったのは貴方達だったわね」

 クリスティーナは普段の調子を取り戻したように不敵さを滲ませ、笑みを深める。

「今回も好きに動かさせて貰うことにするわ」

 護衛二人の短い返事が彼女のその言葉に答えたのだった。


***


 夜も更けた頃合い。夜通しジョッキを煽る酒飲みたちの声が遠くから聞こえる路地裏をオリヴィエは速足で進んで行く。
 その顔に浮かぶのは焦りと苛立ちの混ざった、余裕のなさ。

 そんな彼の進行方向。物陰に潜んでいた人影が複数、彼の移動を妨げるように立ち塞がった。
 黒いローブに身を包み、顔を隠した面々。

「――オリヴィエ・ヴィレットだな」

 そのうちの一人が口を開いた。
 だがオリヴィエはそれに答えることなく、眉間に皺を刻んだ。

 そして彼は腹立たし気に深く息を吐くと乱暴に前髪を掻き上げた。

「生憎、今は虫の居所が悪い。僕の前からとっとと失せろ」

 黒ローブの集団が呪文を唱えようと口を開いた瞬間、彼は地面を蹴る。
 宵闇に包まれた街の中、人知れず抗争が繰り広げられることとなった。



 静けさを取り戻した路地裏に小さな舌打ちが響く。

 地面に這いつくばったまま動かない黒ローブの人物らの真ん中でオリヴィエは自身の眼鏡を押し上げた。
 その奥に光る黄緑の瞳は意識を失った襲撃者らを冷ややかに見下ろしていた。
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