召喚探偵の推理回想録

玻璃斗

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緋色の宿命

2-6 リミットは三分

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「だーかーら! 俺は何もやっちゃいねぇ!」

向こう側の部屋にいる顔に三日月型の傷がある男は声を荒げ机を力強く叩いた。

鋭い目つきにドスの利いた声。
普通の人であれば何も言えなくなってしまう威圧感を発する男。
だが男の目の前にいる警官も伊達に警察をやっているわけではないのだろう。

警官は怯むことなく男に尋問を続ける。

「嘘をつくな! お前が一昨日の犯行時間帯、宝石店から出てきたのを見たという証言があるんだぞ!」

「知らねぇよ! 暗がりだったしどっかの酔っぱらが見間違えただけじゃねーの!」

「いいや! 証人はお前と一致する容姿を証言したんだ! 間違いなんてない! それよりはどうして犯行時間帯が夜だと知っているんだ! 墓穴を掘ったな! お前が犯人だから知っていたんじゃないのか!」

「そりゃあ昼間っから強盗に入る馬鹿はいねぇと思ったからだよ! それぐらいわかれよ! この税金泥棒!」

怒鳴り合う警官と三日月型の傷がある男。
どうやらこの三日月型の傷がある男は一昨日の晩に起こった宝石店の事件に関係があるらしい。

しかし取り調べの会話からはこれ以上詳しいことはわからなかった。

ただこれだけは明白。こいつは黒。真っ黒。
『俺は何もやっちゃいねぇ!』も『知らねぇよ!』も。
男の発する言葉のほとんどに耳につく声が重なっている。

つまりこの男は嘘をつきまくっているのだ。

しかし本当に便利だなこの魔法。

この三日月型の傷の男のように自信満々に主張していると嘘かどうかわからなくなってくるけど、この魔法を使えばいくら無表情を作っても身体の動作に注意を払っても嘘かどうか声を聞けばわかる。

だけど難点もある。

嘘をついた時に聞こえてくる金切り声が頭に直接響いて偏頭痛に似た痛みを感じるのだ。
だから終始嘘をついているこの男の声を聞き続けるのは結構きつい。

やべぇ。段々気持ち悪くなってきた……

頭の痛みに視界がくらみ足元がふらつく。

「……おい!」
突然肩を掴まれた。

「大丈夫か? 顔色悪いぞ?」
心配げに声をかけていたのは隣に立っていたレスレード警部だった。

「気分が悪いなら……何だ? その顔は」

キョトンとする俺に訝しげな視線を向けるレスレード警部。
我に返った俺は慌てて首を左右に振った。

「いや、大丈夫。ちょっと目眩がしただけ」
「そうか。立っているのがきついのなら椅子に座るか?」

レスレード警部は俺の目の前に椅子を差し出し、もう片方の手にはどこから取り出したのかふわふわのタオルケット。

「気分が悪いな身体を冷やさないほうがいい。毛布はいるか?」
「大丈夫……ありがとう」

戸惑いながら俺はレスレード警部に軽く頭を下げる。

……意外だ。
最初優しくしてくれるのは俺を利用するためかと思ったが、レスレード警部の俺を心配する声に全く嘘がないのだ。

イレーネとのいがみ合いや初対面の俺にいきなりブチ切れたりしたので怖い奴だと思ったけど、よくよく考えると俺の話もきちんと聞いてくれたりしたしわりといい奴なのかもしれない。

頬を掻きながら俺は出された椅子に座ると隣の部屋から耳につく大きな声が響いた。

「いい加減にしろ! お前が犯人なのはわかりきっているんだ! とっとと吐いたらどうだ!?」
「吐くも何も、俺は強盗も殺人もやっちゃいねぇ!」

……ん?
俺は三日月型の傷の男が放った言葉に引っかかりを感じた。

「どうした?」
「今の……」
「あれ?」

俺の顔を覗き込んだメアリーさんが眉を上げた。

「慎司君。目の色が戻ってるよ……」
「え!?」

俺は慌てて部屋の端の机に置いておいた鏡を手に取る。

鏡に写った俺の目は赤みが引き元の青色に戻っていた。
それに隣の部屋で男達が言い合いをしているというのにあの耳鳴りがいつの間にか聞こえなくなっている。

「なんで……」
「あら、もう魔法が切れたの。思ったより早いわね」

イレーネは俺から手鏡を取ると俺の顔をじろじろと見回した。
レスレード警部は声を上げた。

「どういうことだ!」
「言ってなかったかしら。彼の魔法は一日だいたい三分しか使えないの」
「三分!?」

俺は思わず素っ頓狂な声を出す。

「三分って、秒数なら百八十秒!? 一日たったの!?」
「そうよ。まぁ、少ないとは思うけど身体が受ける影響を考えると丁度いいんじゃないかしら」

確かにあの耳鳴りがずっと続くのはきつい。
だけど三分しか使えないって俺は某宇宙から来たヒーローかよ!

「けど今の三分で十分情報は得られたんじゃないかしら? ねぇ」

イレーネに同意を求められた俺は狼狽えながらも首を縦に振った。

「ああ、あいつ嘘つきまくってる。でも気になることが……」
「何だ?」

レスレード警部に詰め寄られた俺はたじろきながらも一息つくと静かに告げた。

「あいつ犯人じゃねぇよ」
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