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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-1 遠い伝言(4)
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「お着替えですね。さぁさ、こちらへ」
彼女の明るい声に、セシルは思わず頷いた。
一瞬、スカートからスカートへの嬉しくない着替えだということを失念してしまった。
一息吐く間もくれず、メイドのフィリナは少年の手をとって鏡の前へ連れ立った。
「今日はマクミランさんが新作を持ってきて下すったのですよ。ほら、先週旦那様がお選びになった。さっそく旦那様にご覧に入れましょうよ」
そして、ベッドの上に寝かせていた少女用のデイドレスを両手いっぱいに持ってきた。
どうやらあらかじめ選んでいたらしい。
「えぇ。別にいいよ」
「きっとよくお似合いですのに」
「オレはその逆を証明したいの」
セシルが鏡に向かってくちびるを尖らせると、フィリナも控えめに真似をしてきた。
年上のキュートな表情へ言い返せぬうちに、セシルの視界の端、鏡の中で何かが動いた。
リアだ。彼女は映り込む二人の背後からひょっこり首を覗かせて、くちびるだけで「おかえり」を言った。
メイドは三人目の登場には気づいていない。
当たり前だ。リアはセシルにしか見えない鏡の乙女なのだから。
フィリナさんさえいなければリアをとっちめられるのに。セシルは眉をしかめた。
「雪も溶けてまいりましたし、今日はこの水色なんていかがです?」
「それは嫌」
「もう。セシル様の『嫌』を聞いていたら裸になってしまいます」
「いや、普通のでいいってこと」
「『普通』じゃわからないから、お尋ねしているんですけれど」
どうしてこうセシルの身の回りにはマイペースを貫く人間ばかりなのだろう。
ぼんやりそう思っている間に、メイドが体の正面へどんどんとドレスをあてがう。
どれがいいかな、などと独り言を言うフィリナと一緒になって、リアが瞳を輝かせている。
「あっ! かわいい! わたしもそれ着たい!」
声につられてセシルがメイドの手を物理的に止めると、フィリナは子供っぽくむくれた。
その手には、モスグリーンの上に小花がちりばめられた少し田舎風のワンピースがあった。
「地味じゃありません?」
不満げなフィリナに、セシルは肩を竦めてみせた。
「これがいいんだってさ」
「また、他人事みたいに仰るんですね」
「だって事実、オレの趣味じゃないし」
セシルは素直にうなじを露わにした。それを合図にフィリナがフックを一つずつ外してゆく。
少年にも人並みの羞恥心はあった。けれども小公女の装いには人手が必要なのだ。
なにせパーシィが買うものはどれも手の届かないところにボタンがある服ばかりだったから。
彼女の明るい声に、セシルは思わず頷いた。
一瞬、スカートからスカートへの嬉しくない着替えだということを失念してしまった。
一息吐く間もくれず、メイドのフィリナは少年の手をとって鏡の前へ連れ立った。
「今日はマクミランさんが新作を持ってきて下すったのですよ。ほら、先週旦那様がお選びになった。さっそく旦那様にご覧に入れましょうよ」
そして、ベッドの上に寝かせていた少女用のデイドレスを両手いっぱいに持ってきた。
どうやらあらかじめ選んでいたらしい。
「えぇ。別にいいよ」
「きっとよくお似合いですのに」
「オレはその逆を証明したいの」
セシルが鏡に向かってくちびるを尖らせると、フィリナも控えめに真似をしてきた。
年上のキュートな表情へ言い返せぬうちに、セシルの視界の端、鏡の中で何かが動いた。
リアだ。彼女は映り込む二人の背後からひょっこり首を覗かせて、くちびるだけで「おかえり」を言った。
メイドは三人目の登場には気づいていない。
当たり前だ。リアはセシルにしか見えない鏡の乙女なのだから。
フィリナさんさえいなければリアをとっちめられるのに。セシルは眉をしかめた。
「雪も溶けてまいりましたし、今日はこの水色なんていかがです?」
「それは嫌」
「もう。セシル様の『嫌』を聞いていたら裸になってしまいます」
「いや、普通のでいいってこと」
「『普通』じゃわからないから、お尋ねしているんですけれど」
どうしてこうセシルの身の回りにはマイペースを貫く人間ばかりなのだろう。
ぼんやりそう思っている間に、メイドが体の正面へどんどんとドレスをあてがう。
どれがいいかな、などと独り言を言うフィリナと一緒になって、リアが瞳を輝かせている。
「あっ! かわいい! わたしもそれ着たい!」
声につられてセシルがメイドの手を物理的に止めると、フィリナは子供っぽくむくれた。
その手には、モスグリーンの上に小花がちりばめられた少し田舎風のワンピースがあった。
「地味じゃありません?」
不満げなフィリナに、セシルは肩を竦めてみせた。
「これがいいんだってさ」
「また、他人事みたいに仰るんですね」
「だって事実、オレの趣味じゃないし」
セシルは素直にうなじを露わにした。それを合図にフィリナがフックを一つずつ外してゆく。
少年にも人並みの羞恥心はあった。けれども小公女の装いには人手が必要なのだ。
なにせパーシィが買うものはどれも手の届かないところにボタンがある服ばかりだったから。
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