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第一章 妖精と呼ばれし娘
三、カラスとの約束(1)
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ボーマン領エルレイのほとんどは丘と森だった。
幸いにも川は領地を駆け廻っていたが、畑仕事をするには絶対量が足りないため、ボーマン家の領地に住む者は、林業か酪農を営むほかなかった。
それと、ほんの一握りの人々が物資の流通に手を染めるだけだった。
一番小高い丘の上に構えられたボーマン家の城は、その最上階の塔へ登ると、城下町であるヒューゲルシュタットだけでなく、領地の全てを望むことが出来た。
しかし、鬱蒼と茂る黒い森の中まではそうもいかなかった。
貴族達に、この森に何がいるかと問うとうさぎや鳥と答えるだろう。
人が――ましてや十七歳の少女が独りで暮らしているなどと誰も思い付かないにちがいない。
人々の想像を超えた、薄暗くも木の葉の煌めきで照らされる森の奥。
一本の大樹の小さな扉に、ふわふわとした綿菓子のような純白の髪を持った少女が、小さな札を、とんかちとんかち打ち付けていた。
朝靄もまだ消えない、さわやかな夏の朝である。
札には蔓草のような文字で「おちゃあります。まほうのようによくききます」と書いてあった。
「ふぅ、これでわかるかなぁ」
作業を終えた少女が一息ついた。
「みんな木登りが上手だから、ここまでちゃんと登ってこられるよね」
「わしは登らずとも、すぐに来られるがの」
少女の頭上、大木の枝から急に声が聞こえたので、彼女はその声の主がどこにいるかと首を回した。
すると音もなく滑空して、一羽の白いカラスが小さな家の天辺に舞い降りた。
少女はその姿を認めるとにっこり笑い、彼女の膝下丈のスカートの両端を摘んで深々と礼をした。
桜色のチュニックに似合わない、格式ばった所作だった。
「おはよう、カラスさん。今日もいい天気だね」
「おはよう、リュリ。なにもかしこまった真似までせんでよいじゃろう」
リュリと呼ばれた少女はぷっくりとした唇を突き出し、かすみ草のようなソプラノの音色を濁らせた。
「もう。町の人はこうやってお辞儀をするって、教えてくれたのはカラスさんだよ。忘れないように、毎日やってるのにぃ」
リュリはまあいいか、と瞳を閉じて、耳を澄ました。
そして遠くに軽快な歌声を聞きひとりごちた。
「いるいる、みんな早起きだもんね」
白カラスは首をかしげながらその様子を見守っている。
リュリは自宅から見おろしてひときわ明るくなっている場所を指差し言った。
「それにね、あそこの広場の小鳥さんたちにこのご挨拶をすると、お花を貰えるようになったの、すごいでしょ!」
スカートいっぱいになるんだよ、と楽しそうに話すリュリを後目に、白カラスは羽根の具合を嘴で確かめていた。
それから首の具合を元に戻し、彼女に尋ねた。
「今日はどこまで行くのじゃ? 森は出ないじゃろうな?」
「ふふふ、大丈夫だよ。北の泉までしか行かないから」
リュリは堪らないといった風に、くすくすと笑いだした。
幸いにも川は領地を駆け廻っていたが、畑仕事をするには絶対量が足りないため、ボーマン家の領地に住む者は、林業か酪農を営むほかなかった。
それと、ほんの一握りの人々が物資の流通に手を染めるだけだった。
一番小高い丘の上に構えられたボーマン家の城は、その最上階の塔へ登ると、城下町であるヒューゲルシュタットだけでなく、領地の全てを望むことが出来た。
しかし、鬱蒼と茂る黒い森の中まではそうもいかなかった。
貴族達に、この森に何がいるかと問うとうさぎや鳥と答えるだろう。
人が――ましてや十七歳の少女が独りで暮らしているなどと誰も思い付かないにちがいない。
人々の想像を超えた、薄暗くも木の葉の煌めきで照らされる森の奥。
一本の大樹の小さな扉に、ふわふわとした綿菓子のような純白の髪を持った少女が、小さな札を、とんかちとんかち打ち付けていた。
朝靄もまだ消えない、さわやかな夏の朝である。
札には蔓草のような文字で「おちゃあります。まほうのようによくききます」と書いてあった。
「ふぅ、これでわかるかなぁ」
作業を終えた少女が一息ついた。
「みんな木登りが上手だから、ここまでちゃんと登ってこられるよね」
「わしは登らずとも、すぐに来られるがの」
少女の頭上、大木の枝から急に声が聞こえたので、彼女はその声の主がどこにいるかと首を回した。
すると音もなく滑空して、一羽の白いカラスが小さな家の天辺に舞い降りた。
少女はその姿を認めるとにっこり笑い、彼女の膝下丈のスカートの両端を摘んで深々と礼をした。
桜色のチュニックに似合わない、格式ばった所作だった。
「おはよう、カラスさん。今日もいい天気だね」
「おはよう、リュリ。なにもかしこまった真似までせんでよいじゃろう」
リュリと呼ばれた少女はぷっくりとした唇を突き出し、かすみ草のようなソプラノの音色を濁らせた。
「もう。町の人はこうやってお辞儀をするって、教えてくれたのはカラスさんだよ。忘れないように、毎日やってるのにぃ」
リュリはまあいいか、と瞳を閉じて、耳を澄ました。
そして遠くに軽快な歌声を聞きひとりごちた。
「いるいる、みんな早起きだもんね」
白カラスは首をかしげながらその様子を見守っている。
リュリは自宅から見おろしてひときわ明るくなっている場所を指差し言った。
「それにね、あそこの広場の小鳥さんたちにこのご挨拶をすると、お花を貰えるようになったの、すごいでしょ!」
スカートいっぱいになるんだよ、と楽しそうに話すリュリを後目に、白カラスは羽根の具合を嘴で確かめていた。
それから首の具合を元に戻し、彼女に尋ねた。
「今日はどこまで行くのじゃ? 森は出ないじゃろうな?」
「ふふふ、大丈夫だよ。北の泉までしか行かないから」
リュリは堪らないといった風に、くすくすと笑いだした。
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