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一周目
砂の城が崩れる前に
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ただ笑っていたらいい。
それしかできないと思っていたことさえできないのなら、何ができるというのだろう。
「こちらが本日のお届け物になります」
ルチアはそう言って小さな青い箱を差し出した。
「ありがとう、ルチア」
「妃殿下は、今日もとても殿下に愛されていらっしゃいますね」
「――そうみたいね」
自分のことのように嬉しそうに笑うルチアに、エリアーヌは小さな笑みで答える。
これくらいなら、恥ずかしがっていると受け取ってもらえることをすでに学習していた。ルチアは悪意を感じさせることなく、表情を微笑まし気なものに変える。
早いもので、イザベルの身代わりとしてジェラルドに嫁いで一か月が経った。
ジェラルドは結婚式の翌日から一日も欠かすことなく、こうしてプレゼントを贈ってくれていた。
中身は王都で人気の焼き菓子や茶葉、ガラスペンにリボンといった王太子妃への贈り物としては比較的安価な品から、華やかなドレス、煌めく宝石のはめ込まれた髪飾りやイヤリング、ネックレスといったアクセサリーと様々だった。
元々、姉の下へまめに贈り物を届けていた人ではあったけれど、ドレスやアクセサリーをこんなに贈っては国庫を傾けることになりはしないのか。そうでなくともエリアーヌはお飾りの妃だ。身に着ける機会がないに等しい装飾品など贈っては、ジェラルドの立場を危うくしたりしないのか心配にもなる。
ルチアに期待のこもった目を向けられ、贈り物の包み紙を丁寧に開いた。
「わあ……! 綺麗なブローチ! それにやっぱり宝石はサファイアなんですね。殿下の瞳と同じ色です」
小さなガラスケースに収められていたのは、ルチアの言うように美しいサファイアのブローチだった。ドレスやアクセサリーはいつもそうだ。ジェラルドの瞳の色である、青を基調にした品で統一されている。そうして少しずつ、エリアーヌは青に、ジェラルドに染まって行く。
半月ほど前に一度、ジェラルドにそれとなく言ったことはあった。ジェラルドのしていることは単なる散財ではないのか、と。
ジェラルドは「僕を心配してくれてる?」と嬉しそうに笑い、「心配しなくても我が国はこの程度で財産の底が尽きるような国家じゃないよ」と続けた後はもう取り合ってくれなかった。
妃として少しでも役に立てているのなら、エリアーヌも気にしなかったのかもしれない。
せめて、ジェラルドの魔力を受け継ぐ王子を生めるのなら。けれどそれはエリアーヌがいちばんできないことだ。
この一か月の間、夫婦として同じベッドで眠る中で肌の重なりは何度かあった。だけど数日前に月のさわりが訪れたことで、ジェラルドが約束を守ってくれていることが判明した。
身籠りたかったわけではない。
せっかく授かっても生み育てられないことはエリアーヌがいちばんよく分かっている。けれど妃としていちばん重要な役目でありながら、わがままを理由に果たせないのは良くないことではないのか。
(だけど……もし、私がジェラルドの様の御子を宿せば)
一か月経っても姉の居場所に関する情報は入って来ない。心配いらない、と万が一他人の目に触れても問題のない文面が書かれた両親からの手紙が届くだけだ。
ジェラルドの〝王太子妃イザベル〟の寵愛振りを両親も聞き及んでいるのだろう。
王族に嫁いだ娘がイザベル本人ではなく、身代わりのエリアーヌだと未だ知られる気配もないことから、姉を探してすらいないに違いない。
「王太子妃殿下、お顔の色があまりよろしくないようですし、少し休まれてはいかがでしょうか」
「ええ、ありがとう」
疲れているのは、月のさわりを迎えている最中だからというのもあるのだろう。
出会って一か月程度のルチアの方が、実の家族以上にエリアーヌを心配してくれている。たとえそれが本当の意味でエリアーヌに向けられた優しさではないとしても。
ルチアに促されるまま、大きなソファーに横たわる。目を閉じれば、ルチアが手早く用意してくれたらしいシーツが身体にかけられた。
「どうぞごゆっくりお休み下さい」
穏やかで優しい場所にいるのに、時折息が苦しくなる。
ここはエリアーヌがいても良い場所ではないからだ。
本来はイザベルが全て手に入れているものだった。でも彼女は見向きもせず簡単に投げ捨てた。それをエリアーヌが代わりに拾って何がいけないのだろう。
暗闇の中でだけ偽りの姿ではなく本当の姿を曝してジェラルドに触れ、彼に触れられ、愛していると囁く。
それが答えなのだ。
エリアーヌがイザベルの代わりに手に入れる資格があるのなら、白日の下にエリアーヌの姿を曝け出せている。
それすらもできないということは、そういうことなのだ。
「――。大丈夫?」
ひんやりとした指先が頬に触れ、目を開ける。
エリアーヌの頬を撫でながら、心配そうに見つめるジェラルドの姿がそこにあった。
「ジェラルド、様……? ご公務中では」
身を起こそうとするエリアーヌをもう片方の手で制止し、椅子に腰を下ろしているジェラルドは小さな笑みを浮かべた。
「もうほとんど終わったし、君の具合があまり良くないと侍女に聞いた」
「そ、う、だったのですね……」
「悪い夢でも見ていた?」
「え?」
思ったより深く眠っていたのか、先程からエリアーヌの声がわずかに掠れている。こほん、と咳をするとジェラルドはルチアに水を用意させ、エリアーヌに口移しで飲ませた。
「ぁ……」
ほのかな果実の甘味が身体に染み込んで行く。
もっと欲しいのは果実水と口づけのどちらなのか、分からないまま仕草でねだれば再び唇が重なって果実水が注ぎ込まれた。
欲しい物を得た後で、はしたない要求をしたことに気づいて頬が熱を帯びる。
同時に、ジェラルドは〝イザベル〟と何の躊躇いもなく口づけがでるのだと思った。
彼はイザベルに惜しみない愛を注いでいるのだ。口づけをするくらい、当たり前ではないか。逆に、自身が暗闇の中で肌を重ねているのがエリアーヌだと気がついたら、もう触れてくれなくなるかもしれない。
(こんなこと……気がつきたく、なかった)
不相応なものを、得ても当然のように望んだせいだ。
沈む心が顔に出ているのか、心配そうに見つめられていることに気がついて無理やりに笑みを浮かべてみせる。
「ありがとう、ございます」
「いや。僕が来た時、何かにうなされているようだったから起こしてしまった。大丈夫かな」
「うなされて……」
「心当たりはある?」
「特には、ありません」
罪悪感がエリアーヌを苛んでいたのだろう。
聞かれては困ることはかろうじて口にしていなかったらしいことに安堵すると共に、正直に打ち明けることはできなかった。
優しくされることがこんなにも苦しいものだなんて、知らなかった。
それしかできないと思っていたことさえできないのなら、何ができるというのだろう。
「こちらが本日のお届け物になります」
ルチアはそう言って小さな青い箱を差し出した。
「ありがとう、ルチア」
「妃殿下は、今日もとても殿下に愛されていらっしゃいますね」
「――そうみたいね」
自分のことのように嬉しそうに笑うルチアに、エリアーヌは小さな笑みで答える。
これくらいなら、恥ずかしがっていると受け取ってもらえることをすでに学習していた。ルチアは悪意を感じさせることなく、表情を微笑まし気なものに変える。
早いもので、イザベルの身代わりとしてジェラルドに嫁いで一か月が経った。
ジェラルドは結婚式の翌日から一日も欠かすことなく、こうしてプレゼントを贈ってくれていた。
中身は王都で人気の焼き菓子や茶葉、ガラスペンにリボンといった王太子妃への贈り物としては比較的安価な品から、華やかなドレス、煌めく宝石のはめ込まれた髪飾りやイヤリング、ネックレスといったアクセサリーと様々だった。
元々、姉の下へまめに贈り物を届けていた人ではあったけれど、ドレスやアクセサリーをこんなに贈っては国庫を傾けることになりはしないのか。そうでなくともエリアーヌはお飾りの妃だ。身に着ける機会がないに等しい装飾品など贈っては、ジェラルドの立場を危うくしたりしないのか心配にもなる。
ルチアに期待のこもった目を向けられ、贈り物の包み紙を丁寧に開いた。
「わあ……! 綺麗なブローチ! それにやっぱり宝石はサファイアなんですね。殿下の瞳と同じ色です」
小さなガラスケースに収められていたのは、ルチアの言うように美しいサファイアのブローチだった。ドレスやアクセサリーはいつもそうだ。ジェラルドの瞳の色である、青を基調にした品で統一されている。そうして少しずつ、エリアーヌは青に、ジェラルドに染まって行く。
半月ほど前に一度、ジェラルドにそれとなく言ったことはあった。ジェラルドのしていることは単なる散財ではないのか、と。
ジェラルドは「僕を心配してくれてる?」と嬉しそうに笑い、「心配しなくても我が国はこの程度で財産の底が尽きるような国家じゃないよ」と続けた後はもう取り合ってくれなかった。
妃として少しでも役に立てているのなら、エリアーヌも気にしなかったのかもしれない。
せめて、ジェラルドの魔力を受け継ぐ王子を生めるのなら。けれどそれはエリアーヌがいちばんできないことだ。
この一か月の間、夫婦として同じベッドで眠る中で肌の重なりは何度かあった。だけど数日前に月のさわりが訪れたことで、ジェラルドが約束を守ってくれていることが判明した。
身籠りたかったわけではない。
せっかく授かっても生み育てられないことはエリアーヌがいちばんよく分かっている。けれど妃としていちばん重要な役目でありながら、わがままを理由に果たせないのは良くないことではないのか。
(だけど……もし、私がジェラルドの様の御子を宿せば)
一か月経っても姉の居場所に関する情報は入って来ない。心配いらない、と万が一他人の目に触れても問題のない文面が書かれた両親からの手紙が届くだけだ。
ジェラルドの〝王太子妃イザベル〟の寵愛振りを両親も聞き及んでいるのだろう。
王族に嫁いだ娘がイザベル本人ではなく、身代わりのエリアーヌだと未だ知られる気配もないことから、姉を探してすらいないに違いない。
「王太子妃殿下、お顔の色があまりよろしくないようですし、少し休まれてはいかがでしょうか」
「ええ、ありがとう」
疲れているのは、月のさわりを迎えている最中だからというのもあるのだろう。
出会って一か月程度のルチアの方が、実の家族以上にエリアーヌを心配してくれている。たとえそれが本当の意味でエリアーヌに向けられた優しさではないとしても。
ルチアに促されるまま、大きなソファーに横たわる。目を閉じれば、ルチアが手早く用意してくれたらしいシーツが身体にかけられた。
「どうぞごゆっくりお休み下さい」
穏やかで優しい場所にいるのに、時折息が苦しくなる。
ここはエリアーヌがいても良い場所ではないからだ。
本来はイザベルが全て手に入れているものだった。でも彼女は見向きもせず簡単に投げ捨てた。それをエリアーヌが代わりに拾って何がいけないのだろう。
暗闇の中でだけ偽りの姿ではなく本当の姿を曝してジェラルドに触れ、彼に触れられ、愛していると囁く。
それが答えなのだ。
エリアーヌがイザベルの代わりに手に入れる資格があるのなら、白日の下にエリアーヌの姿を曝け出せている。
それすらもできないということは、そういうことなのだ。
「――。大丈夫?」
ひんやりとした指先が頬に触れ、目を開ける。
エリアーヌの頬を撫でながら、心配そうに見つめるジェラルドの姿がそこにあった。
「ジェラルド、様……? ご公務中では」
身を起こそうとするエリアーヌをもう片方の手で制止し、椅子に腰を下ろしているジェラルドは小さな笑みを浮かべた。
「もうほとんど終わったし、君の具合があまり良くないと侍女に聞いた」
「そ、う、だったのですね……」
「悪い夢でも見ていた?」
「え?」
思ったより深く眠っていたのか、先程からエリアーヌの声がわずかに掠れている。こほん、と咳をするとジェラルドはルチアに水を用意させ、エリアーヌに口移しで飲ませた。
「ぁ……」
ほのかな果実の甘味が身体に染み込んで行く。
もっと欲しいのは果実水と口づけのどちらなのか、分からないまま仕草でねだれば再び唇が重なって果実水が注ぎ込まれた。
欲しい物を得た後で、はしたない要求をしたことに気づいて頬が熱を帯びる。
同時に、ジェラルドは〝イザベル〟と何の躊躇いもなく口づけがでるのだと思った。
彼はイザベルに惜しみない愛を注いでいるのだ。口づけをするくらい、当たり前ではないか。逆に、自身が暗闇の中で肌を重ねているのがエリアーヌだと気がついたら、もう触れてくれなくなるかもしれない。
(こんなこと……気がつきたく、なかった)
不相応なものを、得ても当然のように望んだせいだ。
沈む心が顔に出ているのか、心配そうに見つめられていることに気がついて無理やりに笑みを浮かべてみせる。
「ありがとう、ございます」
「いや。僕が来た時、何かにうなされているようだったから起こしてしまった。大丈夫かな」
「うなされて……」
「心当たりはある?」
「特には、ありません」
罪悪感がエリアーヌを苛んでいたのだろう。
聞かれては困ることはかろうじて口にしていなかったらしいことに安堵すると共に、正直に打ち明けることはできなかった。
優しくされることがこんなにも苦しいものだなんて、知らなかった。
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