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真実
因果関係
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「まさかあのドレスが我が領地で仕立てられた品だったとは、殿下をはじめとする王族の方々になんとお詫びを申し上げれば良いか分かりません」
父はアレクシスを応接室に通すと深々と頭を下げた。
「公爵は関与してはいないのだから謝罪する必要はない。それに一つ気になることがある。今日はその話をしたくて訪ねさせてもらった」
「ご寛大なお言葉、感謝いたします。ではお話をお聞かせいただけますでしょうか」
「まずはこれを読んで欲しい」
「畏まりました」
ソファーに腰を下ろしたアレクシスはテーブル越しに父へ数枚の紙を手渡す。
読み進めるうちに父の眉間に深いしわが刻まれ、やがて顔を上げた。
何が書いてあるのだろう。内容を気にするセレスティアナの前にアレクシスが自分の手元にある紙を差し出した。
「ティアナは僕のを見ると良いよ」
「ありがとうございます」
セレスティアナは急いで目を通した。
(これ……)
父が表情を変えたのもそのせいに違いない。読み終えた証明も兼ねてアレクシスに紙を戻す。
「ティアナも確認が終わったようだし本題に入ろうか。最初に、ハイネルがティアナに伝えたようにウォルタスタン公爵領の外れにある店があのドレスを仕立てたことに間違いはない」
アレクシスが調べた話によると小さな、貴族ではなく一般階級の人々に向けて商売をしている店らしい。本来は夫婦で切り盛りしていたところ、ある日夫が倒れてからは妻が一人で細々とやっているのだという。
「僕の名を騙る何者かから封書が届いたというから実物を見たが、店の現状を知ったティアナが急ぎではないから自分のドレスを仕立てて欲しいと言ったから僕が贈る為に頼んだという話になっていた」
「わたくしが、ですか?」
自分の名前まで出て来ていたとは思わず、セレスティアナはアレクシスを見つめた。
「そう。妻は王太子妃となる領主の令嬢がこんな小さな店のことまで慮ってくれているとひどく感動したようでね、許可を出すまでは絶対に公言しない条件を呑んで二つ返事で引き受けた、と。その何者かは僕の名前だけでなく、ティアナの優しさまで利用したというわけだね」
「わたくしは、優しくはありませんわ」
セレスティアナは呟くように言い、膝の上で組んだ指へと視線を落とす。
いくら領地が広いとは言えその仕立て屋の現状はもちろん、存在すら知らなかったのだ。領地の住民全てを助けてあげることも無理だけれど、困っている人々に職を与えることはできる。でもセレスティアナはそれらの人々に対し、全くの無関心だった。
慰めるようにアレクシスの手が上から包み込む。そして上から指を繋いだ。
「依頼を受けてしばらくして前金と共に上質なシルクの生地やレース、金の刺繍糸が型紙と共に送られて来て妻はドレス作りに取りかかった。それが三か月くらい前の話だ」
水の精霊像にひびが入ったり、父が倒れる少し前になる。
父が表情を変えたのはそれが原因だろう。偶然か必然かは分からない。けれど事象が一致している以上、無関係だと流すわけにもいかなかった。
「あの〝偽聖女〟は具現する色こそ弱いものの地属性だと先日の祝典で割れている。地の精霊を司るノーマンゼウル公爵家が治める領地でも加護が乱れたということは、教会が偽聖女を担ぎ出したのがその頃だという可能性も高い」
「僭越ながら私もその可能性に思い至っておりました」
作ってはならないドレスを作ったウォルタスタン公爵領。
偽ってはならない聖女を偽った――もっとも、ミーナが地属性だったというだけで公爵領に直接の関係はないかもしれない――ノーマンゼウル公爵領。
二つの公爵領が立て続けに精霊の加護を失う危機に瀕したのは、それらの不実な行いが精霊の怒りを買ったからではないのか。
「精霊王は心が狭いからね。ましてや愛する末娘の尊厳を傷つけられたとなれば、怒るのも無理はない」
アレクシスは呆れたように息を吐き父を見やった。
「もちろん、僕からの書簡として使われた印璽と蜜蝋が偽造された物であることも確認はしてある」
つまり開封された後も、マーガレットの部分は青金だったということだ。
「あの仕組みは僕もかなり気に入っていて、僕以外の誰にも再現はできないからね。みすみすと印璽を偽造された僕にも非があるうえで、仕立て屋の処罰は公爵に一任しようと思っている」
「しかし、情に訴えてドレスの偽造元であると明かしにくくし、厳しい処罰を課すことを防ぐ為だけにあの仕立て屋が選ばれたのでしょう」
「おそらくはね」
「では見逃すしかありますまい」
もしかしたら次もあるかもしれない。
そう分かっていても、父は自領地の民を疑いきることはできずにいる。そこも加味したうえで、都合良く存在する〝ウォルタスタン公爵領の経営に困っている小さな仕立て屋〟が選ばれたに違いなかった。
「近々、私自身が領地へ赴いて処罰を伝えようと思います」
「そうしてもらえれば僕も助かるよ」
アレクシスはぬるくなった紅茶を一口飲んだ。
用件が終わってもう王城へ戻ってしまうだろうか。ミーナが聖女ではないと知られはじめていたり、未だ王笏の行方も判明しておらず、かなり忙しくしているのは分かる。あまり引き留めてはいけない。
「ティアナは何かあった?」
「週末に、お茶会にご招待されたくらいです。その……ミーナ様と親しくされていたご令嬢が、謝罪をしたいと」
「僕も同席しようか?」
アレクシスの申し出はとても嬉しかったけれど、さすがに甘えすぎだとかぶりを振る。
「そこまではしていただかなくても大丈夫です。友人もいますから」
「気をつけて行って来るんだよ」
「はい」
アレクシスを見上げてはにかむと、父が大きな咳払いをした。
父はアレクシスを応接室に通すと深々と頭を下げた。
「公爵は関与してはいないのだから謝罪する必要はない。それに一つ気になることがある。今日はその話をしたくて訪ねさせてもらった」
「ご寛大なお言葉、感謝いたします。ではお話をお聞かせいただけますでしょうか」
「まずはこれを読んで欲しい」
「畏まりました」
ソファーに腰を下ろしたアレクシスはテーブル越しに父へ数枚の紙を手渡す。
読み進めるうちに父の眉間に深いしわが刻まれ、やがて顔を上げた。
何が書いてあるのだろう。内容を気にするセレスティアナの前にアレクシスが自分の手元にある紙を差し出した。
「ティアナは僕のを見ると良いよ」
「ありがとうございます」
セレスティアナは急いで目を通した。
(これ……)
父が表情を変えたのもそのせいに違いない。読み終えた証明も兼ねてアレクシスに紙を戻す。
「ティアナも確認が終わったようだし本題に入ろうか。最初に、ハイネルがティアナに伝えたようにウォルタスタン公爵領の外れにある店があのドレスを仕立てたことに間違いはない」
アレクシスが調べた話によると小さな、貴族ではなく一般階級の人々に向けて商売をしている店らしい。本来は夫婦で切り盛りしていたところ、ある日夫が倒れてからは妻が一人で細々とやっているのだという。
「僕の名を騙る何者かから封書が届いたというから実物を見たが、店の現状を知ったティアナが急ぎではないから自分のドレスを仕立てて欲しいと言ったから僕が贈る為に頼んだという話になっていた」
「わたくしが、ですか?」
自分の名前まで出て来ていたとは思わず、セレスティアナはアレクシスを見つめた。
「そう。妻は王太子妃となる領主の令嬢がこんな小さな店のことまで慮ってくれているとひどく感動したようでね、許可を出すまでは絶対に公言しない条件を呑んで二つ返事で引き受けた、と。その何者かは僕の名前だけでなく、ティアナの優しさまで利用したというわけだね」
「わたくしは、優しくはありませんわ」
セレスティアナは呟くように言い、膝の上で組んだ指へと視線を落とす。
いくら領地が広いとは言えその仕立て屋の現状はもちろん、存在すら知らなかったのだ。領地の住民全てを助けてあげることも無理だけれど、困っている人々に職を与えることはできる。でもセレスティアナはそれらの人々に対し、全くの無関心だった。
慰めるようにアレクシスの手が上から包み込む。そして上から指を繋いだ。
「依頼を受けてしばらくして前金と共に上質なシルクの生地やレース、金の刺繍糸が型紙と共に送られて来て妻はドレス作りに取りかかった。それが三か月くらい前の話だ」
水の精霊像にひびが入ったり、父が倒れる少し前になる。
父が表情を変えたのはそれが原因だろう。偶然か必然かは分からない。けれど事象が一致している以上、無関係だと流すわけにもいかなかった。
「あの〝偽聖女〟は具現する色こそ弱いものの地属性だと先日の祝典で割れている。地の精霊を司るノーマンゼウル公爵家が治める領地でも加護が乱れたということは、教会が偽聖女を担ぎ出したのがその頃だという可能性も高い」
「僭越ながら私もその可能性に思い至っておりました」
作ってはならないドレスを作ったウォルタスタン公爵領。
偽ってはならない聖女を偽った――もっとも、ミーナが地属性だったというだけで公爵領に直接の関係はないかもしれない――ノーマンゼウル公爵領。
二つの公爵領が立て続けに精霊の加護を失う危機に瀕したのは、それらの不実な行いが精霊の怒りを買ったからではないのか。
「精霊王は心が狭いからね。ましてや愛する末娘の尊厳を傷つけられたとなれば、怒るのも無理はない」
アレクシスは呆れたように息を吐き父を見やった。
「もちろん、僕からの書簡として使われた印璽と蜜蝋が偽造された物であることも確認はしてある」
つまり開封された後も、マーガレットの部分は青金だったということだ。
「あの仕組みは僕もかなり気に入っていて、僕以外の誰にも再現はできないからね。みすみすと印璽を偽造された僕にも非があるうえで、仕立て屋の処罰は公爵に一任しようと思っている」
「しかし、情に訴えてドレスの偽造元であると明かしにくくし、厳しい処罰を課すことを防ぐ為だけにあの仕立て屋が選ばれたのでしょう」
「おそらくはね」
「では見逃すしかありますまい」
もしかしたら次もあるかもしれない。
そう分かっていても、父は自領地の民を疑いきることはできずにいる。そこも加味したうえで、都合良く存在する〝ウォルタスタン公爵領の経営に困っている小さな仕立て屋〟が選ばれたに違いなかった。
「近々、私自身が領地へ赴いて処罰を伝えようと思います」
「そうしてもらえれば僕も助かるよ」
アレクシスはぬるくなった紅茶を一口飲んだ。
用件が終わってもう王城へ戻ってしまうだろうか。ミーナが聖女ではないと知られはじめていたり、未だ王笏の行方も判明しておらず、かなり忙しくしているのは分かる。あまり引き留めてはいけない。
「ティアナは何かあった?」
「週末に、お茶会にご招待されたくらいです。その……ミーナ様と親しくされていたご令嬢が、謝罪をしたいと」
「僕も同席しようか?」
アレクシスの申し出はとても嬉しかったけれど、さすがに甘えすぎだとかぶりを振る。
「そこまではしていただかなくても大丈夫です。友人もいますから」
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