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第五章
33. 「人を好きになってはいけない」
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両親の、ある意味とても純粋で幼い恋がもたらした顛末を聞いた時から、クロード・グランハイムは誰に強いられたわけでもなく、ただ考えていた。
自分は誰かを好きになってはいけないのだと。
公爵家の三男であるクロードは、家を継ぐこともまずなかった。
このまま結婚せずとも、二人の兄たち同様に愛情を注いでくれている両親は悲しむだろうが無理を強いることもきっとない。
――だけど。
人を好きになってはいけない。
そう分かっていたのに。
一人の少女を好きになってしまった。
□■□■□■
「ああ、ごめんねロゼ、騒がしかったかい?」
少し前にふとしたことから意気投合し、親しくなったレオニール・カルヴァネスの家へと初めて遊びに行った時のことだ。
彼が、ドアの影に入る小さな人影に向かって声をかけた。
三歳年下の妹がいるとは聞いている。だからその妹なのだろうとクロードも特に何を思うこともなかった。――なかった、はずだった。
「お兄様のお友達?」
レオニールに促され、少女がおずおずと近寄って来る。正確な名はロゼリエッタだと一度だけ聞いた覚えがあった。名前を聞いたのはその一度限りではあったが、可愛い妹だという自慢話はよく聞いている。けれど、それは仲の良い兄妹であれば珍しくもない話だ。
別にひねくれて容姿を貶める理由もない。確かに自慢したくなるほど可愛らしい少女だと思う。
綿毛のようにふわふわとした柔らかそうな長い髪。瑞々しい若葉のような緑色の大きな目。積もりたての雪のように真っ白く透き通った肌。華奢な身体は、指先で触れただけでも壊れてしまうのではないかと思った。
そういえば病気がちだと聞いている。全体的に小さく見えるのは、だからなのだろうか。
今は初対面のクロードを警戒してわずかに表情を硬くしてはいるけれど、きっと大人になったら誰もが振り返る魅力的な女性になるだろう。打算や下心も何もなく自然に、目の前の少女が美しく成長した姿が脳裏に浮かんだ。
ぎこちない挨拶をした後、これでもう見知らぬ相手ではないと安心したのか。わずかに表情を和らげたロゼリエッタに、一緒に遊ぼうと声をかけた。
緑色の目がレオニールとクロードの間を何度も行き交う。気持ちも揺れているのが伝わって来た。あと少し押せば迷いもなくなるかもしれない。そう考え、さらに言葉を重ねる。
レオニールの援護もあってロゼリエッタが遠慮がちに隣に座ると、クロードは人知れず安堵の息を吐いていた。
「ロゼリエッタ嬢、このカードはね……」
手札の状況を教える度に小さな耳元に唇を寄せる。
さすがに短時間でルールも把握しきっていない彼女には何が何だか意味不明な話に違いない。
でもつまらないから聞きたくないと拒絶したりはしなかった。それが嬉しくて絵柄のモチーフや由来について、今はどうでもいいようなことさえ話したくなって来る。
家から持って来たカードゲームは、母マチルダと何度か遊んだことがあるものだ。
カードの一枚一枚を愛おしげに見つめ、彼女は言った。
『昔、大切な人と二人で遊んだの。クロードもいつか、そんな相手と一緒に遊べる日が来るといいわね』
それで、親しくなれそうなレオニールと遊ぼうと思い持って来た。
マチルダの"大切な人"が"恋人"だと気がついたのは、ずいぶんと後になってからのことだったけれど。
いつしかクロードはひどく落ち着かない気持ちになっていた。
気がついてしまったのだ。
クロードの世界が、当たり前のように色づいている。その中心にいるのは紛れもなく笑顔を浮かべたロゼリエッタだ。
仲の良い兄ではなく、クロードを応援してくれている。一緒に兄上を倒そうと持ちかけたから、行きがかり上そうしているだけなのかもしれない。それでも心の奥がひどく暖かくてくすぐったかった。
ずっとクロードの隣にいて欲しい。
そんな願いが初めて心の中に芽生えて来る。
同時に初めて知った。
恋をした父も母も、こんな想いを抱いていたのだと。
「やあ、いらっしゃいクロード。ロゼなら今は庭園にいるはずだよ」
それからはできる限りカルヴァネス家に足を運んだ。
クロードの魂胆を見抜いたのか、出迎えるレオニールはいつもにやにやとしている。それは面白くないことではあったけれど、ロゼリエッタの体調が良い時は理由をつけて呼んでくれていたし、彼女に会えばそんな気持ちは吹き飛んだ。
ただ、ロゼリエッタの体調が良くない時も少なくはなかった。もちろん無理を通して部屋に押しかけることもできず、会えない度に彼女を守りたい気持ちが強くなるばかりだ。
お守りだと言って小さな巾着袋を渡して来たその姿に、クロードは胸がいっぱいになった。
なんていじらしく、可愛いのだろう。
愛しくて上手く言葉が出て来ない。ありがとうとお礼をようやく絞り出しはした。だが、ひどくそっけなくてぶっきらぼうな態度に見えてしまったに違いない。
お返しに何をあげたら喜んでくれるだろうか。
高価なアクセサリーはロゼリエッタの性格を思えば、きっと受け取ってもらえない。ならば普段から気兼ねなく使ってくれるような、綺麗なリボンはどうだろうか。クロードは可愛いものが何か良く分からない。だが、ロゼリエッタに似合いそうなものを探すことは楽しかった。
初めて会った日に一緒に遊んだカードゲームも、ロゼリエッタが興味を持ってくれたから隣国から取り寄せたものを贈ったりもした。
自然と母の言葉を思い出す。
大切な人と、二人で。
一方で、自らが課した戒めも胸をよぎる。
人を好きになってはいけない。
だけど、彼女と二人、静かにひっそりと暮らして行くのも良いかもしれない。いや、そうして生きたいと願ってしまった。
隣国の王位継承権はグランハイム公爵によりとっくに放棄されている。
人を好きになってもいい。
本当に、いいのだろうか。
「ロゼ――突然の話で申し訳ないけど、僕との婚約を解消して欲しい」
ずっと二人で生きて行きたいと思った。
だが、やっぱりクロードは人を好きになってはいけなかったのだ。
せめてマーガスなり別の誰かなりが、正式に隣国の現国王から王位を譲渡されるまで待つべきだったのだろう。
王位継承権がクロードに行使されることもなく、そういう権利も過去にはあったのだと、ただの肩書きになるまでおとなしくしているべきだったのだ。
でも、いつになるとも知れない出来事を待てるような余裕などなかった。その間に彼女はきっとクロードではない誰かと婚約してしまう。年頃を迎え、どんどん綺麗な淑女になって行く彼女に、婚約はできないけれど待っていて欲しいなんて言えるはずもない。
その結果、さらにひどい仕打ちをした。
王位継承を巡る醜い権力争いに利用されるのはクロード本人ではなく、クロードがいちばん大切にする相手なのだと気がついていたら、こんなことにはならなかったのだろう。
悲しそうな表情を浮かべるロゼリエッタを優しく抱きしめ、泣かせてあげることもできない。それどころか傷つけるだけ傷つけて立ち去った。最低な行動だ。
だが本当は誰かに肯定して欲しかった。
「クロード、君は幸せになっていい。人を好きになってもいいんだ」
マーガスは気休めのつもりで言っただけなのかもしれない。
それでもクロードには彼の言葉がずっと耳に残っている。
彼女を幸せにできる人間が自分であればいいと、同じくらい願っていたのだ。
仕方ない。
初めて望んだのだ。
この手の中に何か一つだけ残すことが許されるのなら、ひっそりと可憐に花開く白詰草が良いと。
クロードではないシェイドに、ロゼリエッタは時折激しい感情を見せる。
今まで言いたいことを飲み込ませていたのか。申し訳なく思うと同時に知らなかった彼女の一面もまた、クロードの心を惹きつけた。
ここを出たら、ロゼリエッタはダヴィッドの手を取って幸せになる。
共に笑って、怒って、泣いて――全てを分かち合える相手が自分であれば、良かった。
「いか……な……で」
熱を出し、朦朧とする意識の中でもクロードの服を掴んだロゼリエッタの姿が脳裏を離れない。
クロードの声が届かなくても「もうどこにも行かないよ」と、手を握り返せたら良かった。
そうしたらきっと繋いだ手から、隠し続けていたクロードの気持ちが伝わっていた。
だけど。
「資格もないのに好きになって、ごめん」
いつも握り返せずにいた小さな手の代わりに自分の手を握り込む。
手の中には、何もなかった。
中庭に出れば、ロゼリエッタはすぐにここが王城内の一角だと気がついた。
そんなに顔を合わせていないマーガスもそう評していたように、彼女は愚かな少女でも、子供でもない。
本音を言えばずっと気がつかずにいて欲しかった。だが王城の一角である尖塔を見たら気がつくと予感はしていた。
元より、マーガスに無理を通してはじめた不安定な日々だ。長くは続けられず、遅かれ早かれ二人だけの歪な生活が終わることも承知していた。
守りたいのなら、レミリアに預けてしまったらいい。
そうしたらすぐに聴取の終わる侍女とも会わせてあげられた。
なのにそうしなかったのは、永遠に会えなくなってしまう前に誰にも邪魔されることなく二人だけでいたい。クロードがそう望んだからだ。
外とは隔絶された世界で、たった一人の大切な少女を守っているのだという偽りに塗れた幸せな日々を過ごすうち、この世界こそが現実なのだと錯覚してしまいそうになる。
だがタイミングを見計らっていたかのようにマーガスから手紙が届いた。
よほど急ぎの連絡があったことは察したものの、そこには吉報と凶報の二つが書き記されてあった。
まず吉報は王弟フランツの身柄が拘束されたということだ。隣国で起きたクーデターに関与していた証拠も掴んでおり、この国の協力者の名が割れるも時間の問題らしい。
事実ならそれは喜ばしいことだ。ひいき目を差し引いてもマーガスは良い国王になる。レミリアと共に国をさらに発展させ、豊かにして行くことだろう。
だが一方で、凶報はシェイドの血の気を失わせた。
やはり彼の元にもまた、王弟フランツ逮捕の報せがもたらされたようだ。
一週間以内にクロードが王弟派の人間だと名乗り出なければ、ロゼリエッタがマーガス暗殺の実行犯である証拠を提出してその罪をあかるみにする。
スタンレー公爵からそう申し出があったと書かれていた。
アレックス・スタンレー。
かつて、彼は母の婚約者だった。
自分は誰かを好きになってはいけないのだと。
公爵家の三男であるクロードは、家を継ぐこともまずなかった。
このまま結婚せずとも、二人の兄たち同様に愛情を注いでくれている両親は悲しむだろうが無理を強いることもきっとない。
――だけど。
人を好きになってはいけない。
そう分かっていたのに。
一人の少女を好きになってしまった。
□■□■□■
「ああ、ごめんねロゼ、騒がしかったかい?」
少し前にふとしたことから意気投合し、親しくなったレオニール・カルヴァネスの家へと初めて遊びに行った時のことだ。
彼が、ドアの影に入る小さな人影に向かって声をかけた。
三歳年下の妹がいるとは聞いている。だからその妹なのだろうとクロードも特に何を思うこともなかった。――なかった、はずだった。
「お兄様のお友達?」
レオニールに促され、少女がおずおずと近寄って来る。正確な名はロゼリエッタだと一度だけ聞いた覚えがあった。名前を聞いたのはその一度限りではあったが、可愛い妹だという自慢話はよく聞いている。けれど、それは仲の良い兄妹であれば珍しくもない話だ。
別にひねくれて容姿を貶める理由もない。確かに自慢したくなるほど可愛らしい少女だと思う。
綿毛のようにふわふわとした柔らかそうな長い髪。瑞々しい若葉のような緑色の大きな目。積もりたての雪のように真っ白く透き通った肌。華奢な身体は、指先で触れただけでも壊れてしまうのではないかと思った。
そういえば病気がちだと聞いている。全体的に小さく見えるのは、だからなのだろうか。
今は初対面のクロードを警戒してわずかに表情を硬くしてはいるけれど、きっと大人になったら誰もが振り返る魅力的な女性になるだろう。打算や下心も何もなく自然に、目の前の少女が美しく成長した姿が脳裏に浮かんだ。
ぎこちない挨拶をした後、これでもう見知らぬ相手ではないと安心したのか。わずかに表情を和らげたロゼリエッタに、一緒に遊ぼうと声をかけた。
緑色の目がレオニールとクロードの間を何度も行き交う。気持ちも揺れているのが伝わって来た。あと少し押せば迷いもなくなるかもしれない。そう考え、さらに言葉を重ねる。
レオニールの援護もあってロゼリエッタが遠慮がちに隣に座ると、クロードは人知れず安堵の息を吐いていた。
「ロゼリエッタ嬢、このカードはね……」
手札の状況を教える度に小さな耳元に唇を寄せる。
さすがに短時間でルールも把握しきっていない彼女には何が何だか意味不明な話に違いない。
でもつまらないから聞きたくないと拒絶したりはしなかった。それが嬉しくて絵柄のモチーフや由来について、今はどうでもいいようなことさえ話したくなって来る。
家から持って来たカードゲームは、母マチルダと何度か遊んだことがあるものだ。
カードの一枚一枚を愛おしげに見つめ、彼女は言った。
『昔、大切な人と二人で遊んだの。クロードもいつか、そんな相手と一緒に遊べる日が来るといいわね』
それで、親しくなれそうなレオニールと遊ぼうと思い持って来た。
マチルダの"大切な人"が"恋人"だと気がついたのは、ずいぶんと後になってからのことだったけれど。
いつしかクロードはひどく落ち着かない気持ちになっていた。
気がついてしまったのだ。
クロードの世界が、当たり前のように色づいている。その中心にいるのは紛れもなく笑顔を浮かべたロゼリエッタだ。
仲の良い兄ではなく、クロードを応援してくれている。一緒に兄上を倒そうと持ちかけたから、行きがかり上そうしているだけなのかもしれない。それでも心の奥がひどく暖かくてくすぐったかった。
ずっとクロードの隣にいて欲しい。
そんな願いが初めて心の中に芽生えて来る。
同時に初めて知った。
恋をした父も母も、こんな想いを抱いていたのだと。
「やあ、いらっしゃいクロード。ロゼなら今は庭園にいるはずだよ」
それからはできる限りカルヴァネス家に足を運んだ。
クロードの魂胆を見抜いたのか、出迎えるレオニールはいつもにやにやとしている。それは面白くないことではあったけれど、ロゼリエッタの体調が良い時は理由をつけて呼んでくれていたし、彼女に会えばそんな気持ちは吹き飛んだ。
ただ、ロゼリエッタの体調が良くない時も少なくはなかった。もちろん無理を通して部屋に押しかけることもできず、会えない度に彼女を守りたい気持ちが強くなるばかりだ。
お守りだと言って小さな巾着袋を渡して来たその姿に、クロードは胸がいっぱいになった。
なんていじらしく、可愛いのだろう。
愛しくて上手く言葉が出て来ない。ありがとうとお礼をようやく絞り出しはした。だが、ひどくそっけなくてぶっきらぼうな態度に見えてしまったに違いない。
お返しに何をあげたら喜んでくれるだろうか。
高価なアクセサリーはロゼリエッタの性格を思えば、きっと受け取ってもらえない。ならば普段から気兼ねなく使ってくれるような、綺麗なリボンはどうだろうか。クロードは可愛いものが何か良く分からない。だが、ロゼリエッタに似合いそうなものを探すことは楽しかった。
初めて会った日に一緒に遊んだカードゲームも、ロゼリエッタが興味を持ってくれたから隣国から取り寄せたものを贈ったりもした。
自然と母の言葉を思い出す。
大切な人と、二人で。
一方で、自らが課した戒めも胸をよぎる。
人を好きになってはいけない。
だけど、彼女と二人、静かにひっそりと暮らして行くのも良いかもしれない。いや、そうして生きたいと願ってしまった。
隣国の王位継承権はグランハイム公爵によりとっくに放棄されている。
人を好きになってもいい。
本当に、いいのだろうか。
「ロゼ――突然の話で申し訳ないけど、僕との婚約を解消して欲しい」
ずっと二人で生きて行きたいと思った。
だが、やっぱりクロードは人を好きになってはいけなかったのだ。
せめてマーガスなり別の誰かなりが、正式に隣国の現国王から王位を譲渡されるまで待つべきだったのだろう。
王位継承権がクロードに行使されることもなく、そういう権利も過去にはあったのだと、ただの肩書きになるまでおとなしくしているべきだったのだ。
でも、いつになるとも知れない出来事を待てるような余裕などなかった。その間に彼女はきっとクロードではない誰かと婚約してしまう。年頃を迎え、どんどん綺麗な淑女になって行く彼女に、婚約はできないけれど待っていて欲しいなんて言えるはずもない。
その結果、さらにひどい仕打ちをした。
王位継承を巡る醜い権力争いに利用されるのはクロード本人ではなく、クロードがいちばん大切にする相手なのだと気がついていたら、こんなことにはならなかったのだろう。
悲しそうな表情を浮かべるロゼリエッタを優しく抱きしめ、泣かせてあげることもできない。それどころか傷つけるだけ傷つけて立ち去った。最低な行動だ。
だが本当は誰かに肯定して欲しかった。
「クロード、君は幸せになっていい。人を好きになってもいいんだ」
マーガスは気休めのつもりで言っただけなのかもしれない。
それでもクロードには彼の言葉がずっと耳に残っている。
彼女を幸せにできる人間が自分であればいいと、同じくらい願っていたのだ。
仕方ない。
初めて望んだのだ。
この手の中に何か一つだけ残すことが許されるのなら、ひっそりと可憐に花開く白詰草が良いと。
クロードではないシェイドに、ロゼリエッタは時折激しい感情を見せる。
今まで言いたいことを飲み込ませていたのか。申し訳なく思うと同時に知らなかった彼女の一面もまた、クロードの心を惹きつけた。
ここを出たら、ロゼリエッタはダヴィッドの手を取って幸せになる。
共に笑って、怒って、泣いて――全てを分かち合える相手が自分であれば、良かった。
「いか……な……で」
熱を出し、朦朧とする意識の中でもクロードの服を掴んだロゼリエッタの姿が脳裏を離れない。
クロードの声が届かなくても「もうどこにも行かないよ」と、手を握り返せたら良かった。
そうしたらきっと繋いだ手から、隠し続けていたクロードの気持ちが伝わっていた。
だけど。
「資格もないのに好きになって、ごめん」
いつも握り返せずにいた小さな手の代わりに自分の手を握り込む。
手の中には、何もなかった。
中庭に出れば、ロゼリエッタはすぐにここが王城内の一角だと気がついた。
そんなに顔を合わせていないマーガスもそう評していたように、彼女は愚かな少女でも、子供でもない。
本音を言えばずっと気がつかずにいて欲しかった。だが王城の一角である尖塔を見たら気がつくと予感はしていた。
元より、マーガスに無理を通してはじめた不安定な日々だ。長くは続けられず、遅かれ早かれ二人だけの歪な生活が終わることも承知していた。
守りたいのなら、レミリアに預けてしまったらいい。
そうしたらすぐに聴取の終わる侍女とも会わせてあげられた。
なのにそうしなかったのは、永遠に会えなくなってしまう前に誰にも邪魔されることなく二人だけでいたい。クロードがそう望んだからだ。
外とは隔絶された世界で、たった一人の大切な少女を守っているのだという偽りに塗れた幸せな日々を過ごすうち、この世界こそが現実なのだと錯覚してしまいそうになる。
だがタイミングを見計らっていたかのようにマーガスから手紙が届いた。
よほど急ぎの連絡があったことは察したものの、そこには吉報と凶報の二つが書き記されてあった。
まず吉報は王弟フランツの身柄が拘束されたということだ。隣国で起きたクーデターに関与していた証拠も掴んでおり、この国の協力者の名が割れるも時間の問題らしい。
事実ならそれは喜ばしいことだ。ひいき目を差し引いてもマーガスは良い国王になる。レミリアと共に国をさらに発展させ、豊かにして行くことだろう。
だが一方で、凶報はシェイドの血の気を失わせた。
やはり彼の元にもまた、王弟フランツ逮捕の報せがもたらされたようだ。
一週間以内にクロードが王弟派の人間だと名乗り出なければ、ロゼリエッタがマーガス暗殺の実行犯である証拠を提出してその罪をあかるみにする。
スタンレー公爵からそう申し出があったと書かれていた。
アレックス・スタンレー。
かつて、彼は母の婚約者だった。
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