12人の“怒られる”男

3人目 島田たけし（芸人）

スタジオの照明が、汗ばむ額を白く焼く。 島田たけし、28歳。コンビ「スパークルボーイズ」のボケ担当。軽快なトークとチャラい笑顔で、若手芸人の中では「売れっ子」の部類だ。だが今、スタジオは凍てつく静寂に包まれている。
「いや、マジ、すみませんでした！ 俺、ちょっと暴走っちゃって！」 マイクを握る島田の声が、虚しく響く。客席は墓場のよう。誰かの気まずい咳と、後列の女子高生の「え、ダサ…」という囁きだけが聞こえる。相方のケンジが横で顔を覆い、マイク越しに小声で吐き捨てる。 「たけし、なんで台本ぶっ壊したんだよ！」
数分前、トークコーナーのテーマは「最近の失敗談」。台本では、島田が「コンビニで弁当温め忘れた」話を軽く振って、ケンジがツッコむ予定だった。だが、島田は我を忘れた。 「失敗っつったらさ、俺、昨日、局の偉いさんのスキャンダル知っちゃって！ ほら、例のアレ！ 名前出したら放送事故？ ハハ、ヤバいっしょ！」 客席がどよめき、スタジオの空気が一変。ディレクターの「カット！」が間に合わず、生放送の電波は島田の暴走を全国に流した。ネットでは「#スパークルボーイズ炎上」「#島田放送事故」がトレンド1位。投稿が雪崩のように押し寄せる。 「島田、頭悪すぎ」「放送倫理知らねえのか」「スパークルボーイズ解散しろ」
暗転したスタジオ。客席のブーイングと、スタッフの慌ただしい足音が響く。島田はマイクを下ろし、脂汗を拭う。 （やっちまった…俺の芸人人生、終わった…）
楽屋に戻ると、プロデューサーの山崎が待ち構えていた。50代半ば、業界の「視聴率の鬼」。その目は氷のように冷たい。 「島田、お前、何考えてんだ？ 放送事故だぞ！ スポンサーが降りるレベルだ！」 「す、すみませんでした！ あの、ウケるかなって…頭回らなくて…」 「ウケる？ 視聴率0.8%ダウンだ！ 局の信頼、お前のコンビ、全部ぶっ壊した！ お前のその軽いノリ、いい加減にしろ！」
ケンジが拳を握り、声を震わせる。 「たけし、俺、ずっと我慢してた。お前のアドリブ、いつも俺がフォローしてんだ。もう無理だ！ コンビ、終わりだ！」 島田の胸が締め付けられる。ケンジとは高校時代、漫才のネタをノートに書き殴り、M-1の舞台を夢見た仲間だ。なのに、今、相方の目は敵意に燃えている。
スマホにはSNSの通知が映る。ファンだったアカウントが「島田の軽率さにガッカリ」「もう応援しない」と呟く。島田の軽いノリは、いつも笑いを生んだ。中学時代、クラスのムードメーカーだった彼は、先生の説教すら「たけしのキャラ」で笑いに変えた。芸人になったのは、笑えば全部許されると信じていたから。
だが、今、笑いはない。冷たい視線と、炎上の刃だけが突き刺さる。 
（もっと頭がキレてたら…あの瞬間、機転効かせて笑いに変えられたのに…）
ふと、ネットで話題の天才ハッカーのショート動画が流れる。「GhostRay」。彼はシステムの穴を瞬時に見抜き、炎上すら計算ずくで切り抜ける。 「危機？ 頭さえあれば、どんなピンチもハックできるっすよ。俺、天才なんで」 その自信満々の笑みに、島田の胸がざわつく。 （あんな頭の回転…あんな天才的な機転…それがあれば、俺は炎上なんか恐れなかった…）
瞬間、モニターがチラつく。 バチッ―― 電流が走るような音が耳を打ち、視界が揺れる。楽屋の蛍光灯が消え、キーボードの打鍵音が響く。そこは、ハッカーのアジト。ピザの匂いと、モニターの青い光。佐々木レイが、イヤホンから漏れるビートに乗り、コードを叩く。画面には「エラー」の赤い文字。 （…あれ？ こいつも、なんかヤバい雰囲気…？） 島田の胸に、かすかな違和感が芽生える。

【次回予告】
次に怒られるのは、天才ハッカー・佐々木レイ。
コードの向こうに自由を見ていた彼も、ミス一つでクライアントの怒りを買う。
彼が羨むのはーー

【あとがき】
笑いは、時に爆弾だ。
島田はルールを破り、笑いを追った。だが、怒られ、気づいた。
「俺の笑い、誰かを傷つけてた。次は、頭使って笑わせる」。