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しおりを挟むユノの住まうこの家にはその職業柄か(本人が言うには趣味らしい)、ストックしてある飲み物は定番の紅茶やコーヒー以外に、多くの割合で薬茶がある。
リビングに移動したユノとターウェは話をするために、ターウェには紅茶を、ユノはその自作ブレンドした薬茶を準備した。
のぼる湯気に眼鏡が曇らないように気を付けながら、一口含むと、いれた生姜の香りが鼻を抜けて、蜂蜜を入れていることによって辛さはまろやかになっていた。
最近お気に入りの薬茶だ。
基本はホットジンジャーだが、そこに生姜と同じく免疫を高める薬草とこれも同じく代謝を促進す果実を加えて、通常のホットジンジャーよりフルーティな風味が特徴だ。
あまり入れすぎても生姜の風味や蜂蜜の甘さが損なわれるため、ほんのひとひらを加え、数分混ぜ蒸らすだけだ。
「__最近、魔物の活性化が多方面で見受けられます」
一息ついて落ち着いたところで、ターウェは切り出した。
一月前、ターウェの往診のため騎士団へ行った時だ。
そのような話をうっすらと耳にしていた。行き交う騎士のほとんどが、その話を口にしていたからだ。……まぁ、その態度はあまり騎士団に相応しいものではないのが大半であったが。
こんな見た目をしているユノは、人里に降りる際は必ず身丈をすっぽり覆う特注外套を身につける。
__だからこそ、情報収集には向くのだが。
ターウェを助けたあの一件で、ユノ自身も気になる点ができたためにターウェの往診を理由に、少しでも有益な情報を得ようと、情報先取可能な騎士団に赴いていた。
確かにターウェのいうことはユノも感じており、気になる点というのは、それも含まれていた。しかしこれは、ターウェには言っていないことだ。
まぁバレても問題はないが、だがやはり根掘り葉掘り聞かれるのは流石に厳しいところがある。
ユノは下手に肯定せず、続きを促すようにターウェを見る。
「そして国は調査隊を立ち上げ、同時に討伐を実行することを決定したのです」
「……随分、早急だな?」
「………………はい。本来であれば、調査隊はそのまま情報収集を主とするべきです。情報の少ない……いや、ほとんどないと言ってもいい現場での対応は、大きなリスクしかありません。当然予期せぬ戦闘が発生し、対策も取れぬまま……調査隊は全滅する可能性もあります」
顔を顰めたターウェが国の上層部へ不信感を募らせているようで、この事態の不安定さをより強く実感した。
「上層部は告知していない情報を掴んでいる、そして告知せぬまま処理させようとしている……か」
「はい……」
騎士団の副団長であるターウェに事態の軸とも言える情報を開示していないとなると、国の機密に密接なのか。はたまた、逆に全く情報を得られておらず対処の仕様がないということか。極端な予測ではあるが、まぁ……後者の可能性が高そうだなとユノは思考する。
前者であれば騎士団など目立つものを動かすことなく、秘密裏に処理をするはずだ。それでも騎士団が出てくるとあれば、陽動作戦の囮役だろう。とかく、この可能性は騎士団を動かすメリットが見当たらない。
そうなれば可能性が高いのは後者で、大々的に騎士団を導入することで周囲への国としての意思表明と、情報収集のための旗印にすることが目的ではないかと考えられる。
しかしターウェがこの推測に思い至っていないとは、ユノは考えられず、ターウェの言っているユノにあるお願いとは、また別種なのかと思考する。
既に騎士団からは正式な薬調合の依頼を受けている。
……欠損回復薬とか頼まれたら、流石に一度に大量生産ができないため、数週間ほど時間をいただく事になる。果たしてそれで間に合うのかどうか。
お互いに無言のままユノは深い思考へ、ターウェは本題を切り出すためのタイミングを測っていた。
無言を破ったのは、ターウェだった。
「__あ、あのっ! ユノさん!」
「ん? あぁ、わり聞き逃しちまったか?」
ダイニングテーブルに両肘をついて、組んだ手の上に口元を当てていたユノはターウェのその緊張した呼びかけに、もしや話しかけられていたのか、と焦りながらターウェを見た。時折思考の深みに行きすぎて、周囲の音が遮断されていることがあるユノは、その悪癖が出たのかと思ったが、ターウェの顔を見て、ただターウェが緊張しているだけだと察した。
「いえっ! あの…………無理を承知でお願い致します。我らが騎士団の専属薬師となって、此度の討伐遠征へご同行願えないでしょうか」
緊張の面持ちから一呼吸置けば、初期の往診で少しだけ見かけたことのある、騎士団副団長としてのターウェがそこにいた。
先程まで揺らいでいた感情も、気配も見る影などなく。
凪いだ水面のような空気をもつターウェ。
「専属、薬師……?」
目の前で初めて見た副団長の気迫に僅かに瞠目しながら、聞き慣れぬ単語を反芻するユノ。すかさずターウェが頷き、肯定した。
「はい。実はユノさんが私の治療のために往診に来てくださっていたあの一週間に、どうやら団長が私の薬をくすねていたようでして……その効果に大層驚き、是非ともご助力願いたいとのことです」
「いやおい、くすねてたって……揃いも揃って無謀かよ。あの薬はお前に合わせて調合したやつだぞ?」
「私も団長にそう言ったんですよ……ですが、もう使用したあとだったようで……」
「そうか__」
薬とは人によって効き方が違う。
ある人が飲めば、数十分後には徐々に効果が現れることもあれば、数時間後に強く効果が出る人もいて、中には全く効かない人もいる。効果の出方や効果時間も違ってくる。そして中には薬の材料に拒絶反応_アレルギー反応を起こす人もいる。
今回ターウェにユノが処方していたのは、怪我による発熱を抑える解熱剤、そして怪我の炎症を抑える塗り薬を2種類だ。どれもターウェの肌に馴染むように、体質に合うように細かく薬草や成分を変えている。基となる薬製法は一緒だが、処方する人の体質によって付属の効能を変えるのはユノのこだわりだ。
勿論、本人に聞き取りをした結果を反映している。
本人に合っている、ということは他人に合うとは限らない。
むしろ強いアレルギー反応を起こすことの方が多い。
薬師であり、医師でもあるユノ。
だからこそ。
だからこそ、
__その一言が。
ユノの中で、ターウェ並び騎士団の提案を受諾する決め手となった。
薬師として、その出来事は看過出来なかった。
したくなかった。
これはユノの薬師としてのプライドと、薬師になると決めたきっかけに抵触した。
ユノは自分では気付かぬ程の冷えた表情に、ターウェが気圧されていることにやはり気付かず、だが気分が昂っている自覚はあった。
落ち着くために薬茶を口にする。
いつの間にか薬茶は冷め、生姜と蜂蜜がストレートに口内へ広がった。
「あの、すみません。脱線しましたね……、どうでしょうかユノさん……?」
落ち着いてきたは良いが、残念ながらユノの機嫌降下はその無表情に滲み出ているようで。ターウェはそれを、提案に対するものだと勘違いしているのだと気付き、眉を寄せていた眉間を指で揉み解す。
ターウェはただ、無表情ながらもいつも穏やかな空気を纏うユノのその豹変ぶりに驚き、少し恐怖しているだけだった。ユノの勘違いもあながち間違いではないが、比重としてはこちらの方が重い。
ユノは空いている手でターウェに掌を見せながら、違うと訂正した。
「その団長さんに思うことがあっただけだ。……俺で役に立てるなら、嬉しいよ」
「……! ではっ!」
小さく、テーブルと椅子が接触し音を立てた。
ターウェが予想外の返答に驚き、歓喜した行動の結果だった。
辛うじて立ち上がることは抑えていたが、その表情は期待一色だった。
「あぁ。俺からもお願いしたい。是非、同行させて欲しい」
ターウェの目を見ながら力強く頷くと、喜色満面でターウェが勢いよく頭を下げた。
金の髪が舞った。
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