薬師はひそやかに

涙希

文字の大きさ
6 / 30

5

しおりを挟む

 ユノの住まうこの家にはその職業柄か(本人が言うには趣味らしい)、ストックしてある飲み物は定番の紅茶やコーヒー以外に、多くの割合で薬茶がある。

 リビングに移動したユノとターウェは話をするために、ターウェには紅茶を、ユノはその自作ブレンドした薬茶を準備した。
 のぼる湯気に眼鏡が曇らないように気を付けながら、一口含むと、いれた生姜の香りが鼻を抜けて、蜂蜜を入れていることによって辛さはまろやかになっていた。
 最近お気に入りの薬茶だ。
 基本はホットジンジャーだが、そこに生姜と同じく免疫を高める薬草とこれも同じく代謝を促進す果実を加えて、通常のホットジンジャーよりフルーティな風味が特徴だ。
 あまり入れすぎても生姜の風味や蜂蜜の甘さが損なわれるため、ほんのひとひらを加え、数分混ぜ蒸らすだけだ。

「__最近、魔物の活性化が多方面で見受けられます」

 一息ついて落ち着いたところで、ターウェは切り出した。

 一月前、ターウェの往診のため騎士団へ行った時だ。
 そのような話をうっすらと耳にしていた。行き交う騎士のほとんどが、その話を口にしていたからだ。……まぁ、その態度はあまり騎士団に相応しいものではないのが大半であったが。

 こんな見た目をしているユノは、人里に降りる際は必ず身丈をすっぽり覆う特注外套を身につける。

 __だからこそ、情報収集には向くのだが。

 ターウェを助けたあの一件で、ユノ自身も気になる点ができたためにターウェの往診を理由に、少しでも有益な情報を得ようと、情報先取可能な騎士団に赴いていた。
 確かにターウェのいうことはユノも感じており、気になる点というのは、それも含まれていた。しかしこれは、ターウェには言っていないことだ。
 まぁバレても問題はないが、だがやはり根掘り葉掘り聞かれるのは流石に厳しいところがある。

 ユノは下手に肯定せず、続きを促すようにターウェを見る。

「そして国は調査隊を立ち上げ、同時に討伐を実行することを決定したのです」
「……随分、早急だな?」
「………………はい。本来であれば、調査隊はそのまま情報収集を主とするべきです。情報の少ない……いや、ほとんどないと言ってもいい現場での対応は、大きなリスクしかありません。当然予期せぬ戦闘が発生し、対策も取れぬまま……調査隊は全滅する可能性もあります」

 顔を顰めたターウェが国の上層部へ不信感を募らせているようで、この事態の不安定さをより強く実感した。

「上層部は告知していない情報を掴んでいる、そして告知せぬまま処理させようとしている……か」
「はい……」

 騎士団の副団長であるターウェに事態の軸とも言える情報を開示していないとなると、国の機密に密接なのか。はたまた、逆に全く情報を得られておらず対処の仕様がないということか。極端な予測ではあるが、まぁ……後者の可能性が高そうだなとユノは思考する。
 前者であれば騎士団など目立つものを動かすことなく、秘密裏に処理をするはずだ。それでも騎士団が出てくるとあれば、陽動作戦の囮役だろう。とかく、この可能性は騎士団を動かすメリットが見当たらない。
 そうなれば可能性が高いのは後者で、大々的に騎士団を導入することで周囲への国としての意思表明と、情報収集のための旗印にすることが目的ではないかと考えられる。

 しかしターウェがこの推測に思い至っていないとは、ユノは考えられず、ターウェの言っているユノにあるお願いとは、また別種なのかと思考する。
 既に騎士団からは正式な薬調合の依頼を受けている。
 ……欠損回復薬とか頼まれたら、流石に一度に大量生産ができないため、数週間ほど時間をいただく事になる。果たしてそれで間に合うのかどうか。

 お互いに無言のままユノは深い思考へ、ターウェは本題を切り出すためのタイミングを測っていた。
 無言を破ったのは、ターウェだった。

「__あ、あのっ! ユノさん!」
「ん? あぁ、わり聞き逃しちまったか?」

 ダイニングテーブルに両肘をついて、組んだ手の上に口元を当てていたユノはターウェのその緊張した呼びかけに、もしや話しかけられていたのか、と焦りながらターウェを見た。時折思考の深みに行きすぎて、周囲の音が遮断されていることがあるユノは、その悪癖が出たのかと思ったが、ターウェの顔を見て、ただターウェが緊張しているだけだと察した。

「いえっ! あの…………無理を承知でお願い致します。我らが騎士団の専属薬師となって、此度の討伐遠征へご同行願えないでしょうか」

 緊張の面持ちから一呼吸置けば、初期の往診で少しだけ見かけたことのある、騎士団副団長としてのターウェがそこにいた。
 先程まで揺らいでいた感情も、気配も見る影などなく。
 凪いだ水面のような空気をもつターウェ。

「専属、薬師……?」

 目の前で初めて見た副団長の気迫に僅かに瞠目しながら、聞き慣れぬ単語を反芻するユノ。すかさずターウェが頷き、肯定した。

「はい。実はユノさんが私の治療のために往診に来てくださっていたあの一週間に、どうやら団長が私の薬をくすねていたようでして……その効果に大層驚き、是非ともご助力願いたいとのことです」
「いやおい、くすねてたって……揃いも揃って無謀かよ。あの薬はお前に合わせて調合したやつだぞ?」
「私も団長にそう言ったんですよ……ですが、もう使用したあとだったようで……」
「そうか__」

 薬とは人によって効き方が違う。
 ある人が飲めば、数十分後には徐々に効果が現れることもあれば、数時間後に強く効果が出る人もいて、中には全く効かない人もいる。効果の出方や効果時間も違ってくる。そして中には薬の材料に拒絶反応_アレルギー反応を起こす人もいる。
 今回ターウェにユノが処方していたのは、怪我による発熱を抑える解熱剤、そして怪我の炎症を抑える塗り薬を2種類だ。どれもターウェの肌に馴染むように、体質に合うように細かく薬草や成分を変えている。基となる薬製法は一緒だが、処方する人の体質によって付属の効能を変えるのはユノのこだわりだ。
 勿論、本人に聞き取りをした結果を反映している。

 本人に合っている、ということは他人に合うとは限らない。
 むしろ強いアレルギー反応を起こすことの方が多い。
 薬師であり、医師でもあるユノ。
 だからこそ。
 だからこそ、

 __その一言が。

 ユノの中で、ターウェ並び騎士団の提案を受諾する決め手となった。

 薬師として、その出来事は看過出来なかった。
 したくなかった。

 これはユノの薬師としてのプライドと、薬師になると決めたきっかけに抵触した。
 
 ユノは自分では気付かぬ程の冷えた表情に、ターウェが気圧されていることにやはり気付かず、だが気分が昂っている自覚はあった。
 落ち着くために薬茶を口にする。
 いつの間にか薬茶は冷め、生姜と蜂蜜がストレートに口内へ広がった。
 
「あの、すみません。脱線しましたね……、どうでしょうかユノさん……?」

 落ち着いてきたは良いが、残念ながらユノの機嫌降下はその無表情に滲み出ているようで。ターウェはそれを、提案に対するものだと勘違いしているのだと気付き、眉を寄せていた眉間を指で揉み解す。
 ターウェはただ、無表情ながらもいつも穏やかな空気を纏うユノのその豹変ぶりに驚き、少し恐怖しているだけだった。ユノの勘違いもあながち間違いではないが、比重としてはこちらの方が重い。

 ユノは空いている手でターウェに掌を見せながら、違うと訂正した。

「その団長さんに思うことがあっただけだ。……俺で役に立てるなら、嬉しいよ」
「……! ではっ!」

 小さく、テーブルと椅子が接触し音を立てた。
 ターウェが予想外の返答に驚き、歓喜した行動の結果だった。
 辛うじて立ち上がることは抑えていたが、その表情は期待一色だった。

「あぁ。俺からもお願いしたい。是非、同行させて欲しい」

 ターウェの目を見ながら力強く頷くと、喜色満面でターウェが勢いよく頭を下げた。
 金の髪が舞った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...