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しおりを挟む「__何をしたのです、団長」
低い声が、目の前のサザルのその奥から聞こえてきた。
簡易キッチンから盆を持ってきた、ターウェだ。
視界の隅で見えたその姿にユノは、サザルの怪我をし薬を塗ったという腕を触診しながら、薬の効果と人体の内部を診ていた。
ターウェの声を聞いた直後にサザルは体を硬直させたが、ユノは気にせずそのまま腕の観察を続けていた。小さく腕が抵抗してきたので、逃さぬようにしっかりその腕を両の手で掴む。
「なんもっ、俺何もしてねぇぞ!? お前の殺気、おかしくねぇかっ!?」
しかも俺上司!
強く、焦りながらもそう主張したサザルだが、残念なことにターウェの冷ややかな笑みは消えることなく。弁明は失敗に終わった。
ターウェはサザルを見ることをやめ、ユノの診察の邪魔をしないように静かにカップを置き、湯気が上る様を満足げに眺めた。豊かな香りがカップを起点に、この執務室へと充満した。
サザルの診察の結果、身体への異常はなかった。
ただやはり、ターウェに合わせて処方したためにサザルには些か効能が薄かったようだ。鍛えている結果、薬の効きが悪くなるというのはよくあるが、そのせいというよりはサザルの魔力に対する対抗値の高さが問題ではないか、と推測する。
鍛える = 免疫がつく
鍛えるということは極々自然な流れで身体を強化するため、鍛錬に勤しむ者は総じて薬が効きにくくなる傾向にある。加えて魔力耐性があると思われるサザルは、その中でも薬の効きにくさはダントツだろう。
これまでも薬が効かないことで、多くの苦悩があった筈だ。
現時点でサザルが五体満足でいることの素晴らしさは、ユノと同業者であってあまり感動は共有されないだろう。悲しい現実だった。
また四肢は失われていないが、やはりサザルの腕には無数の傷に覆われていた。古いものから新しいものまで、浅いもの深いもの、火傷のような跡も見受けられる。この様子ではこれは腕だけに限らず、体全体にあるのだろうと容易く想像ができた。
ひとえにサザル自身の生命力か。一概にそれだけとは言えない奇跡とサザルの努力が、その身に多く刻まれていた。
「……やっぱり傷は治ってるが内部にまだ損傷が残ってるな。これ、切り傷だよな? 鍛錬で何故こんな深い傷が……しかもこれ真剣だな? 無茶するな全く……」
細かく触診していくとやはりサザルに合っていないために、怪我は完璧に治ってはいなかったようだ。
それは免疫力が高い、という理由からではなく、どうやら魔力耐性が強いかららしい。よく視ていくとサザルと相性の良い魔力特性が‘風’に対して、今回ターウェに処方していたのは少量の‘土’と‘水’だ。それは確かに効かないはずだ。だが、それでも表面の傷は治ったのだから、体質的にはターウェと似た系統で調合していけば平気だろう。
「親和性のある魔力属性を探す、か……やりがいがありすぎるな」
今持っている応急用の鞄には残念ながら‘風’は少なく、薬のメインとして調合するにはあまり向かないものたちばかりだ。
頭の中で知識の棚をひっくり返しながら、サザルへの処方の難易度の高さに、漏れる微笑みをユノは隠せなかった。
後でゆっくりと時間をとってサザルへ問診しつつ、調合し(必ず開発してみせる……!)と息巻いていると、じっとサザルとターウェから見つめられている事に気付いた。
疑問に思ってパッと顔を上げると、瞠目した面持ちのサザルが静かに腕をー正しくはサザルの腕を掴んでいる、ユノの腕を見ていた。はて、と内心で首を傾げたユノだが、その状態を視界に入れた瞬間、サザルが何に驚いているかを察した。と同時に、短く謝罪の言葉を述べながら、ユノは伸ばしていた腕を引っ込めた。
だが実際にサザルが見て驚いていたのは、また別のことだった。勿論、少なからずユノの考えている要素も驚愕の一つである。
そこでユノは、今日ここにきた目的を思い出した。
先日、ターウェから依頼された専属薬師に関して返答を騎士団へと持ち帰ってもらった、その翌日。
早速と言わんばかりに顔合わせと、詳細な仕事内容の打ち合わせがしたいと打診があった。勿論、伝令役は騎士団副団長であるターウェだ。……何故とはもう言わない。
そこでやはりユノは、己の姿を見下ろして、悩んだ。
ターウェと出会った当初もユノは言ったが、こんな形をしているために山奥で薬師をやっている。
この世界には、様々な種族が存在している。
人族、獣人族、獣族、魔族、魔人族、自人族、神族。
今では人族、魔族、魔人族、獣人族、獣族、自人族、神族の順に人口数が減っており、後半の種族になるにつれて、現在では表舞台に滅多に姿を現さない。滅多に、とは1番近い過去で、約200年前のことだ。故に神族などは神話や御伽噺の中での存在、という認識が強い。しかしその存在を示唆する、各所で神族のものと思われる装飾品や家具、武器などが出土されたり、中には家宝として大事に保管されていたりしていた。
そしてユノは獣人族の姿をしているが、その姿は獣人族としてはとても珍しいものだった。
獣人族は獣族と人族が交配して生まれた、後天的な種族だ。
ハーフといえよう。
そしてハーフだからこそ、二つの種族の血が混ざり合う。
よく見られるのは人族の姿だが耳や牙、尻尾があったりと一部分だけ獣族を受け継いだ獣人族だ。またそれとは逆で獣族の姿だがその歩き方や体のあり方は人族のもの、という獣人族もいる。主にこの2種類に獣人族は振り分けられる。まぁその中でも個人差はある。それは人族でも獣族でも、他の種族でも変わらない。個性というものだろう。
だが何故、ユノが悩んでいるのか。
先に述べたようにそれはその獣人族の特徴から、外れているからだ。
丁度、中間あたりだろうか。
毛並みがあることや耳、尻尾は獣族の特徴。しかしその体格や体つきは人族と大差なく、細身の青年といった様相をしている。顔立ちも人に近く、目元は人と同じ構成をしている。だたやはり違うのはその鼻筋であったり、顔の輪郭は人のものに引きづられてはいるものの、ウサギの要素が強かった。
ウサギはあまり視力がよくないと言われているが、それは例に漏れずユノもあまり視力がいいとは言えない。故に通常であれば細かい作業や読み書きをする際はメガネを着用する。ターウェの起床後に対面したユノは庭の薬草に水をやりながら、薬草の成長具合を確かめていたので、メガネを着用していた。
さて。
ユノは引っ込めた腕を膝上で握りしめながら、どう切り出そうかと思案していた。
些か団長サザルの所業に気が向いてしまっていたが、本来はこれを伝えにきたのだとユノは自分に言い聞かせる。
……いやでも、サザルへの調合と言い聞かせも重要だと、心が呟いた。
それはそう、後でたっぷり話し合おう。
……ユノの内心の話し合いは、理性が勝った。
「今日伺ったのは、他でもありません。私のこの容姿について、お伝えしなければならないことがあります」
驚きで固まっているのか、はたまた話し出すのを待ってくれていたのか。話の続きを促してくれているのか。
サザルは静かにユノを見つめながら、無言だった。
「__ユノさん」
「ん?」
「紅茶、淹れてきましたので宜しければどうぞ。随分と集中なさっていたようですから、一息入れましょう」
穏やかに呼びかけられ、ターウェの顔を見上げると存外穏やかな顔がユノの座るソファーの横に立っていた。
白緑の瞳が促すようにユノからカップへと視線を移す。
机を見ればいつの間にか置かれていた、サザルとユノの分であるカップ。中で揺らめく琥珀色の液体。香るそれはユノも愛飲している系統だったが、品質は王宮備品に相応しい高級品だろう。趣味でサザルやターウェが買っていたとしても、その品質は極上品だ。
濁りのない綺麗な色味に、ターウェの腕前は確かだと確信した。
折角ターウェが淹れてくれたのだ。
心を落ち着けるためにも一息入れようと、カップに口つけるユノ。
「__! 美味い……!」
茶葉の風味はクリアで、仄かな甘さを感じた。
横で安堵したように力の抜けた気配を感じて、見上げると安心した表情で微笑むターウェがいた。
……随分、勇気づけられた。
「私は少し獣人族の中でも特殊なようでして……それは容姿を見ていただければご理解頂けるかと」
パサリと、目深に被ったフードを後ろに取り下げる。
良好になった視界のど真ん中には、案の定驚きに満ちた表情のサザル。
(……うん、だよな)
なんてユノ自身もその反応に強く同意しながら、いっそと思い、着ていた外套自体を脱いだ。
一応王宮への招集のため、ユノが持っている服の中でもマシなものを選んできた。
シワのないシンプルな白いシャツに、少し光沢のある黒に近いワインレッドのベストに、黒のジャケット。銀の装飾のロープタイをつけて、無難にまとめていた。
身軽になったことに知れずにホッと息を吐き、はてさてどうするかと目の前の上司になるであろう人物の言葉を待った。
「っ、……これはまた綺麗な……っと、これは失礼致しました」
今度はユノが驚く番になるとは、予想外だった。
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