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しおりを挟む「…………あれか。頑なに薬注文と受取を譲らなかったのは、そういうことか?」
「そういうことです。それに言ったじゃないですか。どうせなら巻き込んでしまいましょう、と。あんなに使用を止めたのに……」
まぁでも最近じゃあ、騎士らの間でユノさんが認識され始めていたので、丁度良かったです。
サラリといったターウェに、サザルは何故か頭を抱え始めた。
予想外の展開すぎて、また何の話かわからずユノはひとまず落ち着こうと紅茶を再度口に含んだ。
その隣で、寂しそうな顔を一瞬だけターウェは見せたが、サザルもユノも気づかなかった。
ターウェはユノに出会ってから、でき得る限りユノの情報を秘匿し続けていた。
それは獣人族という種族を超えて、ユノは‘美しい‘からだ。
しかしユノ本人は何を思っているのか、獣人族の特徴からかけ離れているという自分の容姿はとても珍しいだろうと、少しズレている認識をしていた。……その認識のずれが、割とターウェに危機感をもたらしている原因でもある。
加えてユノの調合する薬は、本人に合わせて処方することもあり効果は絶大。品質は高級品を通り越した、最上級品。滅多にお目にかかることはできない、物語や神話に出てくるような伝説のものと同等の効果を持ち合わせていた。
そしてユノ本人もその技能を私欲に使うわけでも、金を肥やすために使うわけでもなく。
ただただ薬の調合や研究に明け暮れている、一言で言えば薬バカでもある。
それに気づいた時には、ターウェはとにかく心の底から安堵した。
ユノは自身が作る薬の異常さに気づいてはいない。
というかまず、薬師が本人の体質に完璧に合わせて薬を処方するなんて、ターウェは生まれてこの方聞いたことがなかった。だが、いざ処方された薬を使用してみれば、感じていた痛みなど綺麗さっぱりなくなり、確かにひりついていた傷跡はそんな痕跡すら残さず治っていた。あまりの効果にテンションが上がって鍛錬へ参加していたら、ユノに怒られたが、仕方のないことだ。その後、鍛練場での診察は極力人目を集めないように配慮し、周囲には幻覚を使用し、怪我があるように見せてはいた。……深く反省はしている。
一応、怪我していることは周知の事実であるため、辻褄合わせにユノを付き合わせる形となってしまったが。
この時代、獣人族の身体能力に目をつけた奴隷制度は悉く廃止にはされているが、その時代を生きていたものは少なくない数がいまだ存命している。特に、貴族階級の腐った奴等に。また獣族よりの容姿でも愛玩用奴隷としてその当時は人気であり、人族寄りの容姿は肉体労働や、人によっては欲の発露のためにこれもまた人気であった。
故に、ターウェはそれを恐れた。
そのためユノへ薬の注文を出すという話になった時には、副団長という立場を大いに利用し、ターウェのみが行き来できるようにした。だがまぁそれも長くは続かず。ターウェ自身も長くは続けられないとは考えていたが、こんなに早い時期になるとは思ってもいなかった。
ターウェは本音を言えば、この専属薬師という話をユノには蹴って欲しかった。
正直に言ってユノのいる、あの森の店はとても居心地が良い。
静かで明るく、付かず離れずの距離でお互いを気遣い合うユノとの関係は、ターウェにとってとても新鮮で、とても安心のできる空間でもあった。それがこの専属薬師という任務を引き受けることによって、ターウェ以外にユノという存在を知られ、噂され。最悪の場合は、トラブルに巻き込まれる、なんてこと、ターウェは耐えられる気がしなかった。
だから、可能な限り。それが無理だと分かっていながら。
ターウェはこの時間が長く続けばいいと、ユノの存在の黙秘を続けていた。
それがユノを守る一つの手段だと思っていた。
結果としてはそれもただのターウェの願望であり、ただの儚い夢であったが。
薄々……いや、分かっていた事実を現実で突きつけられて、ある意味覚悟が決まった。
それがサザルへ言った『いっそ巻き込もう』という発言に繋がる。
それにユノに知られずに安全に保護することはできても、やはりどこかひとを魅了してしまうユノは、いつか自らその保護から飛び出して行くだろう。特に薬や調合なんかが絡んだ時は、それはもう軽々と折角作った高い壁を飛び越えよう。
もとより狭いコミュニティにユノを閉じ込めようとするのが間違いだったのだ。
残念ような、ホッとしたような。ターウェは複雑な気持ちで、いまだに首を傾げながらターウェの淹れた紅茶を楽しむユノを眺める。仕方がないな、と困ったように一息ついて、今まで以上に気を引き締めようと己に喝を入れるのだから、ターウェもなかなか大概だ。
ユノに甘い、なんて認識はターウェにはない。
そんな思いを抱かれているとは露にも思わないユノは、頭を抱えたまま動かないサザルをどうしようかと静かに見つめる。
こんなに悩まれるくらいなら、いっそ自分から辞退したほうがいいな。と少し暗く笑みを落とし、ユノは口を開いた。
「……やはり、私のようなものがいては士気も乱れましょう。今回のお話、大勢の命がかかっております故、残念ですが辞退させていただきます。一度引き受けた身としては大変申し訳ありませんが……ですがやはり、命ある場に混乱を招く異物がいては元も子もありません」
口早に、スラスラ流れ出る言葉。
それに制止をかけたのは、サザルだった。
「薬師殿」
抱えていた頭を起こし、訝しげに言い募るユノを見ていたがユノのその確固たる後ろ向きな意志に、勘違いをさせてしまったとユノの思いを知らずとも、そう感じた。サザルは焦ったような顔とは裏腹に、強い声が出た。
ユノが静かにサザルを見つめ、サザルもまた見つめ返す。
翡翠色と暗緑色の瞳が、まるでガラス玉のように綺麗で、ガラス玉のように空虚に見えた。
ぞわり、と肌が立つ。
獣人以前に、薬師以前に。何か……何か、とんでもないひとに接触しているような心地になった。
__怖気付くなど。
もはや久しい感覚で、これほど強烈な感覚を感じたことがあっただろうか。……否。
「勘違いをさせてしまい、申し訳ありません。薬師殿、いやユノ殿がいてくだされば士気は乱れるどころか向上しましょう。それだけユノ殿の薬は、ポーションはとても品質が良い。一月副団長であるターウェの怪我を治療し、完治させ……いや以前以上の能力を振るうように治療した貴方を、誰が恐れ誰が士気を下げましょうか」
サザルは少し話しているだけで感じたが、この薬師殿は自分に対する評価がズレている。
評価が低い、もあるが1番決定的なのは‘ズレている’だ。
どこで何がそうユノへ認識させたのか、モヤッとした感覚を抱かせるが、これも含めてユノの人を惹きつける魅了となっているんだろう。またユノ本人は本気でそう思っているため、その意識を改善するには時間がかかるはずだ。
先程の深い闇ともいえる虚無を垣間見せたユノへ、正体の掴めない曖昧な不安定感に、扱いが難しいな、と思案するもサザルはチラリとターウェをみた。
……うん、平気だろう!
確証もない、根拠もない。
ただそう思いたいが故に、強く断定して。
部下に押し付けた。
ターウェ本人としては喜色満面の笑みで、ユノの世話係を進んでやるだろう。サザルとターウェの利害は一致する。
(謎が深いな……でも、今欲しいのはその能力。手放すには惜しい)
まぁ悪いことにはならんだろう、と経験に基づく小さな勘がサザルへとそう囁いた。
こうして、ユノは臨時の騎士団所属薬師へとその肩書きを上書きした。
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