薬師はひそやかに

涙希

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 薬師を表す、群青のベストにベストの裾には白でウサギと月の刺繍。光沢のある白のシルクシャツに、その袖口にはユノの暗緑の瞳に合わせた翡翠のカフスボタン。
 カフスボタンは、正式な騎士団専属薬師着任の祝いにターウェがくれたものだった。
 小ぶりだが光を反射し、自らの存在を控えめに主張し作業をしていると必ずユノの視界に入るため、自然と頬は緩み、自然と背筋が伸びた。

 ユノは今、騎士団の第一訓練場の横に併設されていた、医務室で不足分の薬を調合していた。
 作業のために通常であれば羽織っていなくてはいけない、騎士の正装に似たジャケットは身に付けてはいない。

 騎士の正装は、薬師の群青より青が深い藍色の上衣に銀糸で刺繍され、上衣と同じ藍色のトラウザーズ。位によってはこれにペリースという面は上下衣より明るい藍色のマントをつけ、団長は膝までの長で首元には管理職を示す金のバッチ。副団長は腰までの長さのものを身につけ、同じく管理職の金バッチをつける。以下の騎士も階級に応じてバッチをつけるが、ペリースはこの団長、副団長の2名のみだ。

 薬師はこの騎士制服に少し手を加えて、群青の上衣に群青のトラウザーズ、糸は白で騎士服と同じ刺繍。
 その首元には薬師を表す、ベストの刺繍をバッチ用にデザインしたウサギと月のバッチ。そして作業時は白衣を着用していた。

 騎士団専属薬師。

 その制服からも見てとれるような、はっきりとした身元でまだ一週間半ばだというのに、王宮で働くものにはその名が知れ渡った。

「__先生、ティグの薬を受け取りに来ました~」

 やっと呼ばれ慣れてきたその呼称に、作業の手を止めて振り返るユノ。
 医務室の診察室奥の、調合室へ繋がる扉から30分前に見た顔がひょこりと顔を出していた。

 茶髪の髪を揺らした、騎士団の最年少ユーミール。
 騎士団に所属するにはなかなか可愛らしい顔立ちで、それに相応しい小柄な体躯な子であったが、やはり騎士団に所属するだけはある腕前の持ち主で、今年一番のルーキーらしい。年は確か15歳。
 175あるユノより下のその視線は、目測では160少し。
 これからかな、とユノはユーミールの成長具合を予測しているが、ユーミールは些か諦めている節がある。
 なんでも、彼の父君がさほど背が高くないらしい。……彼は父君の血筋を強く継いだようだった。

 訓練とは少し力の抜けた、年相応らしい動きでユノへと近づくと、そのユノの手元を覗き込んだ。

「あ、こら。今渡すから大人しく待ってろ」
「でも先生、何度呼んでも気付いてくれなかったですよ?」
「あー……それはすまん」

 拗ねたように口を突き出したユーミールに、ユノが気まずく謝ると、反転笑顔に変わるユーミール。
 ……うん、可愛らしい。これ、騎士服じゃなくてワンピース着せても全然余裕だと思われる。
 まぁそんなこと一言でもユーミールの前で漏らそうものなら、その小柄さを利用した素早く、スピードのある回し蹴りが披露されることだろう。またその膂力もバカにできない。

「ティグはどうだ?」

 40分前にユーミールが訓練で怪我をしたという、年は違うが同期のティグを連れてこの医務室にきた。
 怪我は足に打撲、足首を捻挫、太腿には擦り傷。どれも深くはなく、捻挫だけは様子見のため今日明日の訓練は控えることになるが、どれも今後に影響はない。
 ユノは打撲と捻挫には湿布薬と氷嚢、擦り傷には化膿を抑える塗り薬を用意し、前者には五日分、後者には七日分を用意した。
 もし用意した日付分より早く治癒した場合は、残りはユノの元へ返却するように初日の挨拶で全員に通達している。

 その処方薬を入れた紙袋をユーミールに渡すと、ユーミールはカラッとした口調でティグの様子を語った。

「怪我して訓練できないのは堪えているようですが、少し長めの休暇だと思うようにしたっぽいです」
「……うーん……ここの奴らはどうも、鍛錬馬鹿……いや筋肉馬鹿? が多いな……」

 ユーミールの言に苦笑気味に、素直に思っていた言葉を言うと、ユーミールが目を見開いて驚愕を表した。

「えっ、そんなふうに思ってたんですか先生!?」
「え、あぁ」

 予想外の反応の大きさに、逆にユノは驚いて腕を組みながら小首を傾げる。

「先生がいるからですし、先生に影響されてるんですよ?」
「……………………あ?」

 呆れたような楽しんでるような、色々混ざった笑みを浮かべながらユーミールが言う。
 その言葉がユノへ染み込むのに時間がかかり、なおかつ理解した後も理解し難く、思わず悪態をつくように聞き返してしまった。
 ユノが目を見開いて驚きをあらわに、放心気味にユーミールを見ているとあれ? と片眉を上げてユーミールが疑問の声を上げた。

「……先生の真摯なその対応と、薬に対する熱意に当てられて皆、今まで以上に仕事に打ち込んでいるんですよ?」
「……何故?」
「えぇー……嘘でしょ、この人自分のしてること自覚ないのかー……」

 ユノが呆然と返すと、愕然とユーミールがそう呟いた。
 残念なことにユノにはユーミールにはその言葉が聞き取れなかったが、その後に続くユーミールを援護するような声に、咎めるように視線を向けた。

「残念ながら、一生自覚はしないんじゃないかなって私は思ってるよ」
「……ターウェ。どういう意味だ」
「勿論、そのままですよ。でもそれがユノさんですから、どうかそのままで」
「……意味がわからん」

 クスクス笑う、騎士団のNo.2。ターウェが簡易制服で調合室へと姿を表した。簡易制服とはプリースを除いた、上下衣のみの格好のことだ。
 解せん、と顔にデカデカと書いたユノを笑いながら見ていると、ターウェの声を聞いた時点で振り返り畏まった姿勢で待機していたユーミールへ、ターウェは片手を振って、許可を出す。
 これを見ると副団長なんだな、としみじみと感じ入ってしまう。

 通常であればターウェはユノの上司に当たるのだが、何故か部下として振る舞おうとユノがすると、ターウェが凄まじい反発を見せたために、今まで通りの対応になった。これは何故か団長であるサザルも同じだった。
 解せぬ。

 __騎士団へ所属するにあたり、ユノは自分でも問題視している容姿に関してはサザルが団長権限で魔法師団へ特急で作らせた、幻術作用のある耳飾りをつけて解決していた。その幻術とはその容姿を人に見えるように、耳飾りを介して他者の視覚へ作用するものだ。
 そのため本来の姿を知っているターウェとサザルを抜いた、王宮のものにはユノは銀白髪に翡翠と暗緑色のオッドアイ。そして中性的な儚さのある容姿をした、青年になりたての若い男に見えるはずだ。無表情ながらも小さく笑い、控えめに感情表現をするユノは老若男女関係なく、その視線を奪っている今では王宮で著名な人物だった。
 それ自体はターウェもサザルも予想内だった。

「ではぼ、私はこれをティグに届けますので失礼致します」

 むす、と拗ねたようにターウェから顔を背けたユノに、ユーミールはユノと気安く喋っていたための言い間違いを正しながら、ターウェへ一礼する。

「あぁ。頼んだ。何かあれば言ってくれ」
「わかりました。ティグにもそう伝えます」
「ご苦労様」
「はっ」

 組んでいた腕を解いて、ひらりと手を振ると微笑んだユーミールが頷き、ターウェの言葉には短く応えた。
 根が真面目で勤勉な彼らしいその応対を見て、微笑みながらユノはターウェと共にその後ろ姿を見送る。
 完全に消えた時、ターウェの用事を聞こうと調合室から診察室へと移動し、用意している椅子へ座るように勧めた。ターウェが座ったのを確認し診察室の隅、調合室へと繋がる扉のすぐ隣にある簡易キッチンで、お湯を沸かす準備をする。

「いつもの紅茶でいいか?」
「あ、ありがとうございます」

 慣れた手つきで、すでに専用となったターウェとユノのカップを取り出し、茶葉を準備する。
 火をつけたやかんには少し魔力でお湯の時間へ干渉し、沸騰を早めた。
 そう経たず沸いたやかんの火をとめ、ポットを温めてからあらかじめ準備した茶葉をポットに入れ、お湯を注ぐ。すぐに蓋をし蒸らし、ユノは魔力を弄りながら茶葉の開く様子を眺める。ガラス製のティーサーバーのため、様子がよくわかる。滲むように紅茶の琥珀色が出てきて、良い濃さになるまで待つ。

「で、どうしたんだ? 怪我か?」

 待つ時間にターウェの用事を聞こうと口を開き、ターウェがじっと無言で見つめていた気配が揺れたことに気づく。
 その揺れは多分感情で、隠すことのない‘楽しみ’という明るいものだった。

「いえ、宜しければこの後お昼に一緒に行きませんか?」
「お昼? ……もう、そんな時間か」

 ターウェの言葉に驚いて、静かに備え付けられている壁掛けの時計に視線を向けると、お昼を過ぎてとうに1時間は経とうとしていた。
ユノの言葉にやっぱり、と笑いながら頷いたターウェは、用意できたカップを両の手に持ちながら近づいてくるユノへ言った。
 呆れも含まれながら、仕方がないなという諦めも滲んだ声だった。

「そんなことだろうと思いまして。私も仕事がキリ良く終わったので、久々にユノさんとゆっくり過ごそうかなと」
「それはいいな。じゃあ俺が何か作ろうか?」
「! 本当ですか!?」
「あっ、あぁ……」

 ターウェの前にターウェ専用のカップを置いて、自分のカップも置きながら腰を落ち着けるとターウェが嬉しそうに言うので、だったらと提案した。丁度、カップを持ち上げ一口飲もうとした時だった。
 明らかにテンションが上がったターウェが静かに、しかし跳ねるように体を前のめりにユノを見た。
 キラキラ輝く白緑の瞳が、期待に満ちていた。
 勢いに飲まれ零さないように肩より上に持ち上げたカップとソーサー。幸い、手にはかかっていなかった。

 呆気に取られた後、苦笑しながらターウェを座らせると、少し気恥ずかしげにターウェが視線を逸らす。

「そんなに喜んでもらえるなら、作り手冥利に尽きるよ」
「いえ……すみません」

 とうとう視線が合わなくなったターウェに微笑みながら、リクエストを聞く。
 __ターウェとの、出会いの品を希望された。
 
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