薬師はひそやかに

涙希

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 騎士団医務室から歩いて10分程。
 いつもであれば王宮に勤める人で溢れる食堂は、時間帯が少しズレたことによりピークより人の数は少なかった。だがそれでも賑わう食堂へ、ターウェとユノ、そして途中で出会ったサザルは席を探そうと入り口付近で辺りを見回した。するとその動作に気付いたのか、ある一人が手を上げ、大きく振っていた。

「サザル! ここ、開いてるぞ!」

 サザルと大して変わらないその大柄な体躯に、無邪気な笑顔を浮かべるハッとするほど明るい空色の短髪に同じく空色の瞳。
 どことなく大型の犬を思わせるその笑顔にその仕草。

「ウォルダー」

 サザルが名を呼びながら近付いていくと、「ここ、ここ!」と指を刺してウォルダーの真正面の席から横並びに空いている三席を示した。……うん、大型犬がいる。

「珍しいなこんな時間に!」
「ちょっとな、作業に集中しちまって」
「お前、見た目の割に真面目だもんな!」

 一言余計だ、と慣れているようにサザルはウォルダーの頭を軽く引っ叩く。
 あた、と大して痛がってもいない声を聞きながら、座ったサザルとターウェに一言声をかけてその場から離れる。
 後ろから不思議がるような声が聞こえたが、ユノも時間経過を自覚した途端、空腹を覚えたのでここは食欲を優先した。気になって戻ったらめんどくさいことになりそうな予感もあったため、意識的にその声を外す。

 途中で会ったサザルもまだ昼食をとっていないと聞いた時から、不思議な流れで何故かサザルもユノの手料理を希望した。……まぁ大した差もないので了承したユノは、時折食堂のキッチンを貸してもらうため勝手知ったるように、忙しなく動く料理人の合間を縫い、奥の小さな場に向かう。その途中に忙しなく指示を飛ばす料理長に簡潔に声をかけ、使用の許可をとった。

「さぁて……作るか」

 作業の邪魔をしないように合間をぬって、保冷庫や食材置き場から材料を籠に詰めて持ってくると、シャツのボタンを外して腕捲りをする。

 ターウェのリクエストはオムレツ。
 あれ以来、ターウェの好物になったとその時に聞いた。

 しかしそれだけでは足りないと思い(主にサザルが)、他にも何か作ろうと考えていると、区切りがついたのか料理長が少し余ったやつは使っていいとお達しがあったため、主キッチンへ向かい、様子を見る。
 ポタージュに、鶏とバジルのトマト煮、白身魚のムニエル、3種類のパン、ドレッシングで和えたきゅうりのサラダ、レタスが主の彩サラダ等。人数が半端ではないため、また選べるように数種のおかずやサラダが用意された昼食は、なかなか豪華だ。流石は王宮料理人。間違いなく美味しいという匂いと彩り。

 うーん、と唸りながらユノが選択したのはポタージュと鶏とバジルのトマト煮、白身魚のムニエル、彩サラダ、固めのパン。

 皿としてワンプレートを3枚準備した。そしてまず最初に、トマト煮をフォークで少し鶏肉をほぐすように潰していく。
 そして保冷庫から持ってきた卵を一人分ずつ、2個ずつボウルに割り入れ、とく。
 フライパンを用意し、赤いスイッチを押し火をつけるとフライパンを置き、油を垂らして回す。フライパンが温まると溶いた卵を流し入れ、ある程度固まったら軽くほぐしたトマト煮を片側に寄せて乗せていく。そして零さないように卵で包み、もう少し火にかける。
 出来上がった即席のオムレツをワンプレートに乗せて行き、続けて2つ作る。
 オムレツが終わればグラタン皿を、近くで作業していた人に聞いて持ってくるとムニエルを手で適当にちぎって3皿に分けて入れていく。そして固めのパンは包丁で一口サイズに切って、同じくグラタン皿に入れていく。そこへコーンポタージュを均等になるよう流し入れ、持ってきたチーズをかける。そしてフライパンと共に火を入れていたオーブンへ3つ並べて置く。具材は火の通ったムニエルにパンのため、表面に焼き目がつくくらいで平気だろう。腹を空かせて待っている彼らのために、魔力操作で時間へ干渉し、待ち時間を省略する。
 その間にサラダを3人分に分け、小皿に盛るとワンプレートの隅っこに置く。その隣には先に焼きあがったオムレツ。

 あぁ、そうだ。
 オムレツにトマト煮のソースをかけるのを忘れていた、と慌てて取りに行くとまだ中身は残っていたので、ソースだけ貰い、オムレツに少量をかける。中身もトマト煮なので、あまりかけるとしょっぱくなる。少量が丁度いいだろう。見た目も映える。はず。

 オーブンが高い音を奏でた。

 ミトンを探して手につけるとオーブンを開き、グラタン皿の乗った鉄板を持ち上げる。

 程よく溶けたチーズがその香りで周囲を満たす。
 いい感じに焼き目もついた。良さそうだ。

 それなりに大きいグラタン皿をミトンで持ち、ワンプレートの空いている部分に置く。……ギリギリ置けた。

(…………足りるか、これ?)

 些かサザルの胃袋が心配だが、まぁ足りなければあるやつ食べてくれればいいか、と思い直し、大きめの盆を借りて3人分を乗せる。ついでにパンを数個貰い、小さな木のバゲットに入れる。

 両手が塞がっているので人にあたらないように声をかけながらキッチンを出ると、先ほどターウェやサザルが座った席を目指す。
 幸い、人は落ち着いてきたのか歩いているのは少数派になってきた。

「お待たせ。足りるといいんだが……」

 配膳するために一度テーブルの端に盆を置き、まずはサザルの前に置いていく。そして少し盆を持って奥に移動し、ターウェの前に置く。

「……! 凄い美味しそうです……!!」

 ターウェが瞳を輝かせて、言った。
 ターウェの隣の席にユノは自分の分を置くと、盆を誰もいない自分の前に置いて、席に着く。
 食堂は机ごとにフォークなどがあらかじめ置かれている。もしそれで足りなかったらキッチンにいる料理人に言えば、出してもらえることになっている。食事中の水などは、食堂の一角にまとめて用意されているので自分で取りに行く仕様だ。
 
 ユノが作っている間にその準備はしてくれていたようで。フォークに先割れスプーン、スプーンは既にあり、水もコップに注がれ置かれていた。

「水、ありがとな」
「私の我儘で作って頂いたんです。これぐらいしなくては」

 ユノが座るのを見ながらターウェが言う。

「すげぇな……全部お前が?」
「あぁ、あまりものだけどな。足りなかったらすまんが、あるやつで食べてくれ」
「いや、十分だ」

 サザルがターウェの奥から驚きの滲む声でそう聞いてきたために、内情を言いながら不足時の対策を予め伝えておく。すると嬉しそうな声がその対策を否と答え、我先にと短い感謝と共に早速グラタンに先割れスプーンを沈めた。
 途端、湯気が上りポタージュの匂いが広がった。

「……っ、! うまい……」
「そりゃ良かったよ。熱いから気をつけろよ」

 忌憚のない、本当に素直な声がそう呟いた。
 その後は言葉少なに食べ進めるサザルを見ながら、ユノも食事を始める。ターウェはサザルに続くように、オムレツにフォークを伸ばし、中の具材を見て嬉しそうに頬張っていた。

 中身や味付けはユノのものではないが、具材ありのオムレツが好きなターウェは手を止めることなく食べていた。

 その様子を座って静かに見ていたウォルダーが、不思議そうにユノを見た。
 ただユノは食事に集中するふりして、無視した。
 好奇心の疼く、その空色の瞳を見れば目があった後、一瞬でスプーンの中身は消えることだろう。

 自営業の時も規則正しい生活を送るようにしていたが、この王宮勤に臨時転職した今はそれ以上の規則正しい生活を送っている。またそれにプラスしてユノも団員に混じって訓練を受けるようになっているので、体を動かす分、空腹は天敵だった。

 そして。

 犠牲になったのは、サザルだった。

「なぁ、サザル」
「んぁ? なん、だっ!? おいっウォルダー!! テメェ俺の飯だぞ!!」
「……、っ! うっまぁ! なんだこれすげぇ!」

 無邪気に名を呼ばれて、食べることに夢中だったサザルは反射で顔を上げた。
 その手に持つスプーンにはオムレツが乗っていた。

 そして間髪入れずにウォルダーがサザルの手からスプーンを抜き取ると、それをそのまま口に誘った。
 その一連の動作を見つめてしまったサザルは、ウォルダーが口を閉じたタイミングで我にかえり、目の前のウォルダーに掴みかかる。その振動により、テーブルが揺れた。ワンプレートを咄嗟に持ち上げ、ユノとターウェは難を逃れる。
 思わずターウェとユノはお互いに目を合わせ、静かにサザルから距離をとると、再度腰を落ち着けて食事を再開する。

 __横目で、ウォルダーの首を絞めながら軽く青筋を浮かべるサザルを視界に収めつつ。

 ユノとターウェは同じタイミングで、笑いを漏らした。
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