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しおりを挟む見慣れた森に、歩き慣れた獣道。
庭と言っても過言ではないその森に何時もの調子で入ってすぐ、歩いて20分。
少し拓けたその楕円形の草原は、白い花弁の先をほんのりと紫色に染めた、小さな花で一面埋め尽くされている場所だった。
秋の風がそよぎ、揺れる花は白い波のように。
風によって運ばれてくる花の蜜の香りも、スッと息を吸えば肺を満たす。
天気の良いその陽を浴びながら伸びをすると、さぁて、と気合を入れて背負ってきた籠を肩から外して前に持ってくる。ついでに斜めがけにしていた鞄も下ろし、その中から一人分のシートを取り出し、簡易な荷物置き場を作る。風で飛ばないように荷物でシートを抑えながら、持ってきていた採取用の道具を身につけ、手袋をはめると、まず近場の白い花を採取しようと屈んだ。
根ごと採取するように花から少し離れた場所にスコップを入れて、力を込めて梃子の原理で軽く持ちあげる。余分な土を落としながら慎重に、背負っていた籠へ入れていく。
この花は根を炒って淹れれば気管支の強化、茎は咽頭への炎症抑制、花弁は内臓器官の治癒力強化をもつ、高性能な植物だった。ただその効能の高さと一つの株に備わる効能数から、一定条件下の場所でしか育つことが出来ず、その場所も森の奥に範囲が固定されていることから、あまり人の手に渡っていない植物でもある。
それでいいと次の株に手を伸ばしながら、ユーリは思う。
黒に限りなく近い濃紺の髪の結んだ毛先が、サラリと肩から流れる。
細く纏まるその毛質はサラサラとしていて猫っ毛のように細く、差し込む森の光を反射し、作業によって付いた手袋の土がどうしてかその頬に付着していた。
この植物は医薬品としてはとある器官や、特定の症状には高い効果を発揮するものだ。
しかし特化しているからこその、デメリットもある。
高い効能と引き換えに、植物としての生存本能か。
不用意に茎の部分から折ると、そこから毒性の強い液体を出すようになる。それはもとは高い炎症抑制効果を持つものだが、生存危機によってその特性を毒へと変換するのだ。
故に、ユーリは根ごと株を掘っていく。
ただこの採取の仕方も気をつけねが茎を損傷しかねないので、常に気を引き締めねばいけない。
目標の3株を採取して、詰めていた息を吐くユーリ。
師匠から指示された分は採取できたため、もうあとは帰るのみだ。
広げていた道具や籠、シートをしまい、鞄をかけようと腕を上げて頭を通す時。
ドサリ
__何か、重いモノが落ちる音がした。
反射で気配を探り、慣れ親しんだピリつくその気配に、仕込んである暗器を取り出せるように、鞄をかけて後ろに流す。
刺激しないようにゆっくりとした動作で振り返り、探知した気配通りの姿がそこにあった。
「グルルルゥ……」
威嚇するような低く、鈍い声がその半開きの口から漏れている。
よく見れば手負いのようで、後ろ足を庇うようにユーリから距離をとって歩いている。ユーリも連動するようにお互いに円形を描きながら、ジリジリと動いて間合いをきっちりと取る。
そして。
焦れた様に前足に力を入れて体を沈めたそれは、魔力によって強化された跳躍を見せ、ユーリに飛びかかった。
迫る黒い影に足を軽く開いて、半身を斜めにして沈める。
弧を描く跳躍ではなく、直線に近いその飛びかかりに対抗するため、それが直前に迫った際、ギリギリまで引き寄せると左腕を上から振り落とし、暗器を取り出す。長年使用していたダガーの感触を握りしめ、それの右側へと滑り込むと、下から上へ斜めに切り上げる。
首を斬った……!
しかし斬りつけが浅かったようで、痛みに顔を背けながら呻いた獣が、怒りに染まった赤い瞳でユーリを見据えると、先程よりも速く、低く跳びかかってきた。
「っち」
自分の不始末に舌打ちで苛立ちを表すと、猛進してくる獣の横っ面をタイミングを見計らって、思い切り蹴る。着地すれば飛んでいく獣を追いかけて疾駆し、木の幹へその体を打ちつけた獣へ追い討ちのように、心臓部分へダガーを突き立てる。首元を右腕で圧迫し、グッと刃をその身に深々と刺す。
苦鳴が聞こえた。
手足がバタつき、抵抗する。ユーリの胴体に暴れる獣の後ろ足が引っかかり、強引に押し返された。
「ぐっ……!?」
油断はしていないが、残念なことに爪を引っ掛けたらしい。押しされた事でその爪が食い込み、傷が深くなってしまった。
差し込んだダガーの手元に生ぬるい液体が流れ落ちてきて、トドメとばかりに一気に引き抜いた。
「ギャゥッ!?」
ドサッとそのまま木の根元に倒れ込み、静かに流れる血の跡を見ながら、じっと徐々に力を無くしていく獣を見つめる。
気配が薄くなり命の灯火が消えたことを確認し、戦闘モードに入っていた思考を緩めて、深く息を吐くと首を回してダガーの血を払って仕舞う。
「ッ、あー……くそ、めんどくせぇ……」
クルリと獣に背を向けて、爪の刺さった箇所を手で強く圧迫しながら荷物のある場所まで歩く。
辿り着けば、折角しまった荷物を掘り出して簡易救急セットからガーゼと包帯を取り出し、服を捲り上げ右の脇腹へ雑に巻いていく。口に咥えた包帯を離し、巻き終えた端の部分と結んで中に入れる。巻き終われば魔力を練り上げて、出血を止めるように血管を修復していく。
その繊細な作業に、集中しすぎたのだろう。
消えた筈の気配がムクリと起き上がり、ヨロヨロと立ち上がる。そして魔力を練り上げ、口元に集める始める。
驚愕しながら振り返ると、既に残っている全ての魔力を集め終えて、発動直前の獣が渾身の力を込めて、その魔力塊をユーリに向かって投げる。
魔力塊を防御するためにユーリも魔力を練り上げ、全面に薄く張り出し、防御の意思を込めた。
「く、っそ……がっ!!」
獣の全てを込めたその魔力塊は、見た目の小ささとは裏腹に重く、抵抗が強かった。
直径30センチほどの塊がよくよく見ると高速で回転しており、そりゃ重いわけだわ! と内心でがなる。
強く奥歯を噛んで力を込めて、回転方向を見極める。下手すればその回転に腕をもってかれて、吹き飛ばされる。
そしてタイミングを見計らって、その高速回転にそって体と防御膜を傾けた。
突如進行を妨げるものがなくなったため、その魔力塊は回転しながら空いた進路へ進んだ。
ドッゴォォオオオ……ン
土煙が舞い、地面を覆っていた葉や枝が衝撃で飛んできた。
「ごほっ、こほ………っ、うわ抉れてるじゃん………」
目に砂が入らないように瞑りながら腕で保護しつつ、森の匂いに混ざる土の匂いがしなくなってきたタイミングで、うっすらと目を開けば、先程の魔力塊の倍の広さで土が掘られていた。
回転は上から下にかかっていたため、防御膜を自分の方に倒しながら、暴発による怪我を考慮し、ユーリ自身の体は防御膜横から数センチ離れた。
ため息をつきながら土煙を被った衣服や髪を叩いて砂を落としていると、ユーリのいる反対側の茂みが音を立てた。
さっきのやつの仲間か? と、咄嗟にダガーの柄に触れて臨戦態勢を取る。
魔力を練り上げ発動準備も万端にすれば、それは現れた。
「──は? お、おいっ!?」
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