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しおりを挟む要砦の様子と患者の観察及び治療が落ち着いたのは、その日の夜に差し掛かった時刻だった。
医療班は常時動きっぱなしで、患者の状態によっては緊張しっぱなしの時間がようやく終わりを迎え、既に心身ともに疲弊していた。
ユノもその一人でぐったりと患者の寝ている医務室の隣の部屋で、医療班の皆と机に突っ伏しながら力なく呻く。
「__お、お疲れ様です……ユノさん、皆」
要砦の代表者と顔合わせと打ち合わせ、現状確認や今回来た追加の人員配置などの会議をしていたターウェが、ユノ達を夕飯に誘おうといるはずの医務室に顔を出したら、そんな死屍累々の状況を見て、言葉に詰まりながら労いの言葉をかけた。予想以上のその惨状に流石辺境、と改めて戦線の最前線に来たという体感が走り、会議で聞いていた被害の数字を実感する。
しかしいつまでも入り口付近に突っ立っていては邪魔なので、恐る恐る中に入り、1番入り口手前にグダッているユノの肩に手を置いて、再度声をかける。
ターウェが声をかけたが、誰一人として返事が返ってこなかったためだ。
唯一声ではないが、よろよろとユノが片手を上げて静かに答えたのでターウェは余り音を立てないように近寄ったのだった。
「激戦だったようですね……」
「おぅ……。詳しい報告は後でするが、やっぱここヤベェぞ……」
「ッ、やばい……とは?」
労わるようにユノの肩を支えて、起きあがろうとするユノの動きの補助をするターウェ。
その最中に聞かされたユノの真剣な声音に、少し恐れるような色を感じ取って、無意識にターウェの身体に力が入った。些か緊張した面持ちでユノの次の言葉を待てば、むくりと顔を上げてターウェを振り返ったユノは、緊迫したターウェとは真逆の表情をしていた。
驚きで毒気が抜かれるターウェ。
その白皙の、我が騎士団が誇る薬師は瞳を輝かせて、いつもの落ち着いた表情は跡形もなく。
年相応に楽しそうにはしゃぐ、青年がいた。
続いた言葉に、ターウェはさらに脱力することになる。
「やっぱ筋肉バカしかいねぇの、ここ!! 薬が効きにくいったらねぇ!! これは調合の腕がなるぞ!!」
「……嬉しそうに言うことじゃないですよ……!」
緊張していた自分がバカみたいだと思い、つい笑いが漏れてしまったターウェ。
つられるようにユノと同様に屍と化していたハインリヒが笑い、ダンが小さく口元を緩めた。
「もしかしてさっきからブツブツ言ってたのって、配合素材ですか?」
「それなら……納得」
いやそれは怖い。
純粋な一言がターウェの脳内に出てきて、そうだったと思い直す。
ユノは根っからの研究者で薬師で、好きなこと(調合、作成など)には愚直なまでに一直線だ。もはや猪。
ターウェも身をもって知っているし、その最たるものがサザルへの調合講義をしていた時にこのユノの頼もしく、困った癖が発動していた。懐かしいな、とターウェは思い出しながら顔を上げたユノが、自分の思考の深みにいっていることに気づいて、自然な浮上を待っていたらせっかく用意して貰った夕飯がダメになってしまう、と判断した。
「後でいくらでも時間を取るので、早くご飯食べちゃいましょうねユノさん。ユノさんが動かなければ、動けない人もいますから」
「いや待ってくれターウェ。今思いついた方法をメモしときたい……ってことは、アレも可能性あるな? 確かあの患者は火だったから……炎症を抑えるには風と水が必要だが、この場合は反応を見ながら比率を……」
「ユノさーーん、戻ってきてくださぁい」
なるほど、確かにブツブツ言っている。
メモを取りたい、っていう希望から、すぐに思考の海へ泳ぎに行ってしまった。既に沖だ。
ターウェにはどうすることもできないので、仕様がない、と息をついてヒョイとユノの真正面に回り込み、その胴体を掴んで抱き上げる。
……軽いな。
そう身長差は大きくないはずのターウェとユノだが思っていた以上のユノの軽さに、一瞬ターウェは混乱した。この軽さで、あんな重い一撃を放ち、ターウェやターウェ以上の体格のものを投げ飛ばすのか、と思うと、なんとも言えない感情が胸中を占めた。
「ん……? ……あっ!? お、おいターウェ!! 何してんだよこれ!?」
「明日もあるんですから、初日はこれくらいにして休みましょう。さて、皆はどうする?」
やっと気づいたユノがターウェの腕の中で暴れる。と言っても真正面からユノの腰あたりを抱き上げ、片腕に乗せるような形で抱えているため、ターウェはユノが落ちないように固定している。そのためユノの抵抗と言ったら上半身を左右に揺らして、ターウェの拘束を緩めようというものだった。が、残念ながらターウェは力を込めて、泣き喚く子供をあやすようにユノの頭を開いている片手で自分の肩に寄せて封じると、医療班の五人を振り返って行動指針を聞く。
顔だけあげて様子を見ていたハインリヒやダン、マルティカは苦笑しながら立ち上がり同行する意思を見せた。ベルトラフはグランに心配げに肩を叩かれていたが、のろのろと手を上げてか細く声を上げていたので、この2名も同じく食堂に行くことにしたようだ。
7名(一人抱き上げられているため実質歩いているのは6名)でゾロゾロと医務室をでて、ターウェを先頭に要砦の食堂を目指す。
ターウェが先頭なのは残念ながらユノを含めた医療班は今日、案内の途中で患者への対応にかかりきりになったため、場所を把握していなかったからだ。疲れの滲む班員をターウェの肩口から様子を見ていたユノは、タッタッとターウェの背後に近づいてきたダンを視界に収めながら、首を傾げる。ターウェは足音と気配でそれを察知し、邪魔しないように前を向いて歩き続けた。……速度を微妙に落として。
「どうした、ダン?」
目があったまま近づいてきたダンに、いつもより離れた視点から問いかける。
ダンの無表情が少し、崩れていた。
「師匠、僕もっと……もっと頑張るよ。師匠に頼られるくらいに、一緒に肩を並べることができるくらいに」
日中にも見た、強い意志の篭った瞳だった。
ダンの瞳は余り見ない色と色彩で、角度と光の加減で揺らめく銀。それが無表情を強調もしており、どことなく人形の印象を与えていた。だが揺らめく銀が強い光を持つようになって、人形に命が宿ったことをユノは感知した。
……いや人形じゃないよな。お前はお前だな、ダン。
赤みがかった黒の髪が額にかかり影を作るが、それさえも今はダンを彩る一つで。
「…………待ってるぞ」
眩しく、強いその主張に一度目を閉じてから、ユノは目に、記憶に焼き付けるようにダンを見つめる。
「…はい……!!」
簡潔にユノがいえば、ダンは嬉しそうに目を細めて。今まで見たことのなかった、ダンの年相応の笑顔を見た。
思わず手が伸びてその髪を撫でる。サラリとした手触りで指通りが良かった。
「ッ、師匠のそれは……悪い癖、だよッ……!!」
笑顔から一点、目を点にしたダンが羞恥に頬を内側から染め、そう台詞を吐くと後ろからついてきていたハインリヒやグラン、マルティカの背後に隠れるように逃げていった。
「先生、それは……ダメだよ」
じとっとした視線がマルティカから送られて、生温かい視線を感じたと思ったら後ろの他三人もダンを守るように前に出て、ユノを見ていた。困惑しながらその視線にたじろいでいると、ターウェが動いた気配があって、助けを求めようとターウェの方へ顔を向ける。
ターウェは反対側へ向いており、顔を下げながら小さく震えていた。
「…………………………ここに、俺の味方はいねぇってことか」
「敵でも味方でもないですけど、どちらかというと……被害者?」
「ふっざけんなよ! なお悪い言葉になってんじゃねぇか!!」
四面楚歌。……いや一人腹抱えて笑いそうな気配だからそれも違うか。
ベルタラフが死にそうな顔色で、でも話は聞いていたのか。的確なその言葉に皆して深く頷いた。
元気じゃねぇかお前!!
なんて、ふざけながら。
笑いながら。
要砦にきて、怒涛の1日が終了した。
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