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しおりを挟む「__臭う、って?」
ユノの質問に少し迷うように空を仰ぎみたユーリ。言葉を探しているようだった。
「なんか…………腐った、権力の臭い……と…………」
「…………と?」
「うーん……なんだろう…………。んー……あっ! 狂気の臭い!」
「さっきから物騒だなオイ。やめろまじで。お前らのジョーク、ジョークにならんから」
言葉とは裏腹な軽い調子の声に、ズッコケそうになるのを踵に力を入れて耐え、その言葉の意味を考える。
腐った権力とは、あの聖騎士が所属するシルメア国の上層部のことだろうか。精霊や自人族を敬い、自らもそれに続こうとする奮励さと勤勉さが有名な国だった。
……それを腐った、と表現するには何か裏がありそうだ。
ユーリのその嗅覚は馬鹿にはできないほど、鋭く、正確だ。狂気の臭い、も気になる表現だが……シルメア国に一体何が起こっているのか。聖騎士の彼に聞いてみる他はないな、と思考に結論づけして、のんびりと食事を続けるユーリの頭を強く撫でながら、来た道を戻る。
「あっ師兄!!」
引き止めるようにユーリが声を上げたが、ユノはひらりと手を振り、顔だけ振り返る。
「詳細はまた後で俺の部屋でな。もし気になることあったら遠慮せず言ってくれ。色々情報ありがとうな」
流石にこれ以上はターウェが探しにきそうだ。
サルアあたりに盛大に笑われそうだし、ハインリヒあたりには苦笑されそうだし。
腹減ったなぁ~、とまだホットサンドが残っていることを祈って食堂へと足を向けた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
遠ざかる兄弟子の後ろ姿を見ながら、口に運ぼうとしたサンドを視界に入れて小さく笑みを落とす。
(嬉しそうにしちゃってさ……)
今日出会ってから今までの間に見た兄弟子の顔を思い返して、複雑な感情が胸中を過ぎるも、1番強いのは嬉しさだった。
ユーリの記憶の中のユノは、今も変わらないその穏やかな表情や雰囲気を持っていても、どこかその奥に空虚ななにかがあった。それは記憶喪失に関係しているじゃないかとは考えており、どうやら時折以前のことを夢に見ていたようだ。
まだ師匠の元で同居し、共に修行していた時。
夢を見たそんな時、ユノは既に就寝している同居者を起こすことないように静かに家を出て、天気に関係なくどこかへ行っているようだった。ついぞその場を教えてもらうことも、教えてということもなく今まで来ているが……まぁそれが当時のユーリ達の距離感だった。
ユーリとしては当時の自分達に他人を気にするほどの余裕がなかったため、当たり前だよな、と思うものの、今となってはユノがしてくれたことへの恩返しはできないかと考えた時に、ついその時のことが思い浮かぶのだ。ある意味、後悔しているんだとユーリは考えている。それはユーリの片割れである、双子の兄も同じだろう。
それがまぁ……瞳を輝かせて、見た事のないほど楽しそうに人と笑うユノを見て。
呆気に取られたのは言うまでもない。
「__ま、今の師兄の方なら安心して見てられるかな」
最後の一口分を口に放り込んで、既に消えていたユノの後ろ姿の幻覚を断ち切ると、まだ残っている皿を落とさないように慎重に持ち、医務室の中へと消えていく。
長い、濃紺の髪が揺れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
食堂に戻り、まだいるはずのターウェ達を探していると向こうも気付いたようで、手を振ってくれた。
軽くユノも手を振り返しながら近付いていくと、何故かユノの姿を振り返り見たティグとサルアが机の上に崩れた。ハインリヒとターウェが上機嫌にハイタッチをかまし、その二人を笑顔で見つめていた。
「……? なんだよ、どうしたんだお前ら?」
明らかにおかしいその四人の態度に、疑いの視線を向けながら、空けてくれた席に腰を下ろすと適当にターウェが選んでくれたらしい昼食に手を合わせて、スプーンを手に取った。
目の前のターウェに昼食のお礼を言いながら、ミネストローネの具材を掬う。
ベーコンの塩気にトマトの旨味が程よく、にんじんがとても柔らかかった。
「ユノさんが戻ってくるか戻ってこないかを賭けてたんですよ」
「っ、ゴホッ……!?」
ミネストローネのスープの塩気が、直接鼻にきた。
幸いにもターウェにスープをかけることはなかったが、驚きながらも笑い出したターウェに布巾を差し出され、お礼を言うのもままならず口元を拭いた。鼻の奥が痛い。
布巾で口元を抑えながら項垂れているティグとサルアを見れば、二人して同じように頭を抱えていた。
「あぁぁぁあああ今月の俺の唯一の贅沢がっ……」
サルアがそう呟いたが、一体いくらを賭けたのか……。
つか仮にも騎士だろ。どうなんだよそれ……。
「ついでに負けた罰で今週の報告係、サルアにお願いしようか」
「えっ!? 嘘でしょっ!?」
「勿論ティグもね」
「えっ!!??」
笑いが収まったようでターウェがにこやかにそう指示すると、サルアとティグは同じような反応を返した。
一瞬安心したように胸を撫で下ろしたティグだが、残念ながらそれを見逃すターウェではない。
この報告係は王都の騎士団本部である、サザルへの定期報告の事である。
ちなみにこの仕事はターウェの仕事であるが人員の変更は可能であるため、ターウェはよく部下にローテーションでやらせていたりもする。これは非常時での報告で使用する水晶の扱いに慣れるためであり、また報告の訓練でもある。基本は報告書の雛形があるのでそれに沿った報告書を作成し、上官であるターウェが確認し、許可を出したものを必要事項のみ水晶で報告をあげる。
水晶での報告自体はさほど細かくはない。
紙媒体で内容を記録しているので、重要度や優先度によって水晶での報告はその都度変わってくる。特に問題がなければ、正直にその事を伝えるのだ。
そう、難しい仕事ではない。
ちなみにユノも時折やっている。
今日の報告となれば、シルメア国の聖騎士が主になるだろう。
丁度保護した時にはティグもサルアもいたので、報告書としては適任だろう。
事態の事後報告にはなってしまうが……まぁ、うん。サザルには頑張って貰おう。流石に国同士の話にはならないと思いたい、な……。
「つか俺を賭けのネタにすんなよ?」
当たり前だが、一応苦言を呈した。
呆れたようにため息をつきながら、狐色に焼けたバゲットの一切れに小型のハンバーグをフォークでさらに小さく千切り、ソースと共にのせる。口に含めばトマトの酸味ではなく、玉葱などの甘味が際立ったデミグラスソースだった。
だからこそミネストローネも野菜の甘味が強いのだろう。
美味しい。
ユノは口元を綻ばせながら黙々と食事を進め、そんなユノを微笑しながら見守るターウェにハインリヒにマルティカ。
ふと視線を上げたらそんな四人から視線を受けたので、ユノはスプーンを思わず口の寸前で止めて、わかりやすいように眉を動かして問いかける。
「すみません、気にしないでください先生」
「ゆっくり食べて下さい。じゃあ私は先に戻りますね」
ハインリヒが手を振ってそう答え、マルティカも同様に笑いながら器を持って席を立った。
背中を見せて歩こうとするマルティカにユノはスプーンを器に戻し、呼び止める。
「はい?」
「ありがとうな、ユーリのこと。それと知らせてくれたことも」
「__……いえ。お役に立てたのなら」
目を見張った後、何か解れたように笑ったマルティカ。
晴れやかな表情で頷くとそのままマルティカは食堂から出て行った。
ユノは自人族であるマルティカのその察知してくれた森のことを、改めて調査してみようと心の中で決定づけた。
「ターウェもありがとう。完全な私情で身内を保護しちまって……」
最後のバゲットの一口を口に入れ、食事が落ち着いた時。
ほっと一息つきながら、ユノはそうターウェに切り出した。
「いえ、気にしないで下さい。こちらとしてもシルメア国は友好国ですし、魔物の情報は有難いですから」
静かに首を振ったターウェに、ユノはそれでもと深く頭を下げて、話出しを考えるように視線を下げる。
「そう言って貰えると助かるよ。……今日の夜、仕事が終わったら部屋に来て貰ってもいいか?」
二つ返事が、間を置かずに聞こえた。
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