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しおりを挟む足を踏み込んだその部屋は先ほど感じた荒れ狂う風はなく、凪いだ風が静かにユノの髪を揺らす。
患者のプライバシーを慮って設置されたカーテンの向こうに、窓から差し込む光によってはっきりと浮かび上がる人の影があった。
半身だけを起こして、顔を両手で覆い項垂れているその姿。
……少しだけ、ただならぬ予感が胸中をよぎった。
ユノの背中を押す手が、微かに動き、停止した。
ただならぬその雰囲気に気付いたのか、ただ単に緊張しているのか。
医師が患者を前に立ち止まってはいけない、と思考をかぶりを振って払い、ユノは静かに彼に近付いた。
「ーー具合はどうだ」
シャッ、と軽くカーテンを開けて、その場に立ったまま様子を伺う。
するとピクリと動いたその体が、ゆっくりと顔を上げた。
綺麗な、若葉色の瞳が。
ゆるゆると見開かれていく。
その瞳の縁が淡く滲んでいるのがわかった。
「あな、たは……」
「ん、俺か? 俺は騎士団所属薬師、ユノだ。んでこいつが」
軽く自己紹介をし、いつまでも前に出てこない後ろのやつ、ユーリの腕を引っ張り出し、人差し指で指し示しながら言う。
「お前を拾った俺の妹弟子、ユーリだ」
「ちょっ!? えっ!?」
慌てたようにユノを仰ぎ見るユーリだが、残念なことにユノはどこ吹く風で、ベッドに近づいていく。
その間も見開かれた若葉色が、ユノが軽い診察のためにベッドの端に腰掛けると落ち着いたように、一度隠れた。表情に出さないようにユノは怪訝に思いながらも、彼の意識と怪我を診ようと彼の手を取り、軽く脈を測る。
「少し首元触るぞ」
「は、い」
「……ん、正常。ちょっと瞳見せてくれるか?」
トクン、トクン、と規則正しい鼓動。
呼吸も安定し、軽く彼の体を視るも毒の気配も、見逃したケガもなかった。そう、判断すれば今度はユノの言葉通りに目を開いた彼の目元に親指を置き、優しく皮膚を下げる。
怪我による出血があったため、貧血状態を確認したかったのだが、やはり問題ないようだった。
しかし油断は禁物。
増血剤を処方するか、と思考の隅で彼の薬と今後の診察計画を決めていく。
「見たところ平気そうだな。何か気になる感覚や痛みはあるか? 些細なことでもいい」
ふむ、と彼から手を離し、体勢を戻しながら視線を下げたままの彼に問う。
「……いえ、痛みも違和感もありません」
俯いたまま小さく頭を動かして、自身の手や腕を見ながら彼はそう言った。
少し感じてはいたが、真面目な性格らしい。
ふ、と口元に微笑みを浮かべながら、彼を保護したユーリへと顔を向ける。
「そうか。__だ、そうだぞユーリ」
「へぁっ!?」
しっかりと赤い瞳と視線を合わせてから静かに立ち上がり、ユーリの肩に手を置く。後は任せた!
そのまま部屋から出ようとしたがついニヤリと口角が上がってしまい、それをユーリはバッチリ見ていた。やべ。
肩に手を置いた意味とにやけ顔の意味が伝わったのか、変な声を上げて、扉へ向かうユノへと手を伸ばすユーリ。だがユノはヒョイ、と避けながら扉を開けて、閉める直前。
「お前担当な。宜しく~」
愛想よく笑いながら手を振り、歩き去るユノ。
ユーリの伸ばされた手は、ユノへ届くはずもなく。
「嘘だろそりゃないよ……」
バレているのはなんとなく理解していたが、まさかここまで協力的とは思わなかった、とユーリは内心想定外の事態に焦る。
いやだって。さっきまで暗雲出してたし……師兄、考えてること結構わかりにくいようで分かりやすいから。
赤面しそうな自分の顔を、力技で抑えつつ。深く息を吸って、背を向けていた彼へと向き直る。
見れば、彼はまだ視線を落としていた。
何か、思考の海に潜っているような、そんな雰囲気だ。
その思考を邪魔しないように静かに一歩、二歩と近づき、先ほどまで師兄・ユノが座っていたベッドの端に、ゆっくりと腰掛ける。座ったその軋みで、ユーリの存在に気づいた彼が、顔を上げる。
若葉色が遠い何かを見ているような、虚無を宿していた。
(あれ……アレが常じゃないんだ)
森で見た、強く苛烈な深緑の瞳。
とても、鮮烈だった。
普段は明るい若葉色の瞳の彼は、感情の昂りでその色を深く濃くするようだ。森で見た彼は、まさに静かに怒り狂う高潔な獣だった。
見惚れて、倒れ込んだ彼の目が開かないか、数分見つめて小さく声をかけるぐらいに、今までで一番美しいと思った。
意識を取り戻した彼は、どこか抜け殻のような人形みを帯びている。
あの鮮烈さは、見た時から感じていた“怒り”によるものだろうか。
では何に怒りを抱いている?
(……やっぱり、聖騎士ってのを加味してもきな臭さしかないな)
ユノも言っていた、彼の着ている制服についている紋章。
誠実と勤励を謳う彼の国は、近頃いい話を聞かない。というのも表面上はこれまでと変わりなく、信心深い国民性により争いとは縁が薄く、実に平和な治世である。しかしとある面から見た時、その表情は一変した。
その信心深さは以前より、シルメア国を代表する要素だが、とある情報筋からはその要素に“狂信”という呼び名がつき始めたという。
まぁ、まだ裏の取れていない、噂話に過ぎないが。
ただ。
ユーリは直感していた。
元国の暗部を生きたその経験が、囁く。
__それは真実であり、始まりであると。
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