薬師はひそやかに

涙希

文字の大きさ
30 / 30

29

しおりを挟む

 足を踏み込んだその部屋は先ほど感じた荒れ狂う風はなく、凪いだ風が静かにユノの髪を揺らす。

 患者のプライバシーを慮って設置されたカーテンの向こうに、窓から差し込む光によってはっきりと浮かび上がる人の影があった。
 半身だけを起こして、顔を両手で覆い項垂れているその姿。

 ……少しだけ、ただならぬ予感が胸中をよぎった。

 ユノの背中を押す手が、微かに動き、停止した。
 ただならぬその雰囲気に気付いたのか、ただ単に緊張しているのか。

 医師が患者を前に立ち止まってはいけない、と思考をかぶりを振って払い、ユノは静かに彼に近付いた。

「ーー具合はどうだ」

 シャッ、と軽くカーテンを開けて、その場に立ったまま様子を伺う。
 するとピクリと動いたその体が、ゆっくりと顔を上げた。

 綺麗な、若葉色の瞳が。
 ゆるゆると見開かれていく。
 その瞳の縁が淡く滲んでいるのがわかった。

「あな、たは……」
「ん、俺か? 俺は騎士団所属薬師、ユノだ。んでこいつが」

 軽く自己紹介をし、いつまでも前に出てこない後ろのやつ、ユーリの腕を引っ張り出し、人差し指で指し示しながら言う。

「お前を拾った俺の妹弟子、ユーリだ」
「ちょっ!? えっ!?」

 慌てたようにユノを仰ぎ見るユーリだが、残念なことにユノはどこ吹く風で、ベッドに近づいていく。
 その間も見開かれた若葉色が、ユノが軽い診察のためにベッドの端に腰掛けると落ち着いたように、一度隠れた。表情に出さないようにユノは怪訝に思いながらも、彼の意識と怪我を診ようと彼の手を取り、軽く脈を測る。

「少し首元触るぞ」
「は、い」
「……ん、正常。ちょっと瞳見せてくれるか?」

 トクン、トクン、と規則正しい鼓動。
 呼吸も安定し、軽く彼の体を視るも毒の気配も、見逃したケガもなかった。そう、判断すれば今度はユノの言葉通りに目を開いた彼の目元に親指を置き、優しく皮膚を下げる。
 怪我による出血があったため、貧血状態を確認したかったのだが、やはり問題ないようだった。
 しかし油断は禁物。
 増血剤を処方するか、と思考の隅で彼の薬と今後の診察計画を決めていく。

「見たところ平気そうだな。何か気になる感覚や痛みはあるか? 些細なことでもいい」

 ふむ、と彼から手を離し、体勢を戻しながら視線を下げたままの彼に問う。

「……いえ、痛みも違和感もありません」

 俯いたまま小さく頭を動かして、自身の手や腕を見ながら彼はそう言った。
 少し感じてはいたが、真面目な性格らしい。

 ふ、と口元に微笑みを浮かべながら、彼を保護したユーリへと顔を向ける。

「そうか。__だ、そうだぞユーリ」
「へぁっ!?」

 しっかりと赤い瞳と視線を合わせてから静かに立ち上がり、ユーリの肩に手を置く。後は任せた!
 そのまま部屋から出ようとしたがついニヤリと口角が上がってしまい、それをユーリはバッチリ見ていた。やべ。

 肩に手を置いた意味とにやけ顔の意味が伝わったのか、変な声を上げて、扉へ向かうユノへと手を伸ばすユーリ。だがユノはヒョイ、と避けながら扉を開けて、閉める直前。

「お前担当な。宜しく~」

 愛想よく笑いながら手を振り、歩き去るユノ。
 ユーリの伸ばされた手は、ユノへ届くはずもなく。

「嘘だろそりゃないよ……」

 バレているのはなんとなく理解していたが、まさかここまで協力的とは思わなかった、とユーリは内心想定外の事態に焦る。
 いやだって。さっきまで暗雲出してたし……師兄、考えてること結構わかりにくいようで分かりやすいから。

 赤面しそうな自分の顔を、力技で抑えつつ。深く息を吸って、背を向けていた彼へと向き直る。
 見れば、彼はまだ視線を落としていた。
 何か、思考の海に潜っているような、そんな雰囲気だ。

 その思考を邪魔しないように静かに一歩、二歩と近づき、先ほどまで師兄・ユノが座っていたベッドの端に、ゆっくりと腰掛ける。座ったその軋みで、ユーリの存在に気づいた彼が、顔を上げる。
 若葉色が遠い何かを見ているような、虚無を宿していた。

(あれ……アレが常じゃないんだ)

 森で見た、強く苛烈な深緑の瞳。

 とても、鮮烈だった。

 普段は明るい若葉色の瞳の彼は、感情の昂りでその色を深く濃くするようだ。森で見た彼は、まさに静かに怒り狂う高潔な獣だった。
 見惚れて、倒れ込んだ彼の目が開かないか、数分見つめて小さく声をかけるぐらいに、今までで一番美しいと思った。

 意識を取り戻した彼は、どこか抜け殻のような人形みを帯びている。
 あの鮮烈さは、見た時から感じていた“怒り”によるものだろうか。

 では何に怒りを抱いている?

(……やっぱり、聖騎士ってのを加味してもきな臭さしかないな)

 ユノも言っていた、彼の着ている制服についている紋章。
 誠実と勤励を謳う彼の国は、近頃いい話を聞かない。というのも表面上はこれまでと変わりなく、信心深い国民性により争いとは縁が薄く、実に平和な治世である。しかしとある面から見た時、その表情は一変した。

 その信心深さは以前より、シルメア国を代表する要素だが、とある情報筋からはその要素に“狂信”という呼び名がつき始めたという。

 まぁ、まだ裏の取れていない、噂話に過ぎないが。

 ただ。
 ユーリは直感していた。

 元国の暗部を生きたその経験が、囁く。

 __それは真実であり、始まりであると。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...