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「お腹空いていませんか? ここの宿の料理は絶品なんですよ」
隣で微笑む彼だけが唯一、今も私を忘れていないと確信出来る人物であった。

ご飯を食べ、寝て、祈りを捧げ。
たまに彼から本を貸してもらって時間を潰す。

城を出てから長い時間起きていることが出来なくなった。屋敷にいた頃も妙に眠い日が続くことがあった。疲れているのだろう。

気付いたら他の宿へと移動しているなんてことはよくあった。
気絶させられたのは初めの一回だけで、その他は私が寝ている間に移動しているらしかった。

何回宿を移動しても、追っ手が部屋へと辿り着く様子はない。
彼が上手く逃げているのか。ケウロス陛下が私を忘れてしまっているのか。はたまたばあやを手に入れたことで私なんてどうでも良くなったのか。

二人しか居ないこの部屋では正解が分からない。
かといって逃げ出すことは出来なかった。逃げて、彼からも忘れられてしまうことが怖かった。

だから毎日同じ問いを繰り返す。

「ねぇ、あなたは私を忘れないでくれるの?」
「忘れないと断言はできません。けど、忘れても俺はまたあなたの元に戻ってくる。俺はあなたを通してしか神を見つけることは出来ないのだから」
「お姉様じゃダメだったの?」
「メルリー=ゴルードフですか? 彼女も確かに、他の聖女よりも頭数個分抜けた才を持っているとは思います。あなたの双子なら、彼女もまた神の愛子なのかもしれません。けれど『才能』と言ってしまえばそれまでです。矛は使用者の努力でもっと高みに行くことができますが、盾はその物自体の強さが反映されますから」
「私は進化することが出来ないのね」
「あなたにとっての進化はおそらく、守る範囲を広げることでしょう。年を重ね、交流が増えれば今よりもっと多くの存在を守れるようになる。そう考えるとメルリー=ゴルードフはあなたが成長するまでの間、あなたを守るための矛だったとも言えます。同時にあなたの能力の庇護下にもあるため、彼女は比較的安全を保った状態で力を発揮することができる。あなたが成長すれば精度は上がり、彼女はさらなる高みに上る」

お姉様はもう十分強くなった。私がいなくても守ってくれる人はいる。
今回、離れたことがきっかけで、お姉様にとって私は不要な存在になるかもしれない。

お姉様は優しいからそんなことは言わないだろう。本心から大事な妹だと言ってくれるかもしれない。

けれど能力的な意味では役に立たなくなる。
私に役目がなくなっても今までのように歓迎してくれるだろうか。成長しきったからいらないと放り出したりはしないだろうか。

「国に帰った時、誰も歓迎してくれなかったら私は彼らの記憶から消えてなくなるのかしら」

いらないとさえ言われなかったら。

怯える私に、彼は新聞を持ってきてくれた。あの日、私達が城から出た日の新聞から数十日分。おそらく今日の日付のものまで全て集めてくれたのだろう。
起きている時間、本の代わりにそれを読むのが私の日課となった。


城を出たちょうど一週間後の新聞には、北の大聖女が見つかったことが大々的に報じられていた。

記事に乗せられた写真に写っていたのはやはりばあやで。以降、新聞ではずっとばあやの話題ばかり。

ばあやはゴルードフ伯爵家の使用人を辞め、教会で多くの聖女や神官をまとめているそうだ。一緒にお姉様のことが書かれていることもあるが、私に触れている記事は一つもない。


やはり忘れられてしまっているのかもしれない。
この生活が始まってすぐに心配しないでほしいと家族に手紙を出したが、それがきっかけで忘れられてしまったのか。

彼の話によれば記憶以外にも、私のことを記したメモも消えるそうだから、記憶が消えればアルバムも消える。

全てなかったことになる。
それこそ神が与えてくれた最強の自衛方法。

帝国を出てから、私は歌うことをやめた。
彼と共に毎日祈りだけを捧げている。
私を通して神を見ている彼と過ごすのは楽だった。期待もされていないので、失望されることもない。

二人でいても陛下に抱いたような感情などは芽生えず、ただただ不思議な親しみだけが沸いていく。

それは初めて教会を訪れた日の感覚とよく似ている。
人に抱く感情としてはどこかおかしなそれを、彼は当然のように受け入れてくれた。
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