ジゼルの錬金飴

斯波/斯波良久

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4章

12.置物と独占欲

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「なにつくるのぉ?」
「蓄光ガラスの置物。前から悩んでた瓶と交換するアイテムも、あの人の反応がよさそうならこれで確定でいいかなって思ってる」

 以前王子の依頼で作ったガラスをベースし、クズ魔石と夜行花の花弁で作った染料でコーティングする。朝昼と日の光の下に置いておくと光を吸収し、暗いところで光るという寸法だ。

 といっても染料がはげると効果も落ちてくる。
 錬金ランプよりも使用期間は長めとはいえ、徐々に溜められる光の量は減り、最終的には使えなくなるので注意が必要だ。

 だが事前に伝えておけばいいだけで、大きなマイナスにはならない。

「ちっこー?」
「光を溜めておけるガラスのことだよ。それでデザインは」

 まだ決まっていない、と続けようとしたところに、ドランの声が被った。

「花、だよな……。この前の朝光花、すごい綺麗だった。ずっと見ていたいと思うくらい」
「花にはしない。ドランがあんなに喜んでくれたものを他の人に渡すのは嫌だから。私にとっても特別なものだし」

 真っ直ぐと見つめ、否定する。ドランの顔がみるみる赤くなっていく。そこで恥ずかしいことを言ったと自覚した。ジゼルも釣られて赤くなって行く。

「じぜるもどらんもおかおまっかっかぁ」
 たーちゃんは口元を押さえ、ふふふと笑う。ジゼルはますます恥ずかしくなって、たーちゃんを抱き上げた。

「違う、深い意味はないから。えっと、花以外を作るのは違わないんだけど……」
「よかった……そっか、俺だけか」

 ドランは両手で顔を覆いながら「はぁ……よかった……」とため息のように溢す。

「そんなにあの花、気に入ってるの?」
「花っていうか、ジゼルが俺との思い出を形にしてくれたことが嬉しくて。他の男にもやるのかと思ったら、なんかもやっとして。そんな気持ちになるの、おかしいって分かってるんだけどさ。なんとなく嫌で……」
「私も! 私もドランと同じ気持ちなんだ!」

 ドランの言葉にここぞとばかりに乗っかった。少しズルいが、今を逃す手はないと思った。だがドランはフルフルと首を横に振る。

「俺のは独占欲だ。心のどこかでジゼルの行動を制限したいという気持ちがあって……」
「ドランのが独占欲なら私のだってそうだよ」
「違うだろ」

 そっけなく否定され、胸がチクリと痛む。けれどこの痛みは、随分と長いこと目を背けてきた想いを自覚したから得られたものだ。

 痛いけれど、ドランが与えてくれたものだと思うと辛くも何ともない。
 ここで引いたらダメだ。小さく息を吸い込み、一気に攻め込む。

「私だってドランが他の子と雪解け祭りに行って、そのお土産を渡されたら面白くないなって思う」
「買い物程度でも?」
「私を誘ってくれればいいのに、って思う。あのね、こんなこと今さら言われても迷惑かもしれないけど、私、ドランのことが好きだよ。友達としてじゃなくて、その……ずっと一緒にいたいっていう意味で」

 ああ、恥ずかしい。身体中の体温が顔に集結しているんじゃないかと思うほど。

 こんな顔の自分を見てほしくないけど、ドランの反応は見逃したくなくて。一緒の気持ちだと言ってほしくて、グッと堪えて彼を見つめる。

「ドランは、私とは違うの?」
「違わない、のか?」
「おんなじだとおもうなぁ」
「同じだったら嬉しいんだけど、でも違うっていうなら私……」

 諦めるから。ドランに迷惑はかけないから。友人としてもいいから側にいてほしい。

 続けようと思ったいくつもの言葉はかき消された。
 ドランにギュッと抱きしめられ、身動きが取れなくなる。彼の顔もよく見えない。

「違わない! 違わないから!」
「無理しなくても大丈夫だよ?」
「無理なんてしてない! ジゼルが俺の番になってくれるなら、それ以上に幸せことはない! そうだ、巣。巣を作らないと」

 恋人になるのが先じゃないかと突っ込みたいところだが、些細な問題なのだろう。精々小さな段差が一段あるくらいなものだ。それ以上に気になるところがある。

「巣って何?」
「俺、巣作りは初めてだけど、材料確保の伝手はあるし、修復程度なら何度もやってる。きっとジゼルが安心できる巣を作ってみせるから!」

 引き離された時に見えたドランの顔は、今まで見た中で一番輝いていた。彼の言葉には何一つの嘘もないのだと信じられる。

 いい笑顔で去っていくドランを見送ると、残っていたわずかな力も抜けてしまった。ぼおっとした頭で天井を見上げる。

 しばらくそうしていたと思う。
 横からたーちゃんがゆっさゆっさと腕を揺らさなければ何刻だって。

「ねぇ、じぜる」
「なあに?」
「ちっこーガラスはどんなかたちにするの?」
「たーちゃん、切り替え早いね」

 ジゼルとしてはかなり思い切った告白だったのだが、ドランもたーちゃんも妙にアッサリとしている。

 初めて恋を自覚したジゼルが知らないだけで、告白ってこんな感じのものなのだろうか。こんなに気を張る必要なんてなかったのかもしれない。

「どらんはずうううっとじぜるのことだいすきで~、じぜるもずっとどらんだいすきだったよぉ? おかみさんもおじちゃんもしってた」
「そ、そっか」

 つまり気づいていなかったのはジゼル本人と親父さんだけだった、と。

 なんだか複雑な気分だが、周りの人達に支えられてきたのは確かだ。きっとこれからも。支えられた分、頑張ってジゼルも恩返しをしなければ。

「それよりたーちゃんはねぇ、あめのかたちがいいとおもう。みんなじぜるのあめすきだから」

 こういうやつ、と言いながら、たーちゃんは錬金飴に変身する。ドラゴンに作っている飴よりもやや大きめ。サイズ感はジゼルの錬金釜でも作れるもの。

 今まで思い描いた何よりもしっくりとハマっている。

「錬金飴を買ってくれた人に渡すんだから、変に考えなくてよかったのか……。たーちゃん、ありがとう」
「たーちゃんもぉ、ちっこーがらすのあめほしいなぁ~」
「試作品一号はたーちゃんにあげるね。ドランもいるかな?」
「どらんはおはなもってるからいらないとおもう」
「じゃあさっきの人とたーちゃんと、宿に置く用の三つ作ろうかな」

 大きさとデザインは決まった。材料について考える。

 手持ちに夜光花もクズ魔石もないので買い出しに行かなければならない。女将さんに断って、冒険者ギルドに行かなければ。

 話し合いの最中は机の下に避けてあったトレイにカップを乗せ、部屋を出る。

 けれどついてくると思ったたーちゃんは、部屋の中で何やら悩んでいる様子。
 問題は解決したと思ったのだが、たーちゃんの中ではまだ引っかかることがあるのだろうか。

「たーちゃん?」
「よっつぅ」
「え?」
「きょうはこなかったけど、きっとほしがるからぁ」
「それって妹さんのこと?」
「あんまりすきじゃないけどぉ、かわいそうなのはよくないかなぁって。たーちゃんやさしいから」

 確かに妹の方もランプを求めていた。
 時計依頼の圧のほうが強くてすっかりと忘れていた。でもそうか、可哀想か。彼女にもまたいろんな事情があったのかもしれない。

 そこまで考えてあげられるなんて、たーちゃんは優しいタヌキだ。

「優しいたーちゃんには、買い物の帰りに何か買ってあげようか。何がいい?」
「いいのぉ⁉︎  なににしよ~かなぁ」

 たーちゃんはご機嫌でトトトと駆け出した。
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