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4章
11.正体は謎のまま
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「分かってくれたか? まだ必要ならここ数ヶ月の俺の睡眠データを数値化したものを……」
「嫌というほど理解した」
「たーちゃん、ねむくなってきちゃったぁ」
「あなたの強い思いと希望は受け取りました。その上で再度検討させていただきましたが、やはりあなたの欲するようなランプを作ることは難しいです。本格的なランプが欲しいのであれば、以前お伝えしたように、専門の職人さんか他の錬金術師にご依頼ください」
「そんな……」
「ただ……」
「ただ?」
「条件に合致しそうなアイテムに心当たりはあります」
本格的なライトは難しいが、蓄光ガラスなら話は別だ。
ドラン達と一緒に見た朝光花の仲間である夜光花を材料に練り込めば、光を溜め込むガラスを作ることができる。
いつものガラス作りに一手間かける形にはなる。だが目の前の男に渡す品としてだけではなく、瓶との交換品として採用するのであれば、そのくらいは想定内だ。
形は……と考えて、ふと数日前のドランの顔が浮かんだ。顔を真っ赤にする彼を思い出し、速攻で選択肢から『花』を削る。
具体的な形が浮かんだわけではないが、花だけはダメだ。
「疲労回復の錬金飴のことか? あれなら少しは楽になるが、安眠できるというほどでは……」
「いえ、また別のものを用意するつもりです」
錬金飴の購入者でもあったのか。
人数も増え、全員分覚えているわけではないが、少なくともその中に王家の名前はない。
やはり王宮仕えの貴族なのだろう。目の前の男が王族の一人だと思いたくないジゼルはその可能性で進めていく。
若く見えるのに、睡眠に不安を抱えているとはさぞかし大変な仕事に違いない。
「眠れるのであれば何だって構わない! いくらだ。いくら払えばいい!?」
「物を見てから購入するかどうか決めてください。あと、お支払いは現物でお願いします」
交換という形を取る予定なので、今回も商業ギルドには登録をしない。目の前の相手を信用はしていないが、お金で払われては困るのだ。
ドワーフとのやり取りを知っているドランとたーちゃんはジゼルの意図を正確に汲み取ってくれる。だが男は何か勘違いしたらしい。
「なるほど。相応の対価を求めるという訳だな。これもまた一つの試練……いいだろう。ジゼルのランプを手に入れるためならどんなものでも用意してみせよう」
悪魔と取引をする時のセリフのような言葉を吐く。だがジゼルはただの錬金術師で、作るのは少し変わったガラスである。怪しい品でも何でもない。
「では夜光花の花弁を二十枚とクズ魔石を木箱にいっぱいお願いします」
「は?」
「クズ魔石は冒険者ギルドに行けば売ってくれますし、夜光花も調薬素材として一般的なものなので市場か薬屋に行けば並んでいるかなと」
どちらもガラス作りに使っている材料に追加する素材だ。一個分だけ用意してもらうのも……と思い、少し多めに頼んだ。大きさや形にもよるが、十個は作れるはずだ。完成したら宿のカウンターにも飾ってもらおう。
「ちょっと待ってくれ。そんなのでいいのか⁉︎ 珍しい宝石でも魔導書でも何でも用意する覚悟で!」
「宝石も魔道書も、私は使わないので……」
錬金術師の中には宝石を用いる者もいると聞くが、ジゼルの作るものはクズ魔石でこと足りる。
クズ魔石は大きさが規格よりも小さかったり、傷がついていたりなどの理由から、非常に安い価格で取引されている。木箱にいっぱい買っても最小サイズの魔石よりも少し高い程度。
冒険者ギルドでも持て余し気味であるため、新人が多い時期はそこからさらに安く買える。
釜に入れて煮込んでしまえば大きさも傷も関係ないので、魔石を必要とする際はいつもクズ魔石を大量に購入しているのだ。
「それでアイテムについてなのですが、これから作ることになるので、三日ほどお時間頂ければと思います。ご都合のいい日に確認にいらっしゃってください」
「……分かった。三日後の朝に来る」
「はい。お待ちしております」
そう締めくくると、男はお茶をグイッと煽った。あれだけ話せば喉も渇くだろう。
たーちゃんもお茶をごくごくと飲み始めた。ドランにも警戒の色はない。
面倒で厄介な客だが、今の彼はまるで憑き物が取れたかのよう。
邪魔したな、と小さく呟いて帰っていった。
見送りは不要とのことで、玄関先でペコリと頭を下げてからすぐに部屋へと戻る。
そしてそのままソファにへたり込んだ。ジゼルの体力はすでに限界を迎えていた。
「はぁ……」
「おつかれじぜるぅ。おちゃどうぞ~」
「ありがとう、たーちゃん」
すっかり冷めてしまったお茶を受け取り、喉と心を癒す。
がんばったねぇと褒めてくれるたーちゃんとは違い、ドランは心配そうな目で見つめてくる。
「ジゼルはあれでよかったのか? 結局あいつのペースに飲まれたように思うんだが」
「落としどころとしてはこのあたりかなって。またあんなの長々と聞かされたら今度こそ寝る」
「俺もそうだけど……」
「多分悪い人ではないんだと思うんだ。眠さで正常な判断が鈍っているだけで。あと、あんまり長引かせてる深入りしたくないというか……」
「なぁさっきのってもしかして」
「深く考えないでおこう」
「……そうだな」
妹がいないからタガが外れたというよりも、限界が近づいてきているように見えた。テンションが安定しないのもおそらくそのせい。
大きめの依頼をこなした後の錬金術師の様子と酷似している。一日でも早く休まないとダメだ。ランプを探してもらうのはその後でも遅くはない。
「嫌というほど理解した」
「たーちゃん、ねむくなってきちゃったぁ」
「あなたの強い思いと希望は受け取りました。その上で再度検討させていただきましたが、やはりあなたの欲するようなランプを作ることは難しいです。本格的なランプが欲しいのであれば、以前お伝えしたように、専門の職人さんか他の錬金術師にご依頼ください」
「そんな……」
「ただ……」
「ただ?」
「条件に合致しそうなアイテムに心当たりはあります」
本格的なライトは難しいが、蓄光ガラスなら話は別だ。
ドラン達と一緒に見た朝光花の仲間である夜光花を材料に練り込めば、光を溜め込むガラスを作ることができる。
いつものガラス作りに一手間かける形にはなる。だが目の前の男に渡す品としてだけではなく、瓶との交換品として採用するのであれば、そのくらいは想定内だ。
形は……と考えて、ふと数日前のドランの顔が浮かんだ。顔を真っ赤にする彼を思い出し、速攻で選択肢から『花』を削る。
具体的な形が浮かんだわけではないが、花だけはダメだ。
「疲労回復の錬金飴のことか? あれなら少しは楽になるが、安眠できるというほどでは……」
「いえ、また別のものを用意するつもりです」
錬金飴の購入者でもあったのか。
人数も増え、全員分覚えているわけではないが、少なくともその中に王家の名前はない。
やはり王宮仕えの貴族なのだろう。目の前の男が王族の一人だと思いたくないジゼルはその可能性で進めていく。
若く見えるのに、睡眠に不安を抱えているとはさぞかし大変な仕事に違いない。
「眠れるのであれば何だって構わない! いくらだ。いくら払えばいい!?」
「物を見てから購入するかどうか決めてください。あと、お支払いは現物でお願いします」
交換という形を取る予定なので、今回も商業ギルドには登録をしない。目の前の相手を信用はしていないが、お金で払われては困るのだ。
ドワーフとのやり取りを知っているドランとたーちゃんはジゼルの意図を正確に汲み取ってくれる。だが男は何か勘違いしたらしい。
「なるほど。相応の対価を求めるという訳だな。これもまた一つの試練……いいだろう。ジゼルのランプを手に入れるためならどんなものでも用意してみせよう」
悪魔と取引をする時のセリフのような言葉を吐く。だがジゼルはただの錬金術師で、作るのは少し変わったガラスである。怪しい品でも何でもない。
「では夜光花の花弁を二十枚とクズ魔石を木箱にいっぱいお願いします」
「は?」
「クズ魔石は冒険者ギルドに行けば売ってくれますし、夜光花も調薬素材として一般的なものなので市場か薬屋に行けば並んでいるかなと」
どちらもガラス作りに使っている材料に追加する素材だ。一個分だけ用意してもらうのも……と思い、少し多めに頼んだ。大きさや形にもよるが、十個は作れるはずだ。完成したら宿のカウンターにも飾ってもらおう。
「ちょっと待ってくれ。そんなのでいいのか⁉︎ 珍しい宝石でも魔導書でも何でも用意する覚悟で!」
「宝石も魔道書も、私は使わないので……」
錬金術師の中には宝石を用いる者もいると聞くが、ジゼルの作るものはクズ魔石でこと足りる。
クズ魔石は大きさが規格よりも小さかったり、傷がついていたりなどの理由から、非常に安い価格で取引されている。木箱にいっぱい買っても最小サイズの魔石よりも少し高い程度。
冒険者ギルドでも持て余し気味であるため、新人が多い時期はそこからさらに安く買える。
釜に入れて煮込んでしまえば大きさも傷も関係ないので、魔石を必要とする際はいつもクズ魔石を大量に購入しているのだ。
「それでアイテムについてなのですが、これから作ることになるので、三日ほどお時間頂ければと思います。ご都合のいい日に確認にいらっしゃってください」
「……分かった。三日後の朝に来る」
「はい。お待ちしております」
そう締めくくると、男はお茶をグイッと煽った。あれだけ話せば喉も渇くだろう。
たーちゃんもお茶をごくごくと飲み始めた。ドランにも警戒の色はない。
面倒で厄介な客だが、今の彼はまるで憑き物が取れたかのよう。
邪魔したな、と小さく呟いて帰っていった。
見送りは不要とのことで、玄関先でペコリと頭を下げてからすぐに部屋へと戻る。
そしてそのままソファにへたり込んだ。ジゼルの体力はすでに限界を迎えていた。
「はぁ……」
「おつかれじぜるぅ。おちゃどうぞ~」
「ありがとう、たーちゃん」
すっかり冷めてしまったお茶を受け取り、喉と心を癒す。
がんばったねぇと褒めてくれるたーちゃんとは違い、ドランは心配そうな目で見つめてくる。
「ジゼルはあれでよかったのか? 結局あいつのペースに飲まれたように思うんだが」
「落としどころとしてはこのあたりかなって。またあんなの長々と聞かされたら今度こそ寝る」
「俺もそうだけど……」
「多分悪い人ではないんだと思うんだ。眠さで正常な判断が鈍っているだけで。あと、あんまり長引かせてる深入りしたくないというか……」
「なぁさっきのってもしかして」
「深く考えないでおこう」
「……そうだな」
妹がいないからタガが外れたというよりも、限界が近づいてきているように見えた。テンションが安定しないのもおそらくそのせい。
大きめの依頼をこなした後の錬金術師の様子と酷似している。一日でも早く休まないとダメだ。ランプを探してもらうのはその後でも遅くはない。
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