王子をテイムした悪役令嬢【連載版】

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真夜中の恐怖体験

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 母のゼンマイ人形化にビクビクと怯えていた私だが、何度も現場に居合わせれば慣れるものである。
 真面目に家庭教師から勉強を習えば窓の外からこちらをガン見する母と目が合い、暇つぶしに部屋でブラックホールを布の上に作っていればドアの隙間から覗き込む母と目が合う。

 誰かひえっと声をあげなかった私を褒めて欲しい。
 せめてドアをノックするなり、声をかけてくれと思うものの、母はこちらを見つめるだけ。たまに父が混ざるが、やはり声をかけられることはない。

 なんなんだ、この夫婦。
 無関心期を突破したのだろうか?
 会話のない日々が長すぎて、何を話して良いのか分からないとか?

 意味が分からない。謎は深まるばかりだ。
 今日も今日とて無言の夕食で『野菜最高!』と感動しながらニンジンのバターソテーを頬張った。

 その夜のことだった。
 夜中に妙に喉が乾いた私はベッドサイドに手を伸ばす。けれどそこに水差しは置かれていなかった。

「ぶつけて水を零した時に置くなって怒ったんだった……」
 ちなみにぶつかったのはアドリエンヌの不注意なので完全な八つ当たりである。
 ふわあと大きなあくびをしながらキッチンを目指すことにした。

 どうせ起きたならトイレも済ませとくか……。
 眠い目を擦りながら、先にお手洗いに向かうことにした私はとある部屋から光がこぼれているのを見つけた。
「誰の部屋だろう?」
 こんな遅くまで起きているとは……。

 使用人の誰かの部屋だったっけ?
 ちょうどいい。トイレに行く前に水を用意してくれと頼むことにしよう。
 顔を出そうとした私は隙間から見てしまったのだーー両親がお互いの両手を掴みながらくるくると回っている姿を。

 足なんかちょっとスキップ気味ではしゃいでいるのがよく分かるのだが、この二人、無表情なのだ。
 口角が全く上がることはない。

 能面でも顔に張り付けているのでは? と思うほどつるっつる。
 感情一つ見えない。

 ゼンマイ人形事件など序の口だったようだ。
 あまりの恐怖に、私は喉の乾きを忘れて顔を引っ込める。けれどその場から立ち去ることはせず、耳をそばだてる。

「アドリエンヌが真面目に勉強するなんて。その上、大嫌いだった野菜も取り始めて……うちの子はどれだけ努力家なんだ。ただでさえあんなに可愛いのに、さらに高みに昇ろうとは、神より遣わされた子なのではないだろうか?」
「変わったのは王家のお茶会に参加してからです。お友達が出来たのかも知れませんわ。それにしてもラゴンに興味があるご令嬢とは一体どこの家の方なんでしょう?」
「探しているのだが、なかなか見つからない。是非挨拶をしたいのだが……」
「ドラゴンは国によっても扱いがまるで違いますし、変なことに巻き込まれることを恐れて隠しているのかもしれませんわね」
「だがなんにせよ、お茶会に参加させたのは成功だったな。うちの子にもやっとお友達が出来た。可愛すぎて近寄りがたいと感じるのは仕方のないことだろうが、アドリエンヌもいつまでもお友達が出来ないのは寂しいだろう」
「もしかしたら王子様に恋をしたのかもしれませんわよ?」
「フレインボルド王子に??」
「ええ。年頃の女の子が自らを変えようと努力をしているのです。恋をしていても不思議ではありませんわ」
「まだ後数年は婚約者などいらないと思っていたが、アドリエンヌが望むのなら……」
「きっと王子様も天使のように可愛いアドリエンヌのことを気に入ってくれますわ」
「そうだな。なにせお茶会に参加するアドリエンヌはあの子の可愛さを十二分に発揮するドレスを着ているのだから」
「後何度開催されるかは分かりませんが、途中で足りなくなったなんてことのないようにしなくては」
「そうだな。ならば今から早速」
「ええ」

 この恐ろしい会話の全てが無表情でお送りされている。
 なにが恐ろしいって、娘に全く愛情が伝わっていないことはもちろん、あのドレスを可愛いと思っていることだ。

 まさかの悪意ゼロ。
 私の両親は壊滅的に表情筋が死んでいるだけではなく、センスまでも死滅していたらしい。どこからか取り出した紙にスケッチを行う二人の表情からはやはり感情を読み取ることは出来ない。だが至極真面目に取り組んでくれているのだと思う。

 物凄い勘違いを加速させると共に、王子様に引かれるドレスを製作しているが。
 まぁ……うん。別に何が何でも王子様の婚約者にさせたいとか、政治の駒として使うために変なドレスを着せられているとかじゃなければいいか。

 アドリエンヌがずっと欲していた親からの愛情はずっと近くにあったようだ。
 それどころかかなり溺愛されている。婚約者がいない理由も溺愛故って……想像できるはずもない。

 次はともかく、その次辺りからヤバいドレスが運ばれてきそうだが、我慢出来なくはない。というかこんな会話を聞いて断れるほど私は図太くない。断ったら後が面倒くさそうだ。

 出来る事と言えば、屋敷内では地味な服装を心がけ、二人にもそれとなく私の好みを知ってもらうことくらいだろう。

 あの視線の意味が「あんな地味な服似合わない。やっぱりピンクがいい」なんてものじゃないことを祈りながら。



「帰りはまた迎えにくる」
「はい」
 恐怖の壊滅センス事件から数日が経ち、私は再び王城を訪れている。

 あれ以降もやはり会話らしい会話はないものの、行動の端々に彼らの関心を感じることが出来るようになった。この送り迎えも父なりの愛情なのだろう。

 仕事の合間を縫って付いてくるくらいだったら普通に会話してくれと思うが、それも何かしらの理由があるのだろう。
 表情が無か眉に皺を寄せるの二択しかない父に、あの夜に母としていたような話を切り出されても困る。

 いきなり『愛らしい我が娘』だの『アドリエンヌは天使だ』なんて言われた所で恐怖でしかない。
 距離を詰めるのは追々でいいだろう。
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