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「美味しい?」
「ええ、とっても」
アンナは今日もエイリーフに舐められていた。それもエイリーフの膝の上に座った状態で。
学園に入学してからの彼のお気に入りは首筋で、抱きかかえた状態からの方が舐めやすいらしい。馬車の中では危ないからと断ったが、代わりに舐められる回数が増えてしまった。
学園内でも基本的に彼がアンナの側から離れることはない。登下校も彼の馬車で。放課後はエイリーフの部屋に寄り、お茶をしてから送ってもらうというルートが出来てしまった。
それでも男女別の授業は離れざるを得ない。週に何度もないのだが、離れる時、エイリーフは捨てられた子犬のような目をするのだ。そして必ずアンナを抱きしめてから授業へと向かう。もちろん再会のハグもセットとなっている。
溺愛の噂はますます加速していく。
アンナもこの生活に慣れつつあった。
そんなある日のこと。
エイリーフの元に一枚の手紙が届いた。学園の封筒に入ったそれを見た途端、彼は眉間に皺を寄せた。そしてあろうことかそれを摘まみ、暖炉の火にかけようとしたのである。
「エイリーフ様、それは大切な手紙では」
アンナが指摘すると、泣きそうな目を向ける。彼は中身を見ずともどんな内容か知っているようだった。知っていて、強く拒絶する。
「こんな手紙いらない」
「ですが」
「アンナと離れたくない……」
「え?」
なんとか説得し、中身の確認をして、ようやく彼の言葉の意味を理解した。
それは生徒会長指名について書かれた手紙だったのだ。生徒会役員は爵位や寄付金、成績などを基準に選考される。一年生で選ばれることは珍しく、選ばれても庶務か書記であると決まっていた。
だがエイリーフが選ばれたのは生徒会長。生徒会長は学園の看板。王子であっても成績に問題があれば選ばれることはない。それも打診ではなく指名。つまりほぼ確定しているのである。よほどの理由がなければ断れない。
「アンナも入るならいい」
「私は無理ですよ」
全てがほどほど。打診の手紙すら来ていない。送られてくるとも思っていない。エイリーフとは立場がまるで違う。
エイリーフはアンナを抱きしめながら、首元に顔を埋める。舐めることもせず、何度も何度も「離れたくない」と繰り返す。よほど嫌なのだろう。だがアンナにはどうしようも出来ないのだ。
「お仕事が終わるまで待ちますから。ね?」
「……なんで、僕ばっかり」
泣きそうな声でそう呟いた。けれど言葉を続けることはなく、短く息を吐いた。そしてペロリとアンナの首元を舐めた。
エイリーフが生徒会長になったのは翌日のことだった。
彼の部屋で過ごしていた時間はそっくりそのまま学園の図書館での勉強時間へと変わった。舐められる回数も減った。だがアンナの成績はぐんぐんと伸びていた。
「ここがこうなるのか。なるほどなるほど」
なにせ毎日図書館で予習復習を繰り返しているのだ。課題を片付ける時間だって十分にある。こんなに時間があるなら今期の授業をもっと詰めれば良かったと思うほど。
困りごとがあるとすれば、エイリーフが離れたことで令嬢達が集まるようになったこと。
「今日もエイリーフ様をお待ちになっているのね」
「仲がよろしいことで」
「羨ましいわぁ」
「いつもご一緒ですものね」
それもエイリーフがアンナを溺愛しているという噂を信じている令嬢ばかり。まるでアンナを守るかのように毎日代わる代わる放課後の図書館へと足を運んでくるのである。話に花を咲かせたり、本を読んで過ごしたり。途中で入れ替わることもあるけれど、エイリーフが来るまで必ず一人はアンナの隣に座っている。
二人の仲をよく思わない令嬢も多いと思うが、彼女達のおかげで直接何か言われるようなことはない。
「アンナ!」
今日もエイリーフが来るとすぐ、スススッと去っていく。二人きりになった図書館で、エイリーフはアンナを抱きしめた。そして耳元で囁く。
「あっちに空いてる部屋があるんだ。行こう」
手を引かれ、近くの空き部屋へと移動する。エイリーフは椅子に腰掛け、アンナへと両手を伸ばす。彼の部屋でされていたのと同じだ。アンナは大人しく彼の膝の上に座る。そして首を舐められた。
「アンナ……」
まるで会えなった時の分まで舐めとるかのようにしつこく肌をなぞるのだ。生温かい息が触れ、くすぐったさに身を縮める。けれど今日はそれだけではなかった。
「一緒に城に帰りたい」
ポツリと言葉を漏らす。生徒会に入りたくないと、アンナと離れたくないと言った時と同じだ。アンナの肩に置かれた彼の頭を撫でる。
「私は待っていますから」
何があったのかは分からない。知ったところで、エイリーフが拒めないものをアンナがどうにかすることは出来ない。無責任な言葉だ。それでもアンナには励ますことしか出来なくて、よしよしと撫でる。サラサラとした髪の触り心地がいい。
「エイリーフ様はヴェールズの冒険という小説をご存知ですか? 先日、久しぶりに読んだら面白くて」
幼い頃、お茶会で出会った男の子が教えてくれたのだ。エリックという名の男の子である。彼がアンナの初恋だった。
その頃は家名を聞くという考えがなかった。父に聞けばすぐにわかると思っていた。
お茶会から帰ってすぐ、父にエリックのことを話したのだ。一人でいたからきっと婚約者はいないだろうと。父は相手も同じくらいの身分だったら婚約を打診しようかと言ってくれた。
エリックから教えてもらった本を父に買ってもらい、本を読みながら、もう一度彼と会える日を思い描いた。それから父は熱心に探してくれたが、エリックは何ヶ月経っても見つからなかった。
そうして違う人と婚約を結んだ。彼と婚約を結んでから、エリックのことは忘れたくて、教えてもらった本は片付けてしまっていた。
学園の図書館に通うようになってから、懐かしくなって物置から取り出してもらったのだ。
あの後、その本は男の子達の間で人気があると聞いた。エイリーフも読んだことがあるのではないかと思ったのだ。知らなくても私が面白さを伝えれば、あの日のお茶会のアンナのように楽しい気分になれるのではないかと。
「ええ、とっても」
アンナは今日もエイリーフに舐められていた。それもエイリーフの膝の上に座った状態で。
学園に入学してからの彼のお気に入りは首筋で、抱きかかえた状態からの方が舐めやすいらしい。馬車の中では危ないからと断ったが、代わりに舐められる回数が増えてしまった。
学園内でも基本的に彼がアンナの側から離れることはない。登下校も彼の馬車で。放課後はエイリーフの部屋に寄り、お茶をしてから送ってもらうというルートが出来てしまった。
それでも男女別の授業は離れざるを得ない。週に何度もないのだが、離れる時、エイリーフは捨てられた子犬のような目をするのだ。そして必ずアンナを抱きしめてから授業へと向かう。もちろん再会のハグもセットとなっている。
溺愛の噂はますます加速していく。
アンナもこの生活に慣れつつあった。
そんなある日のこと。
エイリーフの元に一枚の手紙が届いた。学園の封筒に入ったそれを見た途端、彼は眉間に皺を寄せた。そしてあろうことかそれを摘まみ、暖炉の火にかけようとしたのである。
「エイリーフ様、それは大切な手紙では」
アンナが指摘すると、泣きそうな目を向ける。彼は中身を見ずともどんな内容か知っているようだった。知っていて、強く拒絶する。
「こんな手紙いらない」
「ですが」
「アンナと離れたくない……」
「え?」
なんとか説得し、中身の確認をして、ようやく彼の言葉の意味を理解した。
それは生徒会長指名について書かれた手紙だったのだ。生徒会役員は爵位や寄付金、成績などを基準に選考される。一年生で選ばれることは珍しく、選ばれても庶務か書記であると決まっていた。
だがエイリーフが選ばれたのは生徒会長。生徒会長は学園の看板。王子であっても成績に問題があれば選ばれることはない。それも打診ではなく指名。つまりほぼ確定しているのである。よほどの理由がなければ断れない。
「アンナも入るならいい」
「私は無理ですよ」
全てがほどほど。打診の手紙すら来ていない。送られてくるとも思っていない。エイリーフとは立場がまるで違う。
エイリーフはアンナを抱きしめながら、首元に顔を埋める。舐めることもせず、何度も何度も「離れたくない」と繰り返す。よほど嫌なのだろう。だがアンナにはどうしようも出来ないのだ。
「お仕事が終わるまで待ちますから。ね?」
「……なんで、僕ばっかり」
泣きそうな声でそう呟いた。けれど言葉を続けることはなく、短く息を吐いた。そしてペロリとアンナの首元を舐めた。
エイリーフが生徒会長になったのは翌日のことだった。
彼の部屋で過ごしていた時間はそっくりそのまま学園の図書館での勉強時間へと変わった。舐められる回数も減った。だがアンナの成績はぐんぐんと伸びていた。
「ここがこうなるのか。なるほどなるほど」
なにせ毎日図書館で予習復習を繰り返しているのだ。課題を片付ける時間だって十分にある。こんなに時間があるなら今期の授業をもっと詰めれば良かったと思うほど。
困りごとがあるとすれば、エイリーフが離れたことで令嬢達が集まるようになったこと。
「今日もエイリーフ様をお待ちになっているのね」
「仲がよろしいことで」
「羨ましいわぁ」
「いつもご一緒ですものね」
それもエイリーフがアンナを溺愛しているという噂を信じている令嬢ばかり。まるでアンナを守るかのように毎日代わる代わる放課後の図書館へと足を運んでくるのである。話に花を咲かせたり、本を読んで過ごしたり。途中で入れ替わることもあるけれど、エイリーフが来るまで必ず一人はアンナの隣に座っている。
二人の仲をよく思わない令嬢も多いと思うが、彼女達のおかげで直接何か言われるようなことはない。
「アンナ!」
今日もエイリーフが来るとすぐ、スススッと去っていく。二人きりになった図書館で、エイリーフはアンナを抱きしめた。そして耳元で囁く。
「あっちに空いてる部屋があるんだ。行こう」
手を引かれ、近くの空き部屋へと移動する。エイリーフは椅子に腰掛け、アンナへと両手を伸ばす。彼の部屋でされていたのと同じだ。アンナは大人しく彼の膝の上に座る。そして首を舐められた。
「アンナ……」
まるで会えなった時の分まで舐めとるかのようにしつこく肌をなぞるのだ。生温かい息が触れ、くすぐったさに身を縮める。けれど今日はそれだけではなかった。
「一緒に城に帰りたい」
ポツリと言葉を漏らす。生徒会に入りたくないと、アンナと離れたくないと言った時と同じだ。アンナの肩に置かれた彼の頭を撫でる。
「私は待っていますから」
何があったのかは分からない。知ったところで、エイリーフが拒めないものをアンナがどうにかすることは出来ない。無責任な言葉だ。それでもアンナには励ますことしか出来なくて、よしよしと撫でる。サラサラとした髪の触り心地がいい。
「エイリーフ様はヴェールズの冒険という小説をご存知ですか? 先日、久しぶりに読んだら面白くて」
幼い頃、お茶会で出会った男の子が教えてくれたのだ。エリックという名の男の子である。彼がアンナの初恋だった。
その頃は家名を聞くという考えがなかった。父に聞けばすぐにわかると思っていた。
お茶会から帰ってすぐ、父にエリックのことを話したのだ。一人でいたからきっと婚約者はいないだろうと。父は相手も同じくらいの身分だったら婚約を打診しようかと言ってくれた。
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学園の図書館に通うようになってから、懐かしくなって物置から取り出してもらったのだ。
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