モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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三章

1.アネモネのリボン

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「学園行くの面倒くさいな~」

 シナリオ回避するか、サクッと婚約解消するか。どちらかが進行方向に突如として現れないだろうか。入学式を明日に控えてもまだなお、イーディスは腹を括ってはいなかった。今だって明日の髪型はどうするかとしつこく聞いてくるメイドを「マリア様からの手紙のお返事を書かなきゃ!」と撒いてきたばかりである。せめて友人が一人でもいれば別だが、未だイーディスの友人は一人だけ。この二年間で令嬢達の態度は好意的に変わったとはいえ、かつて挨拶のように嫌みを振りまいてきた令嬢はもちろん、遠巻きに見ていた令嬢達ともお友達になれる気はしない。悪意と同じように下心の透けた好意を受け流すだけ。だからいつまで経ってもイーディスのお友達は増えないのだが、学園に通い出したら状況は変わるのだろうか。

 フランシカ家は王都近郊に屋敷を構える男爵家であり、交流対象は近くに住むものに限られる。大抵が下級貴族とはいえ、過去に何かしらの功績を上げた家であり、プライドが異常に高い。フランシカ家も何代か前に国王陛下に認められたとかなんとか言っていたが、権力争いに興味のないイーディスはよく覚えていない。それに父が実家の歴史よりも剣聖の素晴らしさを娘に聞かせていたため、そちらの印象が強いというのもある。父の教育方針がそんなだからイーディスが社交界にろくに馴染めなかったのではないかと思わなくもないが、そのおかげでマリアという素晴らしき友が出来たのだからよしとしよう。まぁその唯一の友人も学園にはおらず、今年中に他国に嫁いでしまうのだが……。

「結婚してからもお手紙のやりとりをしてくれればいいのだけど」

 彼女の旦那様が許してくれるといいが、と思いつつ封を開く。すると便せんと共に真っ白いリボンが目に入る。

「リボン?」

 過去に封筒の中に貝殻や押し花で作った栞を入れたことがあるイーディスだが、彼女からのお返しはいつも本や紅茶だった。リボンとは珍しい。それもよくみれば少し色のついたの糸で花の刺繍が刺してある。アネモネ、だろうか。数年前、イーディスがまだリガロを思っていた頃にアネモネの花畑の話を手紙に書いたことがある。それを思い出してアネモネの刺繍を贈ってくれたのだろうか。便せんに目を通せば『入学式に付けていってくださると嬉しいですわ』と書かれている。白のアネモネの花言葉は『真実』『期待』『希望』である。真実といえば思い出されるのはやはりリガロである。真実の愛に気付いた彼はイーディスを捨てる。想像すれば苛立ちが沸き上がる。けれどマリアの意図するものはそちらではない、とすぐに頭を振った。

「希望に満ちあふれた学園生活になりますように、ってことかな?」

 そうと決まれば、すぐさまお礼の手紙を書く。そして書き上がったお手紙と共にリボンをメイドの元へと持っていく。

「ねぇ明日の髪型だけど、このリボンが活かせるようなものにしてちょうだい」

「リガロ様が贈られた物はお使いにはならないのですか?」

 メイドの言わんとすることは分かる。制服着用が義務化される学園で、多くの令嬢は所持品で自らの地位をアピールする。そして婚約者のいる令嬢は相手から貰った物を身につけるものだ。私は彼のものですアピールとも言う。マリアからの手紙が届くまで、イーディスも髪型がどうあれ髪留めはリガロから贈られたものを使うつもりだった。一番地味な茶色のリボンを。

 マリアが贈ってくれたリボンとリガロが贈ってくれたリボン、どちらが大切かと聞かれれば、イーディスは迷いなくマリアを選ぶ。

「ええ、こっちにするわ! マリア様が入学式にって贈ってくださったのよ!」

「まぁマリア様から!」

 マリアの名前を出せばメイドもそれなら仕方ないと納得してくれる。なにせマリアである。この数年、どんなに気が落ちようとも、いや落ちていた時こそ頻繁に手紙のやりとりをしてくれた相手。それにリガロもなぜか『マリア』の名前を出すとグッと黙るのである。彼はあの子と会ったことはないと思うのだが、不思議なパワーでも感じるのだろうか。まぁリガロが文句を言ってきたところで譲るつもりはないが。

「どんな髪型がいいですかね~」

 すっかり入学式に前向きになった主人にメイドは気をよくし、他のメイド達と共にイーディスの髪を弄り始めた。入学式だけと言わず、学園ではこれを使わせてもらおうかしら。マリアから贈られたアネモネに頬を緩めながら明日に思いを馳せた。
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