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五章
16.マリアの絵
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マリアへの報告が済んでから、二人は小旅行のための休みを確保すべく働いた。行き先は以前決めた避暑地である。キースはちょくちょく針子達と連絡を取っているようだが、イーディスには見せてくれない。当日までのお楽しみだとの一点張りだった。
一日目の服装は一緒に考えたのでイーディスも知っていたが、やはり紙の上に描かれたラフと実際のものは異なる。破壊力が倍増していた。
「かわいすぎる!!」
別荘でキースが衣装ケースから取り出したのはレモン色のふんわりとしたドレスである。花畑ということでお花をイメージしていた。完成したドレスはまさに花の妖精そのもの。後で付け加えられたのだろう、繊細なレースは揺れると輝きを放つ。どうやら糸も特殊なものを使ったらしい。光る花畑にこの服を着ていったマリアは確実に精霊王に見初められることだろう。この世界に精霊が存在するのかはわからないが。
「そうだろう、そうだろう。だが二日目はもっと凄いぞ!」
「この上があると!?」
「楽しみにしているといい」
「はい! ところで馬車に乗っていた時からずっと気になっていたのですが、そのキャンパスってなんですか?」
ケースの隣に置かれているのはまっさらなキャンパス。それも衣装ケースよりもやや大きい。使用人が積み込んでいたところを目撃してからずっと気になっていたのだが、なかなか聞くタイミングがなかった。マリアトークを弾ませていたからではなく、馬車に乗っている途中に聞こえてきた歓声のせいである。たまたまリガロとメリーズがこの近くに来ているらしい。それも馬車ではなく、馬に跨がっているようでお顔が見えた! だの手を振ってくださった! だの馬車の中まで人々の声が聞こえてくるほど。魔やゲートのことを考えると剣聖は人気であれば人気であるほどいいのだろう。だがそれにしても通行の邪魔だ。通り道のど真ん中で目立つような行為をするな。ファンサービスは広いところでやれ。キャーキャーと高い声が聞こえる度に、イーディスは空気を読まない脳筋への苛立ちを膨らませていく。そのせいで日程を決めたキースは終始申し訳なさそうに身体を縮こめてしまっていた。これでは楽しい旅行もぶち壊しである。しかも彼らを見るために街道には人が押し寄せたため、イーディス達の馬車は遠回りをすることになってしまった。おかげで予定よりも半刻以上も遅くなってしまい、すでに空は赤く染まり始めている。
だがマリアの服お披露目により、すっかり空気は元通り。聞くなら今だ! と思ったのである。すると彼は荷物の中から小さめのバッグを取り出し、開けて見せた。
「久しぶりに絵を描こうと思って」
中には使い込まれた画材道具がずらりと並んでいる。それに最近補充したと思われる綺麗なままの絵の具もいくつか。
「キース様、絵描かれるんですか!?」
「三階にあったのは全て俺が描いたものだ」
「そうだったんですか!?」
「慈愛の聖女の肖像画は管理者が描くことになっているからな。結構自信作だったのに、イーディスと来たら毎日毎日文句ばかり」
「あ、あれはキース様の言い方が悪いからっ! マリア様の絵が見れるとるんるんでドアを開いたらまさか宗教画があるとは思わないじゃないですか! それに構図は違っても同じ服装だし、どれも寂しそうな表情ばかりで……」
絵が悪いのではない。むしろ聖堂に飾られていてもおかしくはないほどクオリティの高い絵を描いたのがキースだなんて想像もしていなかった。それこそ宗教画を専門とする者を呼んで描かせたのだとばかり……。だが作者本人に「もっと普段のマリア様が見たかった」「折角隣の部屋に可愛い服がいっぱいあるのに!」「読書中の姿とかないんですか!」と散々文句を言い続けたのは確かだ。すみませんでした、と深々と頭を下げれば、彼は「別に謝って欲しいんじゃない」と謝罪を軽く受け流した。
「イーディスに言われて気付いたんだ。俺の手元には純粋にマリアだけを見て描いた絵が一枚もないなって。描こうと思ったことはあるんだが、どうしても慈愛の聖女であることを前提に置いてしまう。近く、命を散らすことが分かっている彼女の一瞬を切り取って描くことが出来なかった。……だが今なら、君がいれば描ける気がするんだ」
「もう少し日程抑えてくれば良かったですね」
イーディスには絵を描く趣味がないので、どのくらい時間がかかるものなのかは分からない。けれど大きなキャンパスを埋め尽くす時間が一刻や二刻であるはずがない。ただでさえ一日目の日程は夕方から夜がメイン。花が光るとはいえ、絵を描くための十分な光が得られるとも限らない。それに脳筋達のせいで到着時間も遅れてしまった。滞在日を伸ばせるものなら伸ばしたいが、そうも言っていられない。
「基礎となるところだけその場で描いて、あとは写真を見ながら調整する。それにまた来たくなったら、その時は付き合ってくれるだろう?」
「もちろんです。何度でもお供しますよ! 完成した絵は画廊に飾るんですか?」
「まだ三階に空いている部屋があるからそこに飾ろうと思う」
「三階ですか……」
「なんだ不満気だな」
「不満ではないのですが、どうせなら書斎のある一階にしませんか?」
三階ともなると忙しい日はなかなか足を運ぶことが出来ないのである。イーディスとキースの滞在時間が長すぎるのが問題なのだが、日によっては階段の上で待機している使用人によって阻まれてしまう。箱の中身を見ることは出来ない彼らだが、置かれたままの箱の数や便せんなどの消耗品のなくなるスピードでその時期の仕事量を把握するようになった。本当に、優秀な使用人というものは恐ろしいものである。
だがマリアの絵を日常的に目にすることが出来れば、確実に仕事のスピードも上がるというもの。ただ聖地巡りをしてフォトブックを作りたいと思い続けるよりも、目標となるものが近くにあるのとでは全く違う。
「それは名案だな! 今日明日と描くものは廊下に飾ろう! そうなると玄関にも飾りたい……。玄関といえばその家の顔、来訪者の全てが目にするものとなるとどんな姿のマリアがいいか」
「無理に今決めなくてもいいのではないでしょうか。いろんな姿を描いて、気に入ったものを飾るといいと思いますよ」
「それもそうだな」
キースは画材を、イーディスはカメラを手にする。残りの荷物は使用人に託し、目的の花畑へと向かった。
一日目の服装は一緒に考えたのでイーディスも知っていたが、やはり紙の上に描かれたラフと実際のものは異なる。破壊力が倍増していた。
「かわいすぎる!!」
別荘でキースが衣装ケースから取り出したのはレモン色のふんわりとしたドレスである。花畑ということでお花をイメージしていた。完成したドレスはまさに花の妖精そのもの。後で付け加えられたのだろう、繊細なレースは揺れると輝きを放つ。どうやら糸も特殊なものを使ったらしい。光る花畑にこの服を着ていったマリアは確実に精霊王に見初められることだろう。この世界に精霊が存在するのかはわからないが。
「そうだろう、そうだろう。だが二日目はもっと凄いぞ!」
「この上があると!?」
「楽しみにしているといい」
「はい! ところで馬車に乗っていた時からずっと気になっていたのですが、そのキャンパスってなんですか?」
ケースの隣に置かれているのはまっさらなキャンパス。それも衣装ケースよりもやや大きい。使用人が積み込んでいたところを目撃してからずっと気になっていたのだが、なかなか聞くタイミングがなかった。マリアトークを弾ませていたからではなく、馬車に乗っている途中に聞こえてきた歓声のせいである。たまたまリガロとメリーズがこの近くに来ているらしい。それも馬車ではなく、馬に跨がっているようでお顔が見えた! だの手を振ってくださった! だの馬車の中まで人々の声が聞こえてくるほど。魔やゲートのことを考えると剣聖は人気であれば人気であるほどいいのだろう。だがそれにしても通行の邪魔だ。通り道のど真ん中で目立つような行為をするな。ファンサービスは広いところでやれ。キャーキャーと高い声が聞こえる度に、イーディスは空気を読まない脳筋への苛立ちを膨らませていく。そのせいで日程を決めたキースは終始申し訳なさそうに身体を縮こめてしまっていた。これでは楽しい旅行もぶち壊しである。しかも彼らを見るために街道には人が押し寄せたため、イーディス達の馬車は遠回りをすることになってしまった。おかげで予定よりも半刻以上も遅くなってしまい、すでに空は赤く染まり始めている。
だがマリアの服お披露目により、すっかり空気は元通り。聞くなら今だ! と思ったのである。すると彼は荷物の中から小さめのバッグを取り出し、開けて見せた。
「久しぶりに絵を描こうと思って」
中には使い込まれた画材道具がずらりと並んでいる。それに最近補充したと思われる綺麗なままの絵の具もいくつか。
「キース様、絵描かれるんですか!?」
「三階にあったのは全て俺が描いたものだ」
「そうだったんですか!?」
「慈愛の聖女の肖像画は管理者が描くことになっているからな。結構自信作だったのに、イーディスと来たら毎日毎日文句ばかり」
「あ、あれはキース様の言い方が悪いからっ! マリア様の絵が見れるとるんるんでドアを開いたらまさか宗教画があるとは思わないじゃないですか! それに構図は違っても同じ服装だし、どれも寂しそうな表情ばかりで……」
絵が悪いのではない。むしろ聖堂に飾られていてもおかしくはないほどクオリティの高い絵を描いたのがキースだなんて想像もしていなかった。それこそ宗教画を専門とする者を呼んで描かせたのだとばかり……。だが作者本人に「もっと普段のマリア様が見たかった」「折角隣の部屋に可愛い服がいっぱいあるのに!」「読書中の姿とかないんですか!」と散々文句を言い続けたのは確かだ。すみませんでした、と深々と頭を下げれば、彼は「別に謝って欲しいんじゃない」と謝罪を軽く受け流した。
「イーディスに言われて気付いたんだ。俺の手元には純粋にマリアだけを見て描いた絵が一枚もないなって。描こうと思ったことはあるんだが、どうしても慈愛の聖女であることを前提に置いてしまう。近く、命を散らすことが分かっている彼女の一瞬を切り取って描くことが出来なかった。……だが今なら、君がいれば描ける気がするんだ」
「もう少し日程抑えてくれば良かったですね」
イーディスには絵を描く趣味がないので、どのくらい時間がかかるものなのかは分からない。けれど大きなキャンパスを埋め尽くす時間が一刻や二刻であるはずがない。ただでさえ一日目の日程は夕方から夜がメイン。花が光るとはいえ、絵を描くための十分な光が得られるとも限らない。それに脳筋達のせいで到着時間も遅れてしまった。滞在日を伸ばせるものなら伸ばしたいが、そうも言っていられない。
「基礎となるところだけその場で描いて、あとは写真を見ながら調整する。それにまた来たくなったら、その時は付き合ってくれるだろう?」
「もちろんです。何度でもお供しますよ! 完成した絵は画廊に飾るんですか?」
「まだ三階に空いている部屋があるからそこに飾ろうと思う」
「三階ですか……」
「なんだ不満気だな」
「不満ではないのですが、どうせなら書斎のある一階にしませんか?」
三階ともなると忙しい日はなかなか足を運ぶことが出来ないのである。イーディスとキースの滞在時間が長すぎるのが問題なのだが、日によっては階段の上で待機している使用人によって阻まれてしまう。箱の中身を見ることは出来ない彼らだが、置かれたままの箱の数や便せんなどの消耗品のなくなるスピードでその時期の仕事量を把握するようになった。本当に、優秀な使用人というものは恐ろしいものである。
だがマリアの絵を日常的に目にすることが出来れば、確実に仕事のスピードも上がるというもの。ただ聖地巡りをしてフォトブックを作りたいと思い続けるよりも、目標となるものが近くにあるのとでは全く違う。
「それは名案だな! 今日明日と描くものは廊下に飾ろう! そうなると玄関にも飾りたい……。玄関といえばその家の顔、来訪者の全てが目にするものとなるとどんな姿のマリアがいいか」
「無理に今決めなくてもいいのではないでしょうか。いろんな姿を描いて、気に入ったものを飾るといいと思いますよ」
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