93 / 177
五章
25.さようなら
しおりを挟む
キースはそれからすぐにイストガルム国王に手紙を出してくれた。
ファファディアル領はギルバート領から離れており、帰るには数日かかるため、到着する頃には返事が届いているだろうとのことだった。だが実際はもっと早く返事が届き、使用人はわざわざイーディス達が泊まっている宿まで届けてくれた。手紙には聖堂を使用することへの了承と、イーディスに挨拶が出来なかったことへの謝罪が記されていた。本当は娘の親友と会って、お礼を告げたかった。だがキースの妻となったイーディスと会ってしまえば、本当にあの子がこの世から去ったことを認めてしまうことになりそうで目を逸らし続けたのだと。最後には『申し訳なかった。そんな私達が言うべきではないかもしれないが、どうか別の世界のマリアとこれからも仲良くして欲しい』とイーディスへの言葉で締めくくられており、ボロボロと涙が溢れた。彼らもまたマリアを愛しているのだ。身分を隠し、他国の令嬢としたのは、娘を愛していたから。少しでも長く生きて欲しかったから。彼らの思いは世界を跨いだとしても変わらないのだ。
イーディス達は屋敷に戻る予定を取りやめ、そのまま城へと向かった。服装はカジュアルなもので、とても城に向かうような服ではない。着替えたいと。せめて屋敷でマリアへの贈り物をまとめてからにしてくれと主張したが、残念ながらイーディスの声は聞き入れてはもらえなかった。
「ほら、早く降りろ」
ほらほらと急かし、地に足が触れるや否やイーディスの手を引っ張った。キースは一刻でも早くイーディスをこの世界から追い出したいようだった。
「私の扱い雑すぎません!?」
「マリアを放置したバツだ。これくらい我慢しろ」
そのままずんずんと突き進み、聖堂は森の奥にあった。城内になぜ森があるのかと突っ込みたくなったが、それも一歩踏み入れれば理解した。ただの森ではない。ここは神域だ。一般人の立ち入りが禁止されているのではない。入れないのだ。この森は聖母の力で満ちあふれている。空気が違うのだ。進んでしばらくは身体が重かった。砂袋でも背負わされているのではないかと思うほど。けれどキースに引っ張られて進むうちに今度は入る前よりもずっと身体が軽くなる。聖堂はかつての王族が聖母を守るために建てた場所ーー認められた者のみが入れるこの森は聖母を守るに相応しいのだろう。
「立ち入ることを許してくださり、ありがとうございます」
この森にいるはずもない聖母にお礼の言葉を告げ、頭を下げる。するとキースも立ち止まり、イーディスと同じように深く頭を下げた。
聖堂は想像していたよりもずっと広かった。
ステンドグラスには様々な模様が描かれており、その全てが歴代の慈愛の聖女達が愛した物らしい。また地下には聖母と、歴代の慈愛の聖女の棺桶が保管されているとのこと。遺骨は入っていないが、代わりに彼女達が愛した物で満たされているそうだ。簡単な説明を受けながら、最奥に佇む聖母の銅像へと近づいていく。
「後日、マリアの棺桶にはイーディスが集めたマリアへのお土産とフォトブックを入れてもらおうと思う。君はこの世界を去るが、彼女にはしっかりイーディスのことを伝えておく。そして、彼女からはかつての『イーディス』のことを聞こうと思う。あの子はきっと楽しげに話してくれるだろうな」
「最後まで一緒に居られなくてごめんなさい。……私、あなたの家族になれて良かった」
「気にするな。君がこの世界に来てくれなければ俺の一生はとっくに終わっていた。あの日、屋敷に来てくれて、俺を叱ってくれてありがとう。イーディスは最高のパートナーだった」
聖母像の前に立つと、本に触れれば帰れると本能的に理解した。マリアはずっとイーディスが本当に戻りたいと思える時を待っていてくれたのかもしれない。あの時、キースから罪の話を聞かされた時に聖母像に興味を持っていれば、もっと早く帰れたのだろう。それでも、イーディスはこの世界を、キースとマリアを、そしてリガロのことを深く知れたことを後悔していない。この世界は悪夢なんかじゃない。イーディスの愛したもう一つの世界だ。キースと向き合い、彼の両手を包み込む。少し強いくらいの力で握れば、彼はそれ以上の力で返してくれる。
「ありがとう、キース様。どうかお元気で」
「こちらこそありがとう。どうか別の世界でも元気でいてくれ」
キースの手はゆっくりと離れていき、そしてイーディスの背中を押してくれた。聖母像の右手に置かれた本を開けば、神々しい光が放たれる。
「さようならイーディス。我が同志よ」
「さようなら」
同じ女性を愛した人よ。
その言葉は声になる前にイーディスの身体は本に吸い込まれていった。
ファファディアル領はギルバート領から離れており、帰るには数日かかるため、到着する頃には返事が届いているだろうとのことだった。だが実際はもっと早く返事が届き、使用人はわざわざイーディス達が泊まっている宿まで届けてくれた。手紙には聖堂を使用することへの了承と、イーディスに挨拶が出来なかったことへの謝罪が記されていた。本当は娘の親友と会って、お礼を告げたかった。だがキースの妻となったイーディスと会ってしまえば、本当にあの子がこの世から去ったことを認めてしまうことになりそうで目を逸らし続けたのだと。最後には『申し訳なかった。そんな私達が言うべきではないかもしれないが、どうか別の世界のマリアとこれからも仲良くして欲しい』とイーディスへの言葉で締めくくられており、ボロボロと涙が溢れた。彼らもまたマリアを愛しているのだ。身分を隠し、他国の令嬢としたのは、娘を愛していたから。少しでも長く生きて欲しかったから。彼らの思いは世界を跨いだとしても変わらないのだ。
イーディス達は屋敷に戻る予定を取りやめ、そのまま城へと向かった。服装はカジュアルなもので、とても城に向かうような服ではない。着替えたいと。せめて屋敷でマリアへの贈り物をまとめてからにしてくれと主張したが、残念ながらイーディスの声は聞き入れてはもらえなかった。
「ほら、早く降りろ」
ほらほらと急かし、地に足が触れるや否やイーディスの手を引っ張った。キースは一刻でも早くイーディスをこの世界から追い出したいようだった。
「私の扱い雑すぎません!?」
「マリアを放置したバツだ。これくらい我慢しろ」
そのままずんずんと突き進み、聖堂は森の奥にあった。城内になぜ森があるのかと突っ込みたくなったが、それも一歩踏み入れれば理解した。ただの森ではない。ここは神域だ。一般人の立ち入りが禁止されているのではない。入れないのだ。この森は聖母の力で満ちあふれている。空気が違うのだ。進んでしばらくは身体が重かった。砂袋でも背負わされているのではないかと思うほど。けれどキースに引っ張られて進むうちに今度は入る前よりもずっと身体が軽くなる。聖堂はかつての王族が聖母を守るために建てた場所ーー認められた者のみが入れるこの森は聖母を守るに相応しいのだろう。
「立ち入ることを許してくださり、ありがとうございます」
この森にいるはずもない聖母にお礼の言葉を告げ、頭を下げる。するとキースも立ち止まり、イーディスと同じように深く頭を下げた。
聖堂は想像していたよりもずっと広かった。
ステンドグラスには様々な模様が描かれており、その全てが歴代の慈愛の聖女達が愛した物らしい。また地下には聖母と、歴代の慈愛の聖女の棺桶が保管されているとのこと。遺骨は入っていないが、代わりに彼女達が愛した物で満たされているそうだ。簡単な説明を受けながら、最奥に佇む聖母の銅像へと近づいていく。
「後日、マリアの棺桶にはイーディスが集めたマリアへのお土産とフォトブックを入れてもらおうと思う。君はこの世界を去るが、彼女にはしっかりイーディスのことを伝えておく。そして、彼女からはかつての『イーディス』のことを聞こうと思う。あの子はきっと楽しげに話してくれるだろうな」
「最後まで一緒に居られなくてごめんなさい。……私、あなたの家族になれて良かった」
「気にするな。君がこの世界に来てくれなければ俺の一生はとっくに終わっていた。あの日、屋敷に来てくれて、俺を叱ってくれてありがとう。イーディスは最高のパートナーだった」
聖母像の前に立つと、本に触れれば帰れると本能的に理解した。マリアはずっとイーディスが本当に戻りたいと思える時を待っていてくれたのかもしれない。あの時、キースから罪の話を聞かされた時に聖母像に興味を持っていれば、もっと早く帰れたのだろう。それでも、イーディスはこの世界を、キースとマリアを、そしてリガロのことを深く知れたことを後悔していない。この世界は悪夢なんかじゃない。イーディスの愛したもう一つの世界だ。キースと向き合い、彼の両手を包み込む。少し強いくらいの力で握れば、彼はそれ以上の力で返してくれる。
「ありがとう、キース様。どうかお元気で」
「こちらこそありがとう。どうか別の世界でも元気でいてくれ」
キースの手はゆっくりと離れていき、そしてイーディスの背中を押してくれた。聖母像の右手に置かれた本を開けば、神々しい光が放たれる。
「さようならイーディス。我が同志よ」
「さようなら」
同じ女性を愛した人よ。
その言葉は声になる前にイーディスの身体は本に吸い込まれていった。
27
あなたにおすすめの小説
ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく
犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。
「絶対駄目ーー」
と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。
何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。
募集 婿入り希望者
対象外は、嫡男、後継者、王族
目指せハッピーエンド(?)!!
全23話で完結です。
この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。
悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。
槙村まき
恋愛
スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。
それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。
挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。
そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……!
第二章以降は、11時と23時に更新予定です。
他サイトにも掲載しています。
よろしくお願いします。
25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです
みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。
時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。
数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。
自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。
はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。
短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました
を長編にしたものです。
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
[完結]私、物語りを改竄します。だって、女神様が全否定するんだもん
紅月
恋愛
病気で死んだけど、生まれ変わる前に号泣する女神様に会った。
何やらゲームのパッケージを見て泣きながら怒っている。
「こんなの私の世界で起こるなんて認めない」
あらすじを読んでいた私に向かって女神様は激おこです。
乙女ゲームはやった事ないけど、この悪役令嬢って書かれている女の子に対してのシナリオ、悲惨だ。
どのストーリーを辿っても処刑一択。
ならば私がこの子になってゲームのシナリオ、改ざんすると女神様に言うと号泣していた女神様が全属性の魔力と女神様の加護をくれる、と商談成立。
私は悪役令嬢、アデリーン・アドラー公爵令嬢としてサレイス王国で新しい家族と共に暮らす事になった。
溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~
夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」
弟のその言葉は、晴天の霹靂。
アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。
しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。
醤油が欲しい、うにが食べたい。
レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。
既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・?
小説家になろうにも掲載しています。
悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~
幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。
そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。
これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる