モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
120 / 177
六章

25.一生に一度の指輪

しおりを挟む
 ふよふよと飛ぶことしばらく。

 大きな城が見えてきたと思ったら、男は一番大きな窓をめがけて少しずつ下降していく。そして窓から城に入りこみ、イーディスを床の上に降ろす。しゅるんと羽根をしまい、王座に腰掛ける男に声をかける。

「魔王~、イーディス=フランシカを連れてきたぞ」

 彼が、魔王。

 見た目は隣にいる男とよく似ている。人間っぽいけど、尻尾も角もある。羽根男は一本角だが、彼は二本角だ。それに貫禄が違う。まさに王という名にふさわしい。堂々としたたたずまいの男はスッと腰を上げ、イーディス達が立つ場所までゆっくりと降りてくる。

「本当にイーディスだったのか。アンクレットは?」

「一応周辺を探してはみたがいない。選ばれたのはイーディス=フランシカの方だった。だがこいつ、領主になったことも理解していなければ、ここが魔界であることも認識していないぞ?」

「少し戸惑っているだけだろ」

「戸惑っている、ねぇ……」

 やはりここは魔界だったのか。どこから落ちたのだろう、と考えていると急に羽根男はイーディスに話を振った。

「イーディス、椅子に座った時、なんて言われたか覚えているか?」

「遺跡にあった椅子なら座っていませんよ」

「は?」

 どうやら椅子に何かしらの仕組みがあったらしい。座ることで作動する予定だった、と。だがいくら疲れていたとしてもあの椅子に座るのはなかなかの度胸が必要だ。掃除したイーディスもイーディスだが、さすがに座る度胸はない。度胸試しも試練の一環だったのかもしれない。

「汚れていたので掃除して、その前でタイムリミットが来るのを待っていました」

 未だ状況を理解していないイーディスだが、ここで嘘を吐いても仕方ない。正直に答えたのだが、二人はイーディスの答えが気に入らなかったらしい。羽根男は眉間に皺を寄せ、魔王は大きなため息を吐きながら頭を抱えている。そして頭に疑問符を浮かべるイーディスを無視しながら二人で話を再会する。

「……システムが誤作動したのか?」

「あり得ない」

「だが実際こいつはここに」

「おそらく聖母の力が働いたんだろう。前回みたいに他の世界に飛ばされるよりもずっといい。……この子を、領主にする」

「こいつ、イレギュラーだぞ? 何を起こすか俺たちですら予想が出来ない! 現にこいつは滅ぶ予定だった世界を救っている」

「だからだ。私達は彼女を失う訳にはいかない」

 二人の会話の中にはシステムやイレギュラーなどよくわからない言葉ばかりが並ぶ。だがイーディスは世界なんて救っていない。転生先が剣聖や聖女ならともかく、モブ令嬢にそんな力はないのだ。どこぞの勇者様と勘違いしているのではなかろうかーーなんて割って入れるような雰囲気ではないので口を噤んだまま。聖母の力って結局なんなんだろうと考える。

「……聖母の力は強力すぎる。魔王の力さえも上書き出来るんだぞ?」

「発動するタイミングは二回とも、彼女の身体に一定以上の魔が溜まった時だ。聖母はイーディスを守るために力を使う。言い換えればそれ以外は発動していない。つまりイーディスが危機的状況に陥らなければ聖母が干渉してくる可能性は低いと言える」

「強引すぎないか? 何より確証がない。それにあいつの本に聖母の力がべったりついている訳をどう説明するつもりだ」

「確証を取るだけの余裕がないことはお前もよく分かっているだろ。俺は彼女に賭けたい」

「先代の時のように失敗するかもしれない」

「それでも彼女が壊れれば、今の状態だって崩壊する。今の状況から一人でも欠けたらあの世界も終わる。光が見えたあの場所が終わることが何を意味するか分からない訳じゃないだろ」

「それは……」

「それに今ならアンクレットがいる」

「ほぼ丸投げじゃねえか!」

「二十年間領主にならなかったあいつが悪い」

 羽根男が「まぁ、いいか」と呟いてようやく話がまとまったようだ。魔王は何も言わず、こちらに来いと手を招く。一体なんだろう。彼らの元へと近寄れば「左手を出して」と指示される。はい、と手のひらを上にして差し出した。すると手首をグッと掴まれ、親指にリングをはめられる。

 親指用にしても大きすぎる。男性用なのだろうか。手を引っ繰り返して見れば大きめの石が埋め込まれていた。角度を変えて見てみれば見覚えのあるものとよく似ていることに気付く。

「これは、退魔核?」

 ザイルがイーディスにくれた剣にはめ込まれた退魔核とよく似ているのだ。一切のくすみがない無色透明。ダイヤモンドとも違う。水晶に似ているそれにイーディスの頬は緩んだ。

「似たようなもんだ。今後はその石を通してイーディスから魔王に魔が送られるようになる」

「そうなんですか~ってあれ、外れない」

 親指にはめていると何かと不便だ。別の指に移動させようと指をひっかける。けれど力を入れてもなかなか外れない。そんなにぴったりはまっているようには見えないのになぜだ。アクセサリーを普段使いする習慣のないイーディスに指輪を外すための知識はない。アンクレットなら知っているかな。呑気に考えるイーディスに、魔王はなんてことないように衝撃の言葉を言い放った。

「死ぬまで外せないぞ」

「冗談でしょう?」

「安心しろ、死んだら外れる」

「なんでそんなもの、許可もなく人の手に付けるんですか!」

「確認もせずに手を出したお前も悪いだろ」

「それに嫌がったところで最終的には身につけることになる。領主の証だから大事にしろよ」

「領主の、証?」

「聞いてなかったのか? お前は今日からカルドレッドの領主になるんだよ」

 確かにさっきチラッとそんな話は聞こえていた。だが冗談でしょう? これでもかというほどに顔を歪めれば、羽根男は「まぁ頑張れ」とイーディスの肩を叩いた。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

[完結]私、物語りを改竄します。だって、女神様が全否定するんだもん

紅月
恋愛
病気で死んだけど、生まれ変わる前に号泣する女神様に会った。 何やらゲームのパッケージを見て泣きながら怒っている。 「こんなの私の世界で起こるなんて認めない」 あらすじを読んでいた私に向かって女神様は激おこです。 乙女ゲームはやった事ないけど、この悪役令嬢って書かれている女の子に対してのシナリオ、悲惨だ。 どのストーリーを辿っても処刑一択。 ならば私がこの子になってゲームのシナリオ、改ざんすると女神様に言うと号泣していた女神様が全属性の魔力と女神様の加護をくれる、と商談成立。 私は悪役令嬢、アデリーン・アドラー公爵令嬢としてサレイス王国で新しい家族と共に暮らす事になった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。  そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。  これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは

処理中です...