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六章
26.魔界には神がいる
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「じゃあ俺はアンクレットに渡すやつ書いておくから、魔王は説明してやって」
「了解した。早速カルドレッドの領主の仕事について……と行きたいところだが、君は問いかけをスキップしているからな。知識量と考えの確認をしておきたい。今からするいくつかの質問に答えてくれ」
魔王はそう前置きをして、イーディスにいくつかの問いかけをした。
『君は聖母の存在を知っているか』
『はい』
『では聖母から慈愛の聖女と癒やしの聖女が生まれたことは』
『知っています』
『生まれた理由は?』
『正確な理由は不明』
『慈愛の聖女は死んだらどうなる?』
『煙のように消えるそうですね』
『それぞれの聖女が生まれる間隔は?』
『慈愛の聖女は先代が亡くなってからちょうど百年後、癒やしの聖女は不明と聞きました』
『聖母の力がどんなものか知っているか?』
『負の感情を見ることが出来るようで』
『魔とはなんだ?』
『負の感情が生み出した何かかと』
『では最後に、君は聖母を恐ろしいと思うか?』
『いいえ全く』
「なるほど。だから聖母も君を選んだんだろうな」
「どういうことですか?」
「聖母は『魔』を生み出したことを、そして周りの人間達を今もなお巻き込み続けていることを後悔している」
「魔を、生み出した?」
「先ほどの君の回答は不完全だ。魔とは、負の感情に聖母の力が干渉することで生まれる。聖母の力は『歪み』――曲がったものを正しい形に見えるようにするため、彼女は人の感情を歪めた」
曲がった鉄に熱を加えて元の形に直す、みたいなものだろうか。
それが鉄なら問題ないが、人の精神に干渉したために意図しない場所にまで影響を及ぼしてしまった、と。
いや、キースの話と合わせて考えると癖になったという方が正しいのかもしれない。聖母が治してくれるから、と自分の感情と向き合うことを放棄したとすれば……。彼女の力がなくならずとも、いずれその問題と対峙することになっていただろう。聖母を責めるのはお門違いというものだ。むしろ、あの時人間がちゃんと聖母の力がなくなったことと向き合っていれば、魔の増幅を恐れることはなかったのではなかろうか。そもそも魔という名称自体が聖女の特別な力がなくなってから付けられたものだ。それ以前にも同じような状態の人がいなかったとは限らない。実際、前世には『魔』なんてものはなかったが、精神的に追い詰められた人間が異常行動に出るということはあった。
聖母が悪いのだろうか?
切り取られた情報で、圧倒的多数の言い分で悪役に仕立て上げられているだけではないか。
もし、魔を生み出したことが聖母の過ちだったとしてもそれは何千年も責められ続けることなのか。
散々頼った癖に、用済みと分かった途端聖母を穴に突き落とした男が正しいとでも?
気持ちが悪い。イーディスの表情は次第に歪んでいく。顔に嫌悪の感情が満ちていたのだろう。魔王は優しい表情で「俺も、聖母が悪いとは思っていない」と告げた。
「だから俺たちは聖母の後悔をはらすため、触れた対象から魔を吸い上げる魔法道具『カルバス』を作った」
「カルバスを作った、ということは神作家が魔界にいらっしゃると!?」
「そこに食いつくのか……」
「当然です!」
カルバスは最高傑作だ。読書をするという習慣があまりなかった平民たちの手にも行きわたらせるほどの大ブームを引き起こした作品。前世であれば舞台化やドラマ化していてもおかしくない。生み出した作家はまさに神と呼ぶにふさわしい。
イーディスはバッグから魔導書を取り出し「先生さえよければサインを……いや、先生に迷惑をかける訳にはいかないな。今からファンレター書くので渡していただけると」と魔王に迫る。
「いや、手紙など書かなくても十分伝わったから。小説なんて初めて書いたから正直、そこまで喜ばれるとは思っていなかった」
「え、初めて、書いた? さすが神作家。神より愛されし才能をお持ちで」
「魔を吸い取ることが目的だから補正がかかっているんじゃ」
「あなたにカルバスの何が分かると!? なんなら三日三晩語り尽くしますけど⁉」
作家先生の仲間とはいえ、カルバスを愚弄するとは許せない。ここは一人のファンとして沼に引きずり落とさねばなるまい。使命感に駆られ、魔王に魔導書を押し付ける。もちろん中は真っ白で、ストーリーは消えてしまっている。だが今ならこの情熱に任せて、一冊くらいは出せそうな気がする。今日一番の強気を見せるイーディスだったが、魔王の言葉に心臓が止まりかける。
「あれは俺が書いた」
魔王が、書いた?
彼の言葉が正しければ、イーディスは作家本人に喧嘩を吹っ掛けていたことになる。
しばしフリーズして、ギギギと音を立てながら頭を垂れる。
「先生相手に申しわけありませんでした」
「まぁ喜んでくれているのは素直に嬉しい。カルバスを作る段階でいくつか作ったからよければ読むか?」
「未発表作があるんですか!」
「あ、ああ」
「おいくらで!」
「金はいらん。魔界では使い道ないしな」
「では何を!」
神作家の未発表作を読ませてもらうのに対価なしなんてあり得ない。
イーディスは『私が出来ることなら何でもしますので!』とずずいと詰め寄る。すると魔王は顎を撫でてうーんと唸った。しばらく首を捻りながら考え、そして決心したように口を開いた。
「救ってもらいたい人達がいるんだ」
「救う? 私に救えるかどうかは分かりませんが、全力を尽くすと約束しましょう! それでどなたですか?」
「『書記 バッカス=レトア』と『剣聖 リガロ=フライド』の二人だ。『慈愛の聖女 モリア=イストガルム』『癒やしの聖女 メリーズ=シャランデル』『領主代理 アンクレット』『管理者 キースーギルバート』の魂と同じように、この二人のことも救って欲しい」
「救った覚えないですけど……」
「覚えがなくとも救われているんだ」
世界も友人も救った覚えはない。メリーズ=シャランデルに至っては言葉を交わした記憶さえない。六人の共通点はおそらく役職の有無だ。彼らの役割を指す言葉が存在する。悪役令嬢であるローザが含まれていないのは、彼女の役が乙女ゲーム特有のものだから。この世界を外から見た時に作られたキャラであり、この世界を回す上で必要なものではなかった。故に、外されたと考えるべきなのだろう。だが六人中、バッカスとリガロの二人だけが除外されているのかは分からない。またなにをどうしたら救った判定が降りるのかも不明だ。
「了解した。早速カルドレッドの領主の仕事について……と行きたいところだが、君は問いかけをスキップしているからな。知識量と考えの確認をしておきたい。今からするいくつかの質問に答えてくれ」
魔王はそう前置きをして、イーディスにいくつかの問いかけをした。
『君は聖母の存在を知っているか』
『はい』
『では聖母から慈愛の聖女と癒やしの聖女が生まれたことは』
『知っています』
『生まれた理由は?』
『正確な理由は不明』
『慈愛の聖女は死んだらどうなる?』
『煙のように消えるそうですね』
『それぞれの聖女が生まれる間隔は?』
『慈愛の聖女は先代が亡くなってからちょうど百年後、癒やしの聖女は不明と聞きました』
『聖母の力がどんなものか知っているか?』
『負の感情を見ることが出来るようで』
『魔とはなんだ?』
『負の感情が生み出した何かかと』
『では最後に、君は聖母を恐ろしいと思うか?』
『いいえ全く』
「なるほど。だから聖母も君を選んだんだろうな」
「どういうことですか?」
「聖母は『魔』を生み出したことを、そして周りの人間達を今もなお巻き込み続けていることを後悔している」
「魔を、生み出した?」
「先ほどの君の回答は不完全だ。魔とは、負の感情に聖母の力が干渉することで生まれる。聖母の力は『歪み』――曲がったものを正しい形に見えるようにするため、彼女は人の感情を歪めた」
曲がった鉄に熱を加えて元の形に直す、みたいなものだろうか。
それが鉄なら問題ないが、人の精神に干渉したために意図しない場所にまで影響を及ぼしてしまった、と。
いや、キースの話と合わせて考えると癖になったという方が正しいのかもしれない。聖母が治してくれるから、と自分の感情と向き合うことを放棄したとすれば……。彼女の力がなくならずとも、いずれその問題と対峙することになっていただろう。聖母を責めるのはお門違いというものだ。むしろ、あの時人間がちゃんと聖母の力がなくなったことと向き合っていれば、魔の増幅を恐れることはなかったのではなかろうか。そもそも魔という名称自体が聖女の特別な力がなくなってから付けられたものだ。それ以前にも同じような状態の人がいなかったとは限らない。実際、前世には『魔』なんてものはなかったが、精神的に追い詰められた人間が異常行動に出るということはあった。
聖母が悪いのだろうか?
切り取られた情報で、圧倒的多数の言い分で悪役に仕立て上げられているだけではないか。
もし、魔を生み出したことが聖母の過ちだったとしてもそれは何千年も責められ続けることなのか。
散々頼った癖に、用済みと分かった途端聖母を穴に突き落とした男が正しいとでも?
気持ちが悪い。イーディスの表情は次第に歪んでいく。顔に嫌悪の感情が満ちていたのだろう。魔王は優しい表情で「俺も、聖母が悪いとは思っていない」と告げた。
「だから俺たちは聖母の後悔をはらすため、触れた対象から魔を吸い上げる魔法道具『カルバス』を作った」
「カルバスを作った、ということは神作家が魔界にいらっしゃると!?」
「そこに食いつくのか……」
「当然です!」
カルバスは最高傑作だ。読書をするという習慣があまりなかった平民たちの手にも行きわたらせるほどの大ブームを引き起こした作品。前世であれば舞台化やドラマ化していてもおかしくない。生み出した作家はまさに神と呼ぶにふさわしい。
イーディスはバッグから魔導書を取り出し「先生さえよければサインを……いや、先生に迷惑をかける訳にはいかないな。今からファンレター書くので渡していただけると」と魔王に迫る。
「いや、手紙など書かなくても十分伝わったから。小説なんて初めて書いたから正直、そこまで喜ばれるとは思っていなかった」
「え、初めて、書いた? さすが神作家。神より愛されし才能をお持ちで」
「魔を吸い取ることが目的だから補正がかかっているんじゃ」
「あなたにカルバスの何が分かると!? なんなら三日三晩語り尽くしますけど⁉」
作家先生の仲間とはいえ、カルバスを愚弄するとは許せない。ここは一人のファンとして沼に引きずり落とさねばなるまい。使命感に駆られ、魔王に魔導書を押し付ける。もちろん中は真っ白で、ストーリーは消えてしまっている。だが今ならこの情熱に任せて、一冊くらいは出せそうな気がする。今日一番の強気を見せるイーディスだったが、魔王の言葉に心臓が止まりかける。
「あれは俺が書いた」
魔王が、書いた?
彼の言葉が正しければ、イーディスは作家本人に喧嘩を吹っ掛けていたことになる。
しばしフリーズして、ギギギと音を立てながら頭を垂れる。
「先生相手に申しわけありませんでした」
「まぁ喜んでくれているのは素直に嬉しい。カルバスを作る段階でいくつか作ったからよければ読むか?」
「未発表作があるんですか!」
「あ、ああ」
「おいくらで!」
「金はいらん。魔界では使い道ないしな」
「では何を!」
神作家の未発表作を読ませてもらうのに対価なしなんてあり得ない。
イーディスは『私が出来ることなら何でもしますので!』とずずいと詰め寄る。すると魔王は顎を撫でてうーんと唸った。しばらく首を捻りながら考え、そして決心したように口を開いた。
「救ってもらいたい人達がいるんだ」
「救う? 私に救えるかどうかは分かりませんが、全力を尽くすと約束しましょう! それでどなたですか?」
「『書記 バッカス=レトア』と『剣聖 リガロ=フライド』の二人だ。『慈愛の聖女 モリア=イストガルム』『癒やしの聖女 メリーズ=シャランデル』『領主代理 アンクレット』『管理者 キースーギルバート』の魂と同じように、この二人のことも救って欲しい」
「救った覚えないですけど……」
「覚えがなくとも救われているんだ」
世界も友人も救った覚えはない。メリーズ=シャランデルに至っては言葉を交わした記憶さえない。六人の共通点はおそらく役職の有無だ。彼らの役割を指す言葉が存在する。悪役令嬢であるローザが含まれていないのは、彼女の役が乙女ゲーム特有のものだから。この世界を外から見た時に作られたキャラであり、この世界を回す上で必要なものではなかった。故に、外されたと考えるべきなのだろう。だが六人中、バッカスとリガロの二人だけが除外されているのかは分からない。またなにをどうしたら救った判定が降りるのかも不明だ。
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