モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
133 / 177
七章

4.新たな聖母

しおりを挟む
 会議の結果、出発は半年後に決まった。

 初めの訪問先はギルバート領である。領主の初の訪問先がギルバートなら他国も文句は言ってくることはないだろうと満場一致で決まった。対外的にはゲートの視察ということになるらしい。そこから馬車に乗って王都をぐるりと周ってからイストガルム国王に挨拶をする。それを皮切りに、魔の多い地域を中心に回っていく、と。馬車も今まで使っていたものではなく、車体にカルドレッドの紋を描いた領主専用馬車を作ってくれるらしい。訪問着は、その時の同行者が用意してくれることになった。初回はギルバート領とイストガルム城なのでマリアとキースがそれぞれ一日分ずつ。マリアはともかく、「聖母らしく、聖母らしく……」と呟いていたキースのデザインする服にはいささか不安が残るが、彼が作る服が宗教服でないことを祈るしかない。



 視察のための手紙を送り、服の調整をし、魔についての知識を詰め込み、魔界側からの意見を仰ぎーーと、半年があっという間に過ぎていく。キャラバンで買った新聞や雑誌に目を通す時間の確保は出来ても、スクラップブックにまとめるまでの時間は取れていない。付箋を貼ったページを寝る前に眺めている。イーディスが各国を回ると決意した辺りからリガロの活動も活発化しており、彼に関する記事も増えていった。恋愛関係のインタビューを見るのは少しだけ辛いが、それでも何度も見てしまう。いつか質問内容が好きな女性のタイプや行きたいデートスポットではなく、奥様との生活に変わるように頑張らなければ。そう自分を鼓舞し、眠りにつく。これが案外ぐっすりと眠れる。リガロといた頃の夢は見るけれど、寂しさよりも懐かしさが勝る。彼は脳筋騎士なんかじゃなかったと再確認する度に胸が温かくなるのは、思い出として消化出来ている証だろう。







「綺麗……」

「聖母のイメージを中心に置きながらも既存のイメージから少し離して、イーディス嬢らしさを取り入れることによって新たな聖母であることを強調してみた」

 キースのデザインした服は案の定、宗教服であった。だがあちらの世界の画廊に飾られていた絵のようなベールもなければ、純白でもない。白を基調に、水色やクリーム色と白に近い色で鳥の刺繍がされている。これだけでも綺麗だが、チラリと見える内側には植物の刺繍がされている。幸せの模様と似たテイストだが、羽根や蔦だけであった模様に対し、こちらは羽ばたく鳥や顔を見せる花があり、非常に賑やかである。まるでこれからますます繁栄していくカルドレッドという場所を表しているかのよう。ほおっと息を吐けば、彼はこの服に合わせる靴とアクセサリーも出してきてくれる。どちらもシンプルなデザインで、だからこそ服が目立つようになっている。



「一発目でこれか……。さすがキース。イメージ付けは完璧だな」

「もっと派手にした方が写真映えするかとも思ったんだが、神聖さなら写真よりも実際に見た者の声の方がよく届く」

「だな」

 メイクは~と移っていき、トントンと話が進んでいく。



 そして当日。

 イーディスはマリアのデザインした服を来て、ニコニコと微笑む。そしてこの半年で頭に詰め込んだ知識で簡単な会話をする。あくまでギルバート領で動きは練習とのことで、二人とも緊張しなくていいと言ってくれた。だがイーディスとしては若干雰囲気は変われど十年近く暮らしていた領地だ。別の意味で緊張してしまう。それでも練習した質問につかえずに答え、翌日の城での対応は問題なく終わらせることが出来た。

 イストガルム王家はイーディスを娘の友人として迎えてくれたため、領主としての対応が完璧に出来たかどうかは分からないのだが。

 とはいえ、初めての訪問先がイストガルムで良かったとは思う。写真撮影の手順や馬車の順路も全てキースが取り仕切ってくれたため、イーディスは場の雰囲気を掴むことが出来た。後日もらった号外も好評判らしい。イストガルム国民にとってイーディスは、王家とギルバート夫妻のおまけくらいにしか映っていないだろうが、友好的な関係であることは感じ取ってもらえただろう。分けて貰った号外を想像で複製し、原本の方をあちらの世界のキースにも贈った。返事はキースにしては短い手紙だったが、端々に出来た涙染みで彼の気持ちを感じ取ることは出来る。贈って良かった。そう素直に思えた。



 その後もバッカス、その次はアルガとメリーズ、ローザと同行者と訪問先を変えて、訪問を繰り返す。表向きはカルドレッドの領主の視察。実際、やっていることは他の職員とさほど変わらない。だが着々とイーディスを聖母と呼ぶ者は増え、噂が広まっていく。それも訪問先によって少しイメージの異なる聖母の噂だ。服装やアクセサリーの与える印象は大きいと思い知らされる。だが印象が違うからこそ人々は『聖母』と呼ばれる人間に興味を持つ。カルドレッドが謎に包まれた場所で、そこの長を務めていると聞けばますます自らの目で確かめたくなる。それが人間の性というものだ。
しおりを挟む
感想 14

あなたにおすすめの小説

ストーカー婚約者でしたが、転生者だったので経歴を身綺麗にしておく

犬野きらり
恋愛
リディア・ガルドニ(14)、本日誕生日で転生者として気付きました。私がつい先程までやっていた行動…それは、自分の婚約者に対して重い愛ではなく、ストーカー行為。 「絶対駄目ーー」 と前世の私が気づかせてくれ、そもそも何故こんな男にこだわっていたのかと目が覚めました。 何の物語かも乙女ゲームの中の人になったのかもわかりませんが、私の黒歴史は証拠隠滅、慰謝料ガッポリ、新たな出会い新たな人生に進みます。 募集 婿入り希望者 対象外は、嫡男、後継者、王族 目指せハッピーエンド(?)!! 全23話で完結です。 この作品を気に留めて下さりありがとうございます。感謝を込めて、その後(直後)2話追加しました。25話になりました。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。

三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*  公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。  どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。 ※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。 ※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。

[完結]私、物語りを改竄します。だって、女神様が全否定するんだもん

紅月
恋愛
病気で死んだけど、生まれ変わる前に号泣する女神様に会った。 何やらゲームのパッケージを見て泣きながら怒っている。 「こんなの私の世界で起こるなんて認めない」 あらすじを読んでいた私に向かって女神様は激おこです。 乙女ゲームはやった事ないけど、この悪役令嬢って書かれている女の子に対してのシナリオ、悲惨だ。 どのストーリーを辿っても処刑一択。 ならば私がこの子になってゲームのシナリオ、改ざんすると女神様に言うと号泣していた女神様が全属性の魔力と女神様の加護をくれる、と商談成立。 私は悪役令嬢、アデリーン・アドラー公爵令嬢としてサレイス王国で新しい家族と共に暮らす事になった。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

悪役令嬢の品格 ~悪役令嬢を演じてきましたが、今回は少し違うようです~

幸路ことは
恋愛
多くの乙女ゲームで悪役令嬢を演じたプロの悪役令嬢は、エリーナとして新しいゲームの世界で目覚める。しかし、今回は悪役令嬢に必須のつり目も縦巻きロールもなく、シナリオも分からない。それでも立派な悪役令嬢を演じるべく突き進んだ。  そして、学園に入学しヒロインを探すが、なぜか攻略対象と思われるキャラが集まってくる。さらに、前世の記憶がある少女にエリーナがヒロインだと告げられ、隠しキャラを出して欲しいとお願いされた……。  これは、ロマンス小説とプリンが大好きなエリーナが、悪役令嬢のプライドを胸に、少しずつ自分の気持ちを知り恋をしていく物語。なろう完結済み Copyright(C)2019 幸路ことは

処理中です...