モブ令嬢は脳筋が嫌い

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

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七章

5.青いドレス

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 領主兼聖母として大陸中を回り始めて、早いもので二年が経過した。魔の多い地域だけではなく、他と比べて魔量がウンと少ない地域やカルドレッドから遠く離れた島まで。時間が許す限り足を運んだ。カルドレッドにいる時間はほぼなく、仕事のほとんどはアンクレットがこなしてくれている。今まで通りといえばその通りだが、彼が気にしていた『二十年間で溜まった仕事』とやらはすでになくなっていた。今やっているのは完全にイーディスが増やした分である。それでも彼は『剣聖は俺たちの世代が生み出したものだから』『細かい調整は得意だから』と何かと理由を付けて引き受けてくれている。それでいて六回に一回の衣装担当もこなすのだから、アンクレットの好意を受け取り、彼のことは時間の使い方マスターだと思い込むことにした。



 この間、退魔核の研究も進んでいる。

 先日、ついに大人が両手をいっぱいに広げたくらいの大きさの退魔核が完成した。名称は退魔オーブとし、当初の目的で掲げた通り、大会の会場や娯楽施設を中心に設置するつもりだ。また退魔核と魔石を繊維として分解したものを織り込んだ布を大量生産することが決定した。この布は魔を一時的に吸い取ってくれるので魔への耐性が強くなるらしい。また物理的な攻撃にも強く、防弾ベストのような役割を果たすのだとか。今のところ、カルドレッド職員を狙う輩との遭遇はないが、そのうち面白くないと思う者も出て来るだろう。今のうちに備えておくに越したことはない。イーディスの想像で退魔オーブと布を複製出来れば良かったのだが、想像出来たのは見た目だけ。効果0で劣化版にさえならなかった。似たような能力を持つ人達も結果は同じ。手作業で増やしていく以外の方法はなかった。

 イーディスは領主ということで多めに布を配給してもらえることになった。どれもアンクレット達が服に加工してくれるらしい。一着は簡単に羽織れるものが欲しいとリクエストをしておいた。







「イーディスは行きたいところとかあるか?」

 退魔オーブや服の調整に時間がかかり、カルドレッドに戻ってきてからすでに一ヶ月が経過していた。そろそろ次を決めなければ。そう思って部屋に飾った大陸の地図に視線を向けるが、すでにほとんどの国にチェックがついている。赤字で書き込んだ特に魔が多い地域と、青字で書き込んだ特に魔が少ない地域も全て訪問済み。もう一度訪問したい地域もあることはある。だが、それよりも先に行かねばならない場所がある。

「オーブが完成したなら、シンドレアの会場を確認しておきたいわよね」

「……今まで通り、ローザ嬢に頼むか、他の職員を行かせるという手もある」

「いつまでもシンドレアだけ避けてもいられないわ」

 この二年、ローザにはシンドレアを避け、その周辺の国へ同行してもらっていた。

 剣聖と癒やしの聖女がいるから。魔が落ち着いているから。言い訳はいくらでも出来た。だが一通り巡り終えたのに、まだ足を運ばないともなれば不審に思われることだろう。それに訪れるならローザが担当でない時の方がいい。彼女はきっと他の誰よりも傷つくことが目に見えているから。メリーズと行くのも手だが、彼女の場合、ほぼ確実に王家訪問も含まれてしまう。マリアとキースも同じだ。となればバッカスが一番安心して同行してもらえる。

「それに、シンドレアの海も久しぶりに見たいから」

 念押しすれば、バッカスは困ったように頬を掻いた。

「海の見えるホテル、か。ローザ嬢にオススメの場所聞いておかないとな」

「楽しみにしているわ」

 イーディスがにっこりと微笑めば、バッカスは「シンドレアなら服のデザインも変えなきゃな~」と天井を見上げる。今のデザインでは何か不便があるのだろうか。イーディスは、はて? と首を傾げながらも、頬を緩めるバッカスの思考の邪魔をすることなく、お茶をすすった。



 そしてシンドレア行きの日にデザイン変更の意味を理解した。

「青い……」

「テーマは海の女神だ」

「聖母要素は!?」

「今回は顔を売るよりも会場を見ることがメインだから、後回しにした」

 それにしたって青って……。青といえばリガローーそう考えてしまうのはイーディスがリガロのことを考えすぎているから、だけではないはずだ。それに、どこかあの夜会の日のために仕立てたドレスと似ている。バッカスが知っているはずはないので、たまたまなのだろう。それでも生地が揺れる度に輝くビーズからは目を逸らしたくなる。装飾がふんだんに施されたドレスに合わせて、アクセサリーは首元のシンプルなネックレスのみとなった。これはシンドレア滞在メイン日用の服だが、今回の視察は服装に合わせて全日程ナチュラルメイクで過ごすらしい。だがメイクは顔を隠す意味もある。これではイーディスそのままではないかと告げようとした。だが鏡の前に立った瞬間、そんな言葉は空気に溶けた。

「本当に、メイクって人を変えるのね……」

「ナチュラルって言っても、目につきやすいポイントにちょこっと手を入れるだけで印象は変わるからな」

 アンクレットはメイク道具を片付けながらなんてことないように告げた。初日は移動メインでそこまで派手な服装ではないが、メイクのおかげで地味ではなく品のある仕上がりになっている。自分の顔だが、イーディスではこの仕上がりは実現出来る自信がない。派手めのメイクにやっと慣れてきたところだが、今回は同行者であるバッカスに頼ることになりそうだ。本人もそのつもりらしく、アンクレットからメイク道具やヘアセット一式を借りていた。そして結構な大荷物を積み込んだ馬車に乗り込む。





 カルドレッドからシンドレアへは休憩を挟みつつ四日。途中の村で魔量の測定を行ったり、外に滞在している職員と食事をしたりと細々とした用事も加えるので、そこにさらに三日はプラスされることになる。今回は非常にゆったりとした日程をとってもらったので、帰りもゆっくりめだ。時間があればメリーズの村に立ち寄るのもいいかもしれない。彼女はイーディスや友人達がシンドレアを避けていることを察してか、直接来てくれと言うことはなかった。だが話題を避ける時は決まって寂しそうに笑っていた。村は彼女にとって自慢な場所のはずなのに我慢をさせてしまっていた。そんなことをバッカスと話していれば、話題は次第にリガロへと変わっていった。



「実は、試合のチケットを取ってるんだ」

「試合の? ああ、観戦中のデータも欲しいわよね」

「いや、魔量測定は俺がやる。イーディスは部屋で見ているといい。といってもリガロ様の活躍は一番最後。それもほんの一瞬だけだがな」

 イーディスの知らない間に試合の仕様が変わり、今やリガロはチャンピオン枠というものに収まっているらしい。彼の圧倒的強さはシード枠ではどうにも出来なかったのだ。大会で一位を取った者のみリガロへの挑戦権が獲得出来るらしいが、それでも瞬殺されてしまうようだ。リガロに少しでも剣先が触れようものなら新聞に取り上げられ、各国から引く手あまただという。



 今や剣術の強さの最高峰はリガロであり、剣聖はイーディスが思うよりもずっと人々の心に根付いている。それは同時にリガロに大量の魔が集まっていることの証明でもある。聖母の存在と退魔オーブでその負担を減らさなければ……。ぎゅっと拳を固めたイーディスにバッカスは何も言わず手を被せた。

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