モブ令嬢は脳筋が嫌い

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番外編

マリアの光②

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 キースは絵を描きに来ていた?
 はしごを上ったマリアは天井の低いアトリエを歩き回る。どの絵にも描かれているのはマリアとイーディス。場所は様々だが、どの絵でも二人で幸せそうに笑っている。イーゼルに立てかけられた、書きかけの絵はおそらく少し前に三人で行ったファファディアル星雲祭だろうか。イーディスの手にはレモネードが、マリアの手にはクッキーがある。なぜわざわざ隠れて描くのだろうか。首を捻ってみても、屋敷のどこに飾っても恥ずかしくないこの絵を隠す理由に見当がつかない。あるとすれば、隠したいものはこの絵や周りに置かれている絵ではない、とか。木を隠すなら森の中。軽く見た限りでは素晴らしきものしか並んでいなくても、中には見られたくないものがあるのかもしれない。

 そこまでして隠しているものがあるのなら、探さない方がいいのだろう。
 マリアだってここに飾られているのが自分の絵だけなら、見なかった振りをしてすぐ部屋に戻る。だがイーディスが描かれているのだ。何かを隠すための口実に彼女を利用するのはいただけない。

「何かひどいものが出てきたら、それを口実にここにある絵を譲って貰いましょう」
 こうしてマリアは完全に何かあることを前提として捜索を開始した。決して隠れている絵も堪能したいとか、適当に何かしらの理由を見つけて部屋に持ち帰りたいとかではない。これは妻としての行動なのだ。寛容するしないは内容を知ってから判断しなければならない。だから、仕方ないことなのだ。そう自分に言い訳をしながら、マリアはせっせと重なったキャンバスを移動させていく。もちろん、棚にささっていたスケッチブックの中身を確認するのも忘れない。

 だが途中からある違和感を抱くようになった。
「ここ、小説のモデルになったチューリップ畑だわ。こっちは精霊の森。風車と水車が並んでるこの場所は……」
 絵に描かれた場所のほとんどがマリアのお気に入りの小説のモデルとなった場所、もしくは似たような場所だったのだ。服だって、おそらく場所に合わせて考えているのだろう。どれもマリアが一度も目にしたことのないものばかり。だが気になるのは、普段彼が描くようなデザインと異なることだ。少し好みが変わった・いつもとは違うテーマで描いたと言えるものから、全くの別人が考えたようなものまで。シンプルなデザインは、以前イーディスが見せてくれたスケッチブックに描かれていたデザインとよく似ていた。お忍びで行くときに、と友人達用に考えてくれたのだという。行き先によってモチーフにするデザインを少しずつ変えているのだと話してくれたのはつい二週間ほど前のことだ。イーディスのデザインに何かしらの影響を受けているにしては量が多すぎる。これらをたった二週間で完成させるのは無理がある。

 実は彼もシンプルなデザインが好きだった、とか?
 長い付き合いだが、彼について知らないことは多い。実際、この部屋はいつからあって、いつから絵を描き出したのかも知らない。夜にたまたま見かけなかったら知らないままで一生を終えていたかもしれない。マリアは今まで知ろうとする努力をしてこなかった。
 冷静になって考えると、主人の不在に家捜しなんて褒められた真似ではない。知りたいことがあるのなら彼に直接聞けば良い。隠されたら、きっとそれはマリアに伝えたくないことで。突き放されたらそれで終わりにすればいい。

 部屋に戻ろう。もうここには来ない。
 そう決めて絵を元の場所に戻してからはしごに足をかける。あとは下るだけ。だがそんな時、マリアの目にとあるものが入った。

「あれ、何かしら?」
 先ほどは気付かなかったが、棚の上に布のかけられた板状のものがある。おそらくキャンバスだ。それも、この部屋で一・二を争うほどに大きなサイズである。そんなものがなぜあんな不安定な場所に置かれているのか。置き場所なんて他にもあるのに……。そう考えると、あのキャンバスこそがキースの隠したいものであるような気がしてならなかった。帰ろうと決めたマリアだったが、見つけてしまったからには見たいという衝動が沸き上がる。あの一枚だけだからと誰かに言い訳をして、棚の前に椅子を運ぶ。近くで見ると大きい。とてもマリア一人では床に降ろせそうもないサイズだ。だから布を少しだけずらして、中身を確認することにした。ベールを捲るかのような背徳感で胸は高鳴る。そして、いよいよ目にしたそれにマリアは静かに涙を流した。

 隠されていたのは、聖堂で祈りを捧げるイーディスの絵だった。聖母として各国を巡る彼女の姿は何度も見たことがある。けれどこの絵は、同行者さえも許さぬ神聖さがある。この部屋で布を被せられていたのは、俗物から隔離するためだったのではないかと思うほど。誰も寄せ付けない彼女は神の使いのよう。実際の彼女とは少し違う。けれどマリアもイーディスを近寄りがたいと思っていたことはあった。
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